72話 歴然

ルイン魔導学園第二闘技場ーー


「おいおいリゼちゃんよ!何だよこれは!」


 リゼラはこの状況でも尚、表情を一つ変えない。

 アギトは面白いものを見に来たのにこれじゃあただの行き損だ。


 アギトとリゼラ、ヴェルダの三人は教室を出た後、リゼラについて行き、第二闘技場に到着する。

 最初は新入生の品定めにでも来たのかと思ったら、すでに試合は終わっていた。

 その代わりに聞こえるのは新入生の阿鼻叫喚。第二闘技場の観客席に登ればそれはさらに明確なものになる。


 立っている生徒は三人、一人は闘技場すぐそばの観戦できるスペースに立ちながら傍観しいて、もう二人は闘技場中央でまだ戦っていた。


 片方は余裕そうなのにもう片方の生徒は腕が右腕の関節から先があらぬ方向へ曲がっていて、涙を流しながら戦っていた。


 二人の実力差は歴然。

 アギトは止めに入らないのかと教師を探すがどこにも見当たらない。そして、倒れている生徒に目を向けるとその中に教師も混じっていた。


 その教師は喉を抑えて足を落として呻いていた。

 クラスは白聖クラス、それなりの実力を持った教師が配属されていた筈で、生徒にやられる程弱い教師は配属していない。

 

 倒れている教師は苦しそうだがまだ意識はある。

 問題はその周りにいる生徒。半数が意識不明の重体、もう半分は意識はあるが腕や足をへし折られ、全身打撲が見られる生徒や周りの悲惨さに嘔吐しているやつなど見るに絶えなかった。


「リゼちゃんよ助けに行かなくていいのか?」

「そうですわね。早速行きましょう」


 普段はお淑やかなヴェルダだが、少し言葉に怒気が含まれている。


「待て、まだ行かなくていい」


 リゼはアギトとヴェルダを止める。


「でもよー今介入しねぇとあいつらに恐怖心が植えつけられるだけだぜ」

「その程度なら辞めればいいだけの話だ。それに事情も詳しくは分からない。下手に手を出してこれ以上のことに発展しても何の得も無い。今はただ見守ればいい」


 それだけ言うとリゼは観客席の椅子に座る。

 ヴェルダも落ち着きを取り戻し今我を忘れかけていたことを反省しリゼの言うことを素直に受け入れ隣に座る。


 アギトは「どうっすかなー」と悩んでいると戦いが発展する。

 第二闘技場の真ん中でクロムは生徒執行会のリゼラ達が来た事を確認し視線を戻す。


「おいおいもう終わりかよつまんねぇな」


 クロムは目の前で這いつくばる名前も知らない他人を見下ろし軽蔑する。


「この状態で…………戦える……訳が……ないだろう……足の骨は……折れてる……し……利き手は……こうだからな」


 そう言って外側に直角に折れ曲がっている腕を振り上げクロムに見せる。

 この程度のダメージで戦えないとはまだ、魔物の方が根性あるぜ……

 根性の無い、その生徒に対しクロムはやる気を失せる。


「痛い……痛い……」


 徐々に痛みを感じてきたのか、そのまま蹲り泣き出す。


「はぁ〜第一……ここ第二闘技場で顔合わせをするとか何とかで、各々実力を把握する名目で全員参加のバトルロワイヤル共闘なしの筈だったのに、開始と同時にお前ら数人が俺一人だけを狙ってきたからしっかりそれに応戦してやっただけなんだがな。そんでこの惨状を見て他の奴らが止めに入ってきたからそっちもおまけで相手してやったのに……このざまとはな白聖クラスが聞いて呆れる」


 クロムは再度観客席に座っている恐らく三年生であろう人達の様子を見ていたが止めに入る様子はなく疑問に思う。


 だが、止めないのならむしろ好都合で、クロムはさっさと終わらせにかかる。


 クロムは倒れこんでいる生徒へ向け片手をかざす。今度は左腕目掛け、闇属性スキル<否定回路砲/ネガティブソケット>を放つ。


 手のひらに血液のような色と黒色が混ざり合い赤黒く収束する。

 その後、徐々に小さくそこら辺に落ちている小石くらいにまで圧縮され辺りの空気が真っ黒になり、まるで空気の重さが増したかのように感じるほど淀む。

 そして、放つ準備が完了する。


「……」


 クロムは何も言わず目の前無防備に倒れている生徒に放つ。


「それ以上は死んでしまう。ここまでだよ」


 突然現れたハヤトはクロムの腕を掴み取り、そのまま手の平が上を向くように持ってかれ、そのせいでクロムが放ったスキルは上空へ消えてしまう。


「公爵様が代わりに相手してくれるのか?」

「君と戦うにはここじゃ狭すぎる、また今度やろう」


 クロムはどうやって近づかれたのか探りたかったが、ハヤトの表情を見て今は時期じゃ無いと悟る。


「そうだな、今回はここらで止めておく」


 クロムは両手を上げこれ以上何もしないことを意思表示し、そのままこの場所から立ち去ろうとした時。


「君、名前は?」

「クロムだ」


 軽く振り向きクロムは即座に答える。


「僕は、ハヤト・ゾルデ。いい友達になれそうだね」


 何も言わずにそのまま闘技場から出て行く。


「友達ねぇ……思ってもいない事を……」


 クロムは懐かしい記憶を辿りながら医療棟までの道のりを割と上機嫌に走り出す。


**


「速いな……」


 第二闘技場の観戦場所であまり人を褒めないリゼが珍しく感嘆を漏らしていた。

 アギトから見ても確かに速く、あの距離で近づかれたら相当厄介なのは確実。

 だが、アギトは様子を見ていてハヤトに任せればいいやという思いが出てくる。

 クロムが去ってからハヤトは他の教師を応援に呼び、医療棟の方へも連絡をし、そこから一人々に応急処置を施していく。


 どんだけいい子ちゃんだよ!とアギトは思わず心の声が漏れそうになるが、どうにか言い止まる。


 するとリゼが立ち上がる。


「行くぞアギト、ヴェルダ」

「はい」

「ああ……てかリゼちゃん面白いもんてこんだけかよ!」

「別に俺は面白いものなんて言っていない」

「お強い方が二人も……これは過去最高ではないですの?」

「そうだな予想以上だった」

「戻るぞ」


 そのままリゼラ達は闘技場を後にする。

 途中第一闘技場から人がわらわらと出てきていたので何かあったのかと思いアギトは闘技場の使用予定の記憶を探ってみたが今日は特に使用する予定がなかったので、余計は仕事を増やさないよう見て見ぬ振りをする。


「他の一年見なくてもいいのか?」

「追々やっていくつもりだ心配するな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る