空の記憶

東京ギャンゴ

第1話

 日曜の朝、部屋で目覚めた月形昌也は、辺りを見回しては目をこすり、また見回してはこすり、を繰り返していた。

 部屋の様子がおかしいのだ。全てが違って見える。

 はじめは自分の部屋なのかどうかすら、怪しく感じた。よくよく見ると、あるべきものはあるべきところにあるのだが、それがそのものに見えない。

 そうして暫くの後に、ようやく事態を飲み込めたのだが、おかしいのは部屋そのものではなく、目に映る「色」であった。昨日まで見えていた色と、何もかもがまるで違ってしまっているのであった。

 昌也は、これは自分の眼に重大な疾患が生じたのだと思い、これまたとんでもなくおかしな色に見えるスマートフォンの画面で、休日診療を行っている眼科に片っ端から電話をかけてみたのだが、どこも話中で、つながる気配がない。

 何らの策も思いつかず困り果て、ふと意味もなく開いてみたツイッターの画面を見ると、驚いたことに、自分のタイムライン上のツイートが、まさに今自分が陥っている状況と同様の書き込みで埋め尽くされていた。


“色がおかしい”

“気持ち悪いんですけど”

“え、みんなもなの”

“何が起きた”


 それからツィッターのトレンドを確認してみたところ、


#brokeneyesight

#colorcorrupt

#colorshift


 といったハッシュタグがひしめき、どうやらこれは、世界規模で起きている事象のようだった。

 昌也は、これは病院に行っても仕方のない事態だ、ということは理解したが、何だか気持ち悪く、酔ったような感覚もあり、何か食べてから頭痛薬を飲もうと思い、台所へ向かった。

 そこには朝食べようと、昨晩コンビニで買っておいたレーズンパンが置いてあった。コンビニでそれを買ったときには、砂糖でアイシングされている見た目が美味しそうで、つい手に取ったのだが、今、目の前にあるそれは、ブルーの塊に焦げ茶が塗りたくられたように見え、まったく口にしたいと思える代物ではなかった。とはいえ、これしか食べるものはなかったので、肌色のコーヒーメーカーからドリップされた真っ黄色のコーヒーと一緒に、なるべくそれらを見ないようにしながら口に放り込み、朝食とした。

 頭痛薬を飲み、30分程部屋でぼうっとしながら、薬が効いてきたことを確認した昌也は、今、自分が何をすべきなのかについて考え始めた。

 今日は日曜で休みだが、明日は月曜でいつも通り出勤しなくてはならない。だがこの異常な状況下で、普段通りに業務が行えるのであろうか。もっとも、色の見え方以外の全て、食べること、呼吸することや歩くこと、今この部屋の中で出来ることについては、全て普通に行うことが出来ている。気になって昌也は一人きりの部屋でふと、唄を口ずさんでみた。どうやらそれも問題ないし、耳も正常のようだ。

 そもそも仕事がどうこういう前に、いったい何が原因でこんな天変地異が起こっているのか。これは何かの前触れで、この後さらにとんでもないカタストロフィが待ち構えているのではないか。

 昌也はテレビを点けてみた。どの局も報道特番になっており、この事態について報道している。しかしどうやら何の手がかりも得られていないようで、ニュースキャスターもおかしいおかしいというばかりであったし、海外中継からこれが全世界的な事象だ、ということも改めて確認できたが、それもそれだけのことであった。

 どこぞの大学教授がゲストに迎えられており、彼が言うには、

「ウィキペディアを引用しますとですね、『色というものは人間の視覚すなわち可視光線の範囲内を基準として表現されている。逆に言えば、可視光線の範囲を超えた波長の光について観測すると、可視光域で見た場合に比べて全く別の「色」や模様になっている』ということで、つまりこれは何らか、宇宙からの紫外線の量であったり、そういった外的要因によってですね、全世界的に波長の狂いが生じているとか、そういう可能性がですね、あるわけです。」

 ということであった。

 何だか落ち着いていられなくなった昌也は、持っている中で一番大きなバックパックを背負い、スニーカーに足を入れ、部屋を後にした。

(続く)

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