第10話 合コンに参加した!

昼休みに亜紀からメールが入った。


[今週の金曜日、合コンのメンバーが1名足りないので来てくれない?]


すぐに電話する。


「亜紀、無理よ、まだそんな気になれないから」


「そんなこと言って引っ込んでいないで、気分転換に出てきたら、いつまでも過去を引きずっていたらだめよ」


「そうは言っても、着ていく服もないし」


「服は私が貸してあげるから、結衣に似合いそうな服があるから」


「でも」


「以前の結衣に早く戻ってほしいと思っているの。明日会える? 服を渡すから」


「分かった。とりあえず明日会いましょう。例の場所で6時半に」


◆ ◆ ◆

約束のファーストフードで待っていると、包みを持った亜紀が現れた。


「ごめん、少し遅れて」


「気にしないで、でもやっぱり行かない」


「せっかく似合う服まで持ってきたのに、どうしても1名足りないの、だからお願い。座っているだけでいいから、私の顔を立てて」


「分かった。それなら亜紀のために行くから」


「それで、来るときは以前のように可愛い結衣できてほしいの。メガネを取って、お化粧もしっかりして、お願い!」


「はいはい、お世話になっている亜紀のために、できるだけ可愛く変身して行きます。場所と時間を教えて」


「その気になってくれてよかった」


「ところで、先方はどんな人たちなの?」


「先方の幹事さんは有名私立大学の同窓会の幹事をしていると言っていた。私は友人の都合が悪くなって幹事を頼まれただけなの。身元は確かな人たちだと聞いているから」


「まあ、どんな人たちでもいいわ、亜紀の顔を立てるだけだから」


◆ ◆ ◆

合コンの日、集合は7時だったけど、15分前に会場に到着した。亜紀と先方の幹事が相談をしていた。その先方の幹事が誰だか遠目でもすぐに分かった。


なんと篠原さんの親友の山本隆一さんだった。こともあろうに同じ会社の人でそれもあの立会人になってくれた山本さんが幹事とは困ったことになった。


亜紀は丁度こちらを見たので、離れたところから、口に人差し指を当てて黙ってと合図して、手招きした。亜紀は私の意図が分かったようで、すぐにこちらへ来てくれた。


「亜紀、大変、あの幹事さん、私の会社の山本さんなの。それも今のマンションの契約をするときの立会人だった人。こんな姿を見られたくない」


「大丈夫、今の結衣なら、あなたの会社の人でも絶対に気が付かないと思う。まず、あの山本さんで試してみる?」


「きっと分かる」


「大丈夫だから」


「分かった。試してみるわ。でも絶対に白石結衣と本名で呼ばないで、私の名前を知っているから」


「じゃあ、何と呼べば良い?」


「ううーん、そうね、絵里香、石野いしの絵里香えりかと呼んで」


「分かった、絵里香ね、石野絵里香」


「じゃ、試してみましょうか? 石野絵里香さん」


亜紀が私を山本さんのところへ連れて行く。


「山本さん、ご紹介します。こちら石野絵里香さんです」


「はじめまして、幹事の山本隆一です」


「なかなか素敵な方ですね。今日来られる人があなたのような方ばかりだと楽しいですね」


「私は合コンにはあまり出たことがないので」


「座っているだけでいいですから」


「そう言っていただけると気が楽です」


私は幹事の亜紀の隣の席に坐った。そうこうしていると、一人、二人と参加者が集まりだした。両方の幹事が座る席を案内している。来た順に席を詰めて座って行く。亜紀が席に着いたので、小声で話しかける。


「亜紀の言ったとおり、気が付かなかったので、ほっとしたわ」


「言ったとおりでしょう。それにここは少し暗いから余計に分からないと思うわ。自信をもって」


「分かった。それで自己紹介とかはあるの?」


「乾杯が終わったら一人一人簡単にすることになっているけど」


「どうしよう」


「どうせ偽名を使うんでしょう、会社なんかも適当に某商社とか某IT企業とか言っておけばいいでしょ」


「分かった」


7時を過ぎたころには、ほぼ人数が集まった。幹事の山本さんが立って挨拶を始めた。


「本日はお忙しいところありがとうございます。申し訳ありませんが当方の男子1名がまだ到着していませんが、お腹も空いていることですし、すぐに乾杯をして始めたいと思います。喉を潤したところで、簡単な自己紹介をしていただく予定です。それから9時ごろから2次会を予定しています。では乾杯」


乾杯が終わると、皆お腹が空いているので食べ始める。私も目の前にある料理を少し食べた。ここはイタリアンパブなのでピザなどが並んでいる。


しばらくして皆のお腹が落ち着てくると、幹事の山本さんから順に自己紹介が始まる。長くしゃべる人、簡単に済ませる人、ひとそれぞれだけど、聞いていると人柄が出ている。


私の番になったので、名前は石野絵里香、勤務先は某商社と言うことにした。合コンは久しぶりで人数合わせに急遽頼まれてきたことを素直に話した。


ひととおり自己紹介が終わると前の人や横の人など関心のある人と話し始めている。私は亜紀が山本さんと話をするのを黙って聞いていた。正面の人が私に話しかけるが、ほどほどの返事しかしないので、すぐにあきらめた。人の話を聞いている方が面白くてためになる。


8時近くなって男子が1名会場に来た。すぐに幹事の山本さんが話をしに行く。よく見るとその人は篠原さんだった。まずい! 小声で亜紀に話しかける。


「亜紀、大変、篠原さんが来た。どうしよう」


「私は前に一度会っているね、私を覚えているかしら?」


「分からない。あのとき亜紀はすぐに帰ったから。でも亜紀も今日は化粧をしっかりしているし、どうかな」


「私のことが分からなったら、結衣は絶対に分からないから心配しなくてもいいわ。石野絵里香をしっかり演じていればいいから」


「分かった」


山本さんが遅れてきた篠原さんを皆に紹介する。


「こちらが俺の親友の篠原真一君だ。歳は32歳、決まった相手はいないと聞いているから、今日来てもらった」


「篠原真一です。隆一と同じ会社に勤めています。どうぞよろしく」


皆、立ち上がって、乾杯をした。篠原さんは一番遠くの端の席に座った。まずは一安心。会場はもう前の賑わいに戻っている。


時々、篠原さんの様子を伺う。前の席の女子と話をしながら食べている。このまま離れていれば大丈夫だと思う。


篠原さんが席を立った。トイレかなと思っていると、私の斜め前に座っていた男子がトイレに立った篠原さんの席に移った。困ったなと思っていたらトイレから帰ってきた篠原さんが空いていた斜め目前の席に座った。


私は彼と目を合わせないように隣の女子の話を聞いて相槌を打っている。ひょっとすると見られている? 視線を感じるがそっちを見ないようにする。幸い話しかけてはこない。


すると一番端の席が空いたのが見えた。なにげなく席を立ってその空いた席に移った。これで一安心。でもどうも視線を感じる。


私の前の席が空いた。きっとここへくる。どうしよう。やっぱり、篠原さんがすぐにきた。そして今度は話しかけて来た。


「ほかの人の話を聞くのが好きなんだね」


「はい、私は話すのが苦手なので」


目を伏せて、顔を見ないように、彼を避けるようなしぐさをする。これで諦めてくれれば良いと思っていた。でも諦めてくれなかった。


「折角だから話をしないか?」


「今日は頼まれて人数合わせでここへ来ただけです。ですから」


「俺も幹事の隆一に人数合わせで呼ばれたから来ただけだから」


「そうなんですか」


「じゃあ、同じ助っ人ということで話そう」


「本当に話し下手なので、お話を聞くことは好きですから、何か話してください。身のまわりのことだとか、自己紹介でもいいです」


「そう言われてもなあ、自分のことはあまり話したくないな、自慢するみたいで」


「それならどうして来られたのですか? 彼女を見つけるためではないのですか?」


「話をしたら彼女になってくれるのか?」


「それは」


「君もここへ来たというのは頼まれたからだけじゃないだろう。その気があったからだろう。いい男がいないかと」


「私はどうしてもと頼まれたからです。この服も貸してもらいました」


「そうなのか、道理で会社帰りには見えなかった」


「家で着替えてきました」


「名前はなんというの?」


「名前ですか?」


「教えてくれてもいいじゃないか?」


「石野、石野絵里香です」


「絵里香か、いい名前だ。歳は大体想像がつく」


「確か、幹事さんが篠原さんと紹介していましたね」


「そうだ。彼とは同じ会社の同期で親友だ」


「良い会社にお勤めなんですね」


「それほどでもない。いいかげん辞めるかもしれない」


「そうなんですか?」


「先のことは分からないからね」


そこで、幹事が「この場はこれでお開きにして2次会に移りたい、会場は隣のビルのカラオケを予約してある」と言っている。助かった。これで帰ろう。


亜紀のところへ行って帰る挨拶をする。


「私はここで帰ります」


「カラオケも付き合って、全員行くから、お願い」


「でも」


「篠原さんは気が付かなかったでしょ、大丈夫だから、お願い」


「分かった」


しぶしぶ付き合うことになった。篠原さんとはできるだけ離れた席に坐ろう。


カラオケ会場は1次会のイタリアンパブのすぐ隣のビルだった。10人は入れる大きめの部屋に全員が収まった。ここで11時くらいまで交代で歌うのだという。私は一番端に席を取った。でも篠原さんが私の隣に席をとった。


歌が始まった。ここはステージがあるので歌い手はステージへ行って歌う。私は横を見ないようにして、歌い手の方を見るようにしていた。篠原さんは話しかけてこない。でも視線は感じている。


私に歌の順番が回ってきた。亜紀が歌ってと向こうから促していた。カラオケは練習してきたこともあるので思い切って歌ってみることにした。曲は『レモン』にした。


歌い出しは上手く曲に入れた。淡々と情感を込めて歌う。歌っていても良い曲だと思う。長い曲だけどほとんど音程を外すことなく歌えたと思った。皆、すごく拍手してくれた。ほっとして席に戻ってきた。


「とても上手だね」


「相当練習をしましたから。もともと歌を聴くのは好きですが、歌うのは苦手です」


「ほかに好きな曲はないの?」


「もうひとつありますが、それも練習中です」


「そのうち、聞かせてくれないか」


「うまくなったら歌ってみます」


「是非、聞かせてほしい」


今度は篠原さんの番だ。曲をセットしてステージへ行った。歌い始めたが、初めて聞く曲だった。曲名は『さよならをするために』という曲だと分かった。あのときの『レモン』も上手だったけど、この曲もとても良かった。歌は上手いみたい。


「良い曲ですね。センスがいいです」


「そういわれると悪い気がしない。ほめ上手だね」


「選曲で人となりが分かります。結構、センチなんですね。そうは見えませんが」


「確かにそうかもしれない。でも初めてそう言われた」


「私も今の曲、好きになりそうです」


「同じセンスなのかもしれないね」


「どうでしょうか?」


それから私はできるだけ歌を聞くようにして篠原さんとはお話をしないようにした。彼は私のことを只見ているだけになった。そっけなくしたからあきらめた?


私に2巡目が回る直前に時間になった。席を立とうとすると彼から携帯の番号を聞かれた。ごめんなさいと丁寧に断った。携帯は1台しか持っていないのに、携帯の番号なんて教えられる訳がない。


すぐに亜紀のところへ行って、これで帰ると挨拶をすると、急いでその場所を離れた。ここからマンションへは歩ける距離だ。急いで小走りに帰る。篠原さんよりも早くマンションにたどり着いていなければならない。息が切れた。後ろを振り返るけど、誰もいない。


エレベーターに乗って、部屋の入口まで来てほっとした。


まさか先に帰っていることはないだろう。静かに玄関ドアを開けると、篠原さんの靴が脱いであった。先に帰っていた。まずい! 静かに玄関ドアを閉めたつもりだけど、音が響いた。


急いで、靴を仕舞って、部屋に走って入る。後ろの方から「おかえり、おやすみ」と声をかけられた。びっくりした。私の姿を見られた? 大丈夫だと思う。篠原さんの部屋のドアは閉まっていたから。


部屋のうち鍵をかけて、ほっとした。先に帰っているとは思わなかった。すぐにお風呂に入って化粧を落とした。疲れた! でもお風呂は気持ちいい。心地よい疲労。お風呂で眠りそうになる。


それにしても思いがけないことばかりの一日だった。まさか、篠原さんと合コンで鉢合せするなんて想像もしなかった。幹事が山本さんであったので悪い予感はしていた。


でも篠原さんは間違いなく私に関心を持った。地味ないつもの私に持つ関心とは別の女性としての関心だと思う。見た目でこうも接し方を違えるものなのか? 


今日の私は地味なスタイルになる前の着飾った私だった。コンタクトをして、髪形を変えたし、お化粧も工夫していたので、結構可愛かったと思う。でも今の私にとって、絵里香は仮の姿でしかない。


◆ ◆ ◆

翌朝は目が覚めるともうお昼に近かった。疲れていたこともあってぐっすり眠れた。合コンは疲れたけれども結構ストレスの解消になったと思う。


篠原さんもお昼頃まで寝ていた。彼が起きたところで私は掃除と洗濯を始めた。


◆ ◆ ◆

月曜日の昼休みに亜紀から携帯に電話が入った。


「結衣どうだった? 彼より早く帰れた?」


「急いで帰ったけどもう帰って来ていた。でも、そっと部屋に入ったからバレなかった」


「ごめんね、無理に参加してもらって、山本さんがあなたの会社の人とは知らなかったの。大学の友人の紹介だったから」


「でも結構スリルがあってストレス解消にもなったわ、ありがとう」

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