タピオカ元年~Tapioca: Naming a new era~

ケイ(K)

第1話 新しい元号

 4月1日、エイプリルフールにもあたるこの日の11時27分。政令を伝える車が首相官邸から出発した。

 朝から始まった有識者懇談会と全閣僚会議を経た新しい元号は、黒塗りのトヨタ・SAIによって運ばれ、『日本の象徴』に伝達される。11時30分に発表とされた時間には間に合わない様子は誰からも分かるものの、日本特有の国事行為である改元への重要な工程が粛々と進んでいることも、同じように見ているだけで分かった。その様子は年越しのカウントダウンのようなお祭りに近く、テレビの情報にいち早く反応したがるSNSでは実況中継のような文章が投稿され続けた。


 僕は空撮され黒塗りのトヨタ・SAIを、テレビ越しに何も考えることなく見つめていた。

 あえて考えないことで、緊張していたのかもしれない。しかし、三十年以上続いた平成がこの国事行為によって終わるわけではない。SNSでは『平成最後』の言葉が飛び交い、芸能人や知人含め、あらゆる人間が平成の最後の日と勘違いしているが、まだ一カ月ほど平成には時間が残されている。


 テレビ番組をザッピングすると、中継をワイプで映し見守りつつも、専門家たちは意見を述べ続けていた。それは昨日まで散々聞いてきた内容とほぼ同じであり、全く真新しいもののない、ただの場繋ぎのものでしかなかった。僕はその時間を使い、考えないようにしていた頭を回転させ、これまでの改元についての情報を頭の中で整理した。


 慣例的に今までの元号は中国の古典から選ばれていた。ただ今回は時代の変化に敏感な『日本の象徴』のご意向に沿いケータイ小説から選ばれるかもしれない、という予測があった。各局がゲストに迎えていたのは歴史家や古典学者といった旧来の伝統の知識を持つ方々に加え、ライトノベル作家やエンターテイメント評論家や音楽家や日本美少女グランプリ一位の女子高生など、『日本の象徴』が好む業界の方々まで呼ばれていた。

 彼(あるいは彼女)らいわく、予測不可能だという結論に達していた。慣例的な中国の古典由来であれば、これまで通りの漢字二文字制限も併用される可能性が高いため、予測ができると考えられていた。国書である万葉集からの引用であっても、それは同じであった。その場合も、漢字二文字である可能性が高かったからだ。


 しかしそれはもう古い時代の話である。今回はご意向に従い、出典の有無は問われないという事態になった。急にそうなったわけではもちろんなく、それは平成の始めからそう決まっていた。そして、それが漢字ではなくひらがなやカタカナである可能性も示唆された。それも、最初から決まっていた。昭和の香りがする硬派な伝統主義者にとっては受け入れがたく感じられる事態らしかったが、僕のような時代に流される多くの人間にとっては、既にそう決まっていたのだから、違和感は覚えなかった。それに賛否が飛び交うことそのものが古めかしく、痛々しく、馬鹿馬鹿しく見えるほどだった。


 首相官邸から出たトヨタのSAIが『日本の象徴』のもとへとたどり着く。ワイプは急に大きな画面になり、車の背面をテレビに映し出される。ワイプは新宿アルタビジョンで発表を待つ大勢の人々を小さな画面で映した。一生懸命スマートフォンを触る人がゲームをやっているのかどうか、それは定かではないが、その手はすぐに止まった。斜め上に置かれたアルタビジョンに視線が注がれはじめていたのだろう。

 

 僕もゲームをやめた人と同じように待った。テレビのコメンテイターも無言にならないよう、場を繋ぎながら待った。記者会見の壇上には誰も現れる気配がなかったが、待つしかなかった。僕は久しぶりに、テレビに釘付けとなった。


 11時41分、箝官房長官がようやく記者会見の場に現れた。

 その瞬間、ワイプなどは一瞬にして消え、カメラは箝官房長官を追った。彼は黒いファイルを小脇に抱え、一礼をし、壇上に上がってから、記者団に対してもまた一礼をする。そして緊張した空気のなか、口を開いた。


「先ほど、閣議で元号を改める政令及び元号の呼び方に関する告示が決定をされました」


 額縁が運ばれる。テレビからはもちろん見えない。絶妙な角度だ。

 額縁を箝官房長官自ら手で持ち、整えてから、再度、口を開いた。


「新しい元号は『タピオカ』であります」


 箝官房長官は『タピオカ』と書かれた額縁を掲げた。記者たちは、その勇ましい姿をカメラで収めた。


 その元号はほとんどの人が予測を外す元号だった。

 漢字二文字を予測していた専門家たちは少し驚いたかもしれない。これまで続いた漢字の元号が本当に終わるのだと、ようやく実感が湧いた可能性があるからだ。しかし、ひらがなやカタカナを予測していた専門家たちも驚いたかもしれない。タピオカは別に日本の食べ物でも何でもないからだ。


 しかし僕は驚かなかった。

 それは日本美少女グランプリ全国一位の女子高生の予測に近く、またその予測が最も近いと個人的に感じていたからだ。


 彼女は発表一時間前に、新しい元号について、口元に指をあてながら、こう予測した。


「元号は、半濁音のパピプペポが入ると思います。なぜって、可愛いからですよ。パピプペポって可愛いと思いませんか? だからピカチュウ一年かもしれません。いえ、パリピ一年かも? 可愛い路線から外れますかね? いずれにせよ、お気に召す言葉だと思います。だって今の『日本の象徴』って女子高生じゃないですか?」


 厳密には女子高生ではなく、女子高生の集合的無意識だが、僕には彼女の言い分が最も正しく聞こえた。

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