●シーン19● さっそく通行止め?! みずべちほー!

「それにしても、『ゆきやまちほー』とは全然景色が違いますね!」


 ダチョウが辺りを見回しながら、ため息を漏らした。


 アミメキリンたちは大きな水辺のほとりに出た。

 緑豊かな山々に囲まれた温暖な区域である「みずべちほー」は、パーク内でも特に生息しているフレンズの数が多い。豊富な水と住みやすい環境が整っているのだ。それにラッキービーストも頻繁に巡視しているようで、ジャパリまんにもこと欠かない。


「こんなふうにちほーごとの気候が保たれているのも、サンドスターのおかげらしいわ。なんでも博士の話だと、バランスをとっているんだって」


「バランスですか――どこかのちほーだけ急にサンドスターが減ったりすると、やっぱりバランスが崩れてしまうんでしょうか?」


「どうなのかしら? 山からはサンドスターがずっと出続けているけどべつに平気だし、なんだかんだうまいこといってるんじゃない?」


 キリンはなにやら、古ぼけた小さな紙を、しげしげと見つめている。


「キリンさん、テキトーですね――それに、そっちばかり見ていないでちゃんとアリツカゲラさんからもらった地図見てくださいよ! 私、この辺知らないんですから」


 ダチョウは目を細めて周りの景色を見ながら、地図をくるくると回している。


「あっ、ねえ見て! 『こはんちほー』にも大きな源泉があるんだって!」


「私は行きませんよ? 源泉ってサンドスターがたっぷりで、セルリアンも寄ってくるんですよね? セルリアンと『温泉さいこー!』なんて、さすがに無理です――それに私だって、行きたいところがあるのを我慢してるんですから――」


 ダチョウがぷりぷりしながら言う。


「カピバラ――こんなに調査するのにどのくらいかかったのかしら。探偵の才能があるわね」


 キリンが見ているのは、カピバラが別れ際に渡してくれた「秘湯」のありかを示した自作の地図だった。


 ――二人が一生懸命探してくれたお礼だよよよ。ボクが見つけたパーク中の源泉が描き込まれてるから、気が向いたら立ち寄ってみるといいねねね……ああ、ボクはもう全部頭に入っているから、いらないんだよよよ――


 キリンは道中、その紙を見るのに夢中になっていたのだった。


「ねえキリンさん、こっちであってますか? ――ねえってばー」


「ああ、うん、大丈夫よ、きっと――」


 すっかり上の空だ。

 ダチョウがだんだんと頬を膨らませ始める。


「『ゆきやまちほー』で迷った反省が全然生きていないですね……私、先行きが不安になってきました……あっ、一応あの子に聞いてみますね」


 大きな水辺には桟橋がたくさんかけられており、水の中を移動できないフレンズでも行き来できるようになっている。


 その桟橋の途中、ひとりのフレンズがいた。


「あの、ちょっとよろしいですか?」


 ダチョウが声をかける。

 しかし彼女はこちらに気づく様子がない。そのフレンズは椅子に座っており、木でできた台に板を立てかけ、筆を使って熱心になにかを描き込んでいた。ときおりその板から目を離し、目を凝らして遠くを見つめている。


「その……ちょっとだけでいいんです。私たち図書館のほうに行きたくて、もし知っていたら道を聞きたいなと」


 ダチョウはもっと近づいてから再度尋ねる。彼女は一心不乱に描き込みを続ける。やはり反応がない。グレーのショートカットに小さめの耳。頭の上には小ぶりの丸い帽子が乗せられている。


 やっぱり聞こえないのだろうか。

 ダチョウがそう思って大きな声を出そうとする――


「……まっすぐ。この先を」


 細く、凛とした声が聞こえた。


 帽子の彼女が答えたらしい。

 目線はずっと板へ向けられており、一瞬誰がしゃべったのかわからなかった。


「あっ、この先ですね!」


「……うん、まっすぐ行くと着く。図書館に」


 ダチョウはホッとして頭を下げる。


「ありがとうございます! お邪魔してすみませんでした――」


「でも通せない、この先。あなたたちを」


 彼女は遠くの山に目を凝らしながら、無表情で言う。ダチョウは訳が分からず、首をかしげる。


「えっ? あの、どうして……」


「危ない。通すなと言われた、リカオンに」


 聞き覚えのある名前に、「秘湯」に夢中になっていたキリンがやっと顔を上げた。


「リカオンって、セルリアンハンターのリカオンよね? 危ないって、セルリアンが現れたの?」


「雪山でもセルリアンが出たし……どうしたんでしょう?」


 二人とも例の「予言」を思い起こす。ダチョウが見た「自然災害」とセルリアンは、なにか関連があるのだろうか。不安が頭をよぎる。


 ただ、セルリアンが増えている原因については帽子の彼女がすぐに教えてくれた。


「大きかった、今年の噴火、いつもより。セルリアン、たくさん生まれた」


「噴火って、サンドスターの山のことかしら? 今年はパークに降ったサンドスターが多かったのね」


 セルリアンは、サンドスターが無機物に作用することによって生まれる。毎年噴火の規模はまちまちなので、「とりわけセルリアンの多い年」があるのは、おかしいことではない。


「それにしても、変わった話し方の子ね。あなた、なんのフレンズなの?」


 キリンが尋ねた。

 まるまる五秒くらいの間のあと、帽子の彼女は言う。


「私、ターパン。絵を描いてる。景色、とてもいい。『みずべちほー』」


 二人はそっと彼女が描いている「絵」を覗き込んだ。


「わぁ! とっても素敵な絵ですね! 本物の景色みたい!」


「本当ね! オオカミ先生の絵も素敵だけど、こういうのもいいわね」


 その絵はまさにその桟橋から見える「みずべちほー」の眺めだった。本物より少し彩度の高い独特の色合い。とても記憶に残りやすく、印象的な絵だ。


「……ありがと」


 彼女――ターパンは初めて筆を止めて、少しうつむきがちに呟いた。


「でも困りましたね。地図だとここを通らなきゃいけないみたいなんです」


 ダチョウが地図上でも現在地を確認できたようだ。くるくる回すのを止め、まっすぐに紙を広げている。


「セルリアン退治が終わるまで、通れないってこと?」


 キリンがターパンに尋ねると、彼女はこくりとうなずいた。


「それじゃあどのくらいかかるかもわからないのね……よしダチョウ、ここは強行突破しましょう」


「えっ?!」


「こう見えても私、足の速さには自信があるのよ。たしかダチョウもそうじゃなかった?」


「まあ、走れないこともないですが……」


「じゃあ決まりね――ターパン、申し訳ないけど、私たち先を急いでいるから通らせてもらうわ」


「だめ。通せない」


 ターパンは素早く、きっぱりと言う。


「大丈夫。途中でハンターにあったら『私たちが無理を言った』って伝えておくわ。あなたが悪いことには――」


「違う」


 今度はキリンの言葉を容赦なく遮った。

 そして椅子から立ち上がり、初めてこちらに目を向ける。無表情で冷たい、ブルーの瞳だった。


「通るなら戦う、私と。実力あるフレンズなら通れる、勝てばいい」


 思わぬことを言われ、二人は困惑して目を合わせる。


「なっ、なに言ってるの?」


 キリンが一歩後ずさりする。


「私、絵描き。それに、セルリアンハンター」


 ターパンは持っていた筆をびゅんと振り下ろし、まっすぐにキリンのほうへ向けられた。


 彼女の目に、淡い光が灯り始めた。


「ええええっ?!」


 キリンたちは慌てふためいて、互いに両手を握り合った。


 てっきりターパンは、ハンターからこの橋の通行止めを頼まれていただけだと思っていた。


 彼女もセルリアンハンター? いったいどういうことなの――


「待ってくださいターパンさん! 私たち戦うつもりはないですよ!」


「そうよ、落ち着いて!」


 ターパンは桟橋をことんことんと鳴らしながら、じりじりと間合いを詰めていく。


 と、そのとき。


 キリンには聞き覚えのある声が、桟橋の向こうから聞こえた。


「ちょっとターパンさ……ターパン! なにしてるんだよ!」

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