第9話柴燈護摩(さいとうごま)

 お千代がキリシタンの大男に拐われて15日経った――。


 武蔵から魔封じの刀の調達を命じられた宮本三木之助は、沢庵和尚に捕らわれておよそ10日、庵の庭の大木に縛りつけられている。


 三度の飯は与えられ命は奪うつもりではないみたいだが、一刻を争うお千代救出、魔封じの刀調達と言う使命があるのに沢庵和尚は、三木之助が蝕まれた魔道の毒を案じて開放しない。


 大木に縛りつけられた三木之助は、沢庵和尚に声の限り叫んだ。沢庵は何を考えて居るのか、三木之助を木に縛りつけたまま10日もほったらかしだ。


 魔道の傷口は次第に広がり三木之助を蝕んでいる。このままでは、武蔵との約束である魔封じの刀の調達を京の本阿弥光悦ほんあみこうえつへ参って依頼する体力もなくなってしまう。


「沢庵様! どうか、わたくしを解き放ち下され! 」


「お前は若き日の武蔵とおなじじゃ。自分のもどかしさと戦っておる。まあ、焦るな。そこで遊んでおれ」


 ――その夜。三木之助の縄がするするとほどかれその身を荷車に乗せられた。荷車で再び縛られ夜の内にどこかへ運ばれた。三木之助は疲れ果て抵抗する気力もなく気を失うように眠ってしまった。


 陽射しが瞼の裏に射し込んだ。三木之助の鼻にぷんと柑橘系の若い葉の臭いがした。


 目覚めると広く大きな寺の境内へ山と積まれまた樹木の前に三木之助は一本の木の棒に縛られていた。


「三木之助よ目覚めたか、ようやく本阿弥光悦ほんあみこうえつ殿の都合が着いて研磨の終わった刀に魔封じの祈祷をかける準備が整った。お主には、呪いを解くのと同時に魔封じの刀の祈祷をする不動明王の化身になって剣禅一如の心技をみせてもらう」


 沢庵の隣へ立つ茶匠のような本阿弥光悦ほんあみこうえつが、


「ワシもな命を削って研いだ刀をいくら武蔵の頼みだとてタダでくれてやる程には人間が出来て居らんでの、あの宮本武蔵の養子とあらば命輝く剣の美が見られると思うて、この"了戒りょうかい"の刀を携えて姫路まで飛んで来たのじゃわい。魅せてくれよ命を削る剣技を、ククク……」



 ここ姫路の天台宗、増井山随願寺ますいやまずいがんじでは、天台密教の柴灯護摩さいとうごまが行われている。護摩は、わらや木々を焼いて、その煙りと炎で、魔をはら修験道的しゅげんどうはらいの儀式である。


 山と積まれた木々の護摩檀ごまだんに火が放たれた。パチパチと音をたてて小枝が煙りをあげて行く。次第に、火の手と煙りは広がり目前にくくられた三木之助が煙りに包まれた。


 ゴホゴホ……人は、火事場で煙りに包まれると呼吸困難になり、立ち上がる炎に焼かれるより先に煙りに肺をやられてしまう。三木之助は、荒行あらぎょう護摩焚ごまたきに耐えねばならない。


 三木之助は、着物のえりんで鼻と口をふさぎ息を殺して耐えた。まるで沢庵和尚と本阿弥光悦はこのまま三木之助を殺す勢いだ。


 煙りはやがて真っ赤な燃え上がる炎へかわった。取り囲む尺八を吹く虚無僧こむそうたちは、焼香を火にき入れ一気に炎を加速させる。


 煙りを耐え忍んだ三木之助を襲うのは今度は灼熱地獄だ。照り返しの炎が熱風を生み、顔や腕や足、生身の露出した肌身を焦がす。


 どんどん虚無僧は焼香を焚き入れ、パチパチと火の粉を上げる。


「不動明王の化身になるには三木之助よまだまだぞ!」


 煙りと炎で気を失いそうになる三木之助に、ザブンっと、冷水が浴びせられる。カッと炎を睨む三木之助。


「ほほう、さすがは武蔵が見込んだ男じゃわい。不動明王の魂が乗り移ってきおった美しいのう」


 と、本阿弥光悦ほんあみこうえつが目を細める。


 虚無僧の尺八の音色がドンドンと太鼓たいこに変わった。すると、一人、二人、ずるずると鬼の面を被った虚無僧が総勢80人三木之助を取り囲んだ。


「時は来た。三木之助!」


 パサリ。


 沢庵和尚は、三木之助を縛りつける縄をどいた。


 本阿弥光悦ほんあみこうえつが三木之助の眼前に"了戒りょうかい"の刀をたずさえて、


「ワシに魅せてみよ。お主の不動明王の美をククク……」


 三木之助は、本阿弥光悦から了戒を受けとるとキンっと、峰に返した。


 鬼の面の虚無僧たちは、それぞれ頭から腰辺りまでの長さの荒削りの棍棒こんぼうを構え、三木之助を取り囲み、祭事のある種の恍惚こうこつに酔い、鬼の魂が乗り移り袋叩きになぶり殺す勢いだ。


「さあ、行け三木之助! お主の不動を開放しろ!」


 つづく

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