なんで異世界勇者の俺よりも嫁と娘の方が強いの.......?
@Kitune13
第1話
場所は酒場、そして時刻は真昼間、こんな時間に酒を煽るのはアル中か暇人、もしくはただのゴミ。
そんなところにこの世界では珍しい黒髪黒目の男性がいた。
ボサボサの黒髪、生気を感じられない顔、死んだ魚の目、どこからどう見てもただのダメ人間。
「やっぱり労働とか間違ってるよな」
訂正ーーろくでなしだった。
「だよな、働くとか間違ってるよな」
そしてこの男に賛同する元労働者30歳もろくでなしで間違えない。
もう一度言おう、今の時間は昼間、つまり労働者は働き、魔術師は研究し、学生は学院へと行くであろう時間。
この二人だけでなく他にも数人ギャハハと騒ぎながら店員にセクハラする男どもが数人、ある一種の地獄絵図。
「俺はな、人生我欲に従うべきだと思うんだよ」
ゲップとゲップし尻を掻いてから屁を一つ。
気にしないように隣に座る男は下卑たように笑い青年の肩に腕をかけた。
「マコトの旦那、あんたとは気があうぜ、働くなんて人生の浪費だよな」
「だな、俺の元職場なんて給料ゼロ、年休ゼロ、年棒があるわけでも、支援金があるわけでも無いクソ職業だった。俺みたいな勤勉な労働者が損するなんておかしーよな」
二人の前には飲み終わったであろう酒瓶が三つ、間違いなく飲み終わっている、一滴たりとも残っていない。
男はポンポンとマコトと呼ばれた男の背中を叩いた。
「わかるぜ、わかるよあんたの気持ち、家に帰れば嫁がいつになったら仕事見つけるんだとか、娘がどう思ってるのかとか、男は辛いな」
「うちなんて娘は暴言吐くし、すぐに手が出るんだ。あれは嫁に行けないな、妹の方は優しい良い子なのに...」
「そりゃあ辛いな、お前のとこの嫁さんはまぁあれだがうちよりはましだろ」
「いやいや、まだ働けとか急かしてくるようだったら良いんだが...な?」
「だよなぁ...」
間違いなく疲れた三十路のおっさん達の愚痴会話であった。
マコトと呼ばれた男はまだ見た目は二十代ぐらいで若いが男の方は無精髭を生やし中年のビール腹のおっさんである。
二人は暗くなった空気を誤魔化すように酒を大声で注文、虚しい背中は哀愁漂うろくでも無いものだった。
「こんにちわ」
刹那、酒場に鈴の音のような美しい声が響いた。
陰気臭いおっさんだらけの酒場に入ってきたのは一人の女性、姿風貌から20代だろうか。
雪すら欺くような白銀の髪に白色の濁りない雲を連想させる真っ白な肌。
翡翠のような双眼は美しい木々を象徴するように輝いている。
その肢体は柔らかさを感じさせ出るとこは出ていて締まるとこは締まっている、だがそのバランスは素晴らしく一種の芸術品か何かを疑う姿、慈母のような優しい雰囲気を漂わせている。
彼女の周りだけ陰気臭い酒場が小綺麗な社交界の会場のように輝いて見えた。
「ほら、嫁さんが迎えにきたぞマコトの旦那」
「じゃあなおっさん、またな...仕事探せよ」
「おう...善処するよ...おーい、酒遅いぞー!」
「結局飲むのかよ」
同情するように吐息を吐いたマコトの代わりに料金を支払った女性は笑顔で彼の隣に立った。
「ユイ、俺働くよ...」
「マコトさんは働かなくて良いんですよ?もう働いたじゃないですか」
と、慈母のような優しい微笑みで言う。
説教するでもなく肯定するでもなく、寧ろ働かなくていいと来た。
マコトは昔からやりたいことやって働かずに生きていたいとは常日頃二十四時間言ってはいたが精神的に辛いのだ。
子供だっているのに無職、これはまずいという危機感が確かにマコトにあった。
「いい加減無職ってまずいだろ?食っちゃ寝て食っちゃ寝て、気が向いたら酒場で麦茶飲むって...いい加減娘を見返してやらなきゃな、それに学院に行かせてやるための費用があるしなぁ」
「だから働かなくても」
「ありがたいけどやめて!?俺そろそろ働くから明日から本気出すから!」
絶対にやらないの同義語を吐いて情けなさにマコトは地面に突っ伏した。
「マコトさん働いたら勝手に死んで何処かに行っちゃいませんか?」
しゃがみこんで訝しげな顔でユイと呼ばれた女性は問いかける。
「大丈夫だから本当、日銭稼ぐぐらいの職業で死ぬはずないでしょ!?」
「なら良いです、もしそうなった場合は働かせませんから」
「そんなこと言うのお前が初めてだよ...せめて働けクソニートって言ってくれよ、なんかもう罪悪感が肯定から産まれるって言う自体に精神的に死にそうなんだが」
「罪悪感を感じる必要なんてないんですよ、私が働けばーー」
「すみません本当に働くのでやめてください、なんかものすごく自分が惨めに思えてきました」
嫁に働かせて自分は昼間から麦茶、完全に間違っているとマコトは強く思う。
日本にいる両親が見れば失望するだろうし説教されるだろう。
ただでさえ、こっちの世界での家庭でも長女が絶賛反抗期だと言うのにこれ以上下に行くわけには行かない。
「よーし明日から本気出して仕事探すぞー!!」
家庭内の空気を改善するためにマコトは立ち上がり、叫んだ。
そして周りの非労働者から見れば日常茶飯事であった。
この会話を月に数十回はこの酒場でしていて今のところ彼は就職できていない、その上ユイの全力肯定によってダメ人間となり、また罪悪感を感じ仕事を探すと言う魔のループに陥っていた。
要するにダメな無職でろくでなしである。
二人の娘に綺麗な嫁をもち、リア充爆ぜろリストに載る一人の人間だ。
彼は正真正銘根っこからの日本人である。
労働というふた文字に従い社会のために尽くす、自分だけができる仕事。
そう考えて働くこと二年、不幸にも消息を絶ち骨一つ残さず何処かへと消えた都市伝説でもある。
彼がその間何をしていたか知る人間はいないし、そもそも知り合いが少ないので話し相手だっていない。
百年後の今では趣味を優先し労働を放り投げるダメ人間だが一応昔は働いていたのである。
昼食を食べ終えて次女の娘ーーユキを連れてマコトは海沿いを歩いていた。
毎日毎日同じことの繰り返し、何かをやるわけでもなく時間を浪費、こんなことではいけないと心の底から思い始めている。
マコトにとって労働というのは年中無休の儀積に駆られて辞めれないクソみたいなものだ。
なので労働というふた文字はマコトの中では五本の指に入る嫌な単語の一つだ。
こうやって海沿いを歩くのはマコトにとって日本を思い出すたった一つのものであり見るたびに今自分が何処にいるかを再確認させてくる。
美しき青い海に水平線へと続く真っ白な雲、手を伸ばせば届きそうなそれは絶対に届かない。
潮風が鼻をくすぐり、海の匂いーー生命のスープの匂いが香る。
異世界でも、日本でも、海はただひたすら広く、生命が始まった場所。
マコトは少女の手を引きながら右肩に数匹の魚を下げて石畳の上を歩く。
少女は母親に似たのだろうか白髪で黒い両目の賢そうな姿だ。
父親としての威厳とかを考え娘の進路を聞こうとマコトは誘ったのだ。
「ユキ、学校どこ行くんだ?魔術学院か、それとも教会の学校?」
「魔術学院...私魔術好き、とっても楽しい」
小さく笑って雪はぎゅっと手を握る。
長女の方に父親らしいことをしてやれなかったと考えているマコトはそれを嬉しく思う。
「あそこの学院入学試験の難易度高いらしいけど大丈夫か?」
「お母さんが魔術得意だし、お父さんが数式教えてくれるから多分大丈夫」
「もし何かわからないことがあったら俺か母さんに聞いてくれ、答えられる範囲で答える」
「あそこの学院の入学試験で模擬戦っていうのがあるの...魔術は好きだけど戦うの苦手でできるかわからない」
「模擬戦って怪我とかしないのか?大丈夫か?」
「姉さん曰く七星位の魔術師が判定して止めるんだって、もし怪我しても回復術の先生がいて、跡一つ残さず治してくれるって言ってた」
星の数だけ魔術の才があるこの世界では星の数ほど力があるという事。
最大は八、だがそれは特例であり通常は七が最大なのだ。
マコトはそれだけの魔術師がいるなら大丈夫だろうなと、内心ホッとして胸を撫で下ろした。
「それなら良いんだがやっぱり心配だな、模擬戦って今の時代のルールはわからないからな...」
「お父さんが若い頃はどうだったの?」
無垢な笑顔で問いかけてくるがマコトのギラギラハートに大ダメージ。
「おっお父さんはまだ若いからな?俺が学生ーーというかそういう事やってた時は模擬戦は生きてたら良いねって感じだったんだ」
「え?模擬戦でしょ?」
「だがな、お家争いとか色々あった結果相手が敵対してる貴族とかだと顔焼こうとしたり、最悪の場合命を奪ったり、まぁロクでもないものだったよ」
「昔は大変だったんだね」
「だな、そういえば父さん働こうと思うんだけどどう思う?」
「ニート辞めるの?」
「おい何処でそんな言葉...俺か、そうだ、俺は働くのだ」
「でも普段から労働は勤勉な馬鹿がやることだってーー」
「父さんは大好きな娘と嫁のためにお金稼ぐの、分かったか?」
「...わかったけど無茶しちゃダメだよ?あとお母さん泣かせちゃダメ」
「ちょっと待て、ユイ泣いてたのか?いつ?」
自分が帰ってきたとき以外彼女が泣いていたのを見たことがない、それぐらいユイは強くて脆い事をマコトは知ってる。
だからもう二度と一人にはしないとマコトは心に誓ったのだ。
なのに、なのに泣いていたという事を知らなかった。
その事実を聞いてマコトは自分が情けなくてしょうがなく感じた。
「お父さんが遅れて帰ってきたときにお母さんが居なくなったって泣いてたの」
「すまん」
「私じゃなくてお母さんに謝って」
「わかった、本当にありがとな、ユキ」
「パパとママのためだから、いつまでも一緒にいようね?」
無垢な笑みとは裏腹に含みのある言い方にマコトは一瞬思案するがその笑顔が掻き消してマコトは笑った。
可愛いは正義、この笑顔のために、この笑顔を守るために働らかなければいけないとマコトは強く思った。
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