●シーン29● なるほど。状況は完璧に理解した

「ふうむ、なるほど。状況は完璧に理解した。よし! 今から『さばくちほー』まで、皆で突撃だ!」


 ヘラジカは意気揚々と武器を掲げて立ち上がり、叫び声をあげた。


「おまえは! いったい! なにを聞いてたんだッ?!」


 ツチノコは、そのままヘラジカに飛び蹴りを食らわせそうな勢いで怒鳴った。


 砂漠から「こはんちほー」を抜けて、ツチノコは「へいげんちほー」までたどり着いた。目的地の図書館までは、あと少しだ。


 道すがらヘラジカとその部下たちのなわばりを通るので、ことの経緯を伝えていたところである。


 フレンズの中でも特に強靭なフィジカルと大きなツノを持つヘラジカ。彼女を長として、シロサイ、オオアルマジロ、アフリカタテガミヤマアラシ、パンサーカメレオン、そしてハシビロコウが群れのメンバーだ。


 ただツチノコが訪れたとき、パンサーカメレオンだけは不在だった。


「でもさー、真面目な話、早めになんとかしないとだよねー」


 オオアルマジロが不安そうに皆に同意を求める。ヤマアラシとシロサイがうんうんと頷く。


「そんなに大きなセルリアンだったら、私たちだけじゃどうしようもないですー」

「ですわね。前に現れた『黒セルリアン』も、海に沈めてやっと倒したことですし」


「ああ。あのときはかばんやラッキービーストの力を借りつつ、なんとか誘導して事なきを得たが――」

 ツチノコが舌打ち混じりに言う。


「たしかに。あのときのように、なにか『作戦』が必要ということか」

 ヘラジカも納得がいったようで、うーむ、と唸りながら座り直した。


「あのときは、色々な意味で状況が特殊だった。だが今回はオレたちだけで――フレンズだけで、切り抜けなければならん。そのためにも、まずは図書館で博士たちと話してくる」


 群れのみんなは神妙な顔で頷く。


 ツチノコはヘラジカたちに、「へいげんちほー」のフレンズへの情報共有や、セルリアンに対する一般的な対処法の確認を行った。ここにいるフレンズたちはなにかしらの群れに属しているため、有事のときには組織立って動くことができる。ほかのちほーにいるフレンズたちへの伝達も、ここからなら期待できるだろう。自由気ままな連中ばかりの「じゃんぐるちほー」では、そうはいかない。


「なにかあったら、ヘラジカとライオンの指示に従って動いてくれ。あとは――」


「あの――ツチノコ」


 そろりそろりと片手をあげたのは、ハシビロコウだった。


「ん、どうした?」


「探してこようか? スナネコのこと。私飛べるから」


 一瞬だけ、どきりと心臓が跳ねる。

 ツチノコはすぐに平静を装って、口元に笑顔を戻す。


「いいや、構わん。あいつのことだ。ひょっこり戻ってくるだろ」


「へいげんちほー」へは、ツチノコひとりで来た。

 スナネコとは、「こはんちほー」ではぐれてしまったのである。


 アメリカビーバーたちの家に泊めてもらったその朝、目を覚ましたときにはもうその姿はなかった。ビーバーたちと三人で周りを探してみたが、まったく見つからない。


 ツチノコは珍しく焦った。

 見つかるまでここを動くべきではないか、いち早く図書館へ行くべきか――


 そして後者を選んだ。


 現実問題、これはすでにこの島全体の問題であり、フレンズ全体の問題だ。優先順位はやはり、一刻も早く図書館へ到着することである。

 誰か伝達役を立てることも考えたが、あの壁際に感じたセルリアンのおぞましさは、自分が直接博士に伝えるべきだ。ツチノコはそう結論付けた。


 ――どうしてこんなときに単独行動をとるんだあいつは。普段からなにを考えてるかわからんやつだが、今回は特に意味不明だ。まったく……。


「心配はない。だから――」


「いいや、ハシビロコウ。スナネコを探しにいってくれるか?」


 ツチノコを遮りそう言ったのは、ヘラジカだった。


「おいヘラジカ! だから構わないって言ってるじゃねえか。それよりもだな――」


「構わないわけがない。心配じゃないわけがない。もしスナネコが、なにか理由があって遺跡へ戻ろうとしていたらどうする?」


 ヘラジカはもはや決定事項のように、ハシビロコウに向かって大きく頷いている。


「遺跡にか? あいつがそんなことするか? まあたしかにあそこには、スナネコが拾って集めたものがたくさんある。けどな、あいつは飽きっぽいんだよ。だから戻る理由なんて……」


 そこまで言って、ツチノコはとある推論に行き着いてしまう。思い至ってすぐに、オレはずいぶんと自意識過剰なことを――と、ツチノコは心中で笑う。

 だが、そう考えないわけにはいかなかった。


 ――いやまさか。そんなわけがない。


〈ツチノコにとって、あれはとっても大切なものなのですね〉


 そんなことのために戻ったのだとしたら、正真正銘のバカネコだ。


「ツチノコも、本当は心配でしかたがないのではなくて?」と、シロサイが言う。


 オオアルマジロとヤマアラシがすこし意地の悪い顔で笑っている。


「だってさー、ツチノコの話聞いてるとさー」

「スナネコのことばっかりですー。バレバレですー」


「んなッ?! お、おまえらな! オレはべつにそういう――」


「まあとにかくだ」ヘラジカがツチノコを遮る。「ハシビロコウはスナネコの捜索だ! 役割分担としても、申し分ないだろう」


 ハシビロコウはこくりと頷いて立ち上がった。

 ツチノコはしばらく難しい顔をしていたが、やがて諦めたようにため息を漏らした。


「くそッ――すまん、ハシビロコウ。頼む」

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