1 艦での一夜-6-
二人は対峙した。
これはただの特訓だから気を抜いても死にはしない。だから気楽にやれ。
グラムはそう言って棒立ちになった。
ライネもそう思ったが、そうは思わなかった。
これはきっと自分を試しているのだろうと――。
「何を迷ってる? さっきと同じ要領で適当に打ち込んでみろ」
彼はかまえていない。
今のグラムは無防備そのもの。
まるで寝起きのように脱力しきっている。
これほど打ちやすい標的はない。
だからライネは戸惑っていた。
「どこからでもいいぞ。お前の好きなタイミングでな」
「わ、分かってるって……!」
自由に打ち込ませたいならサンドバッグでも置けばいい。
かまえてすらいない標的では、どう避けるのか、どう防ぐのかすら予測がつかない。
(とりあえず一発……)
意表を突いてやろうと、ライネは深呼吸をするふりをして床を蹴った。
しかしこれは遅すぎた。
彼女のつま先が床を叩くよりほんのわずか早く、グラムが動いていた。
すでに全身を前に押し出す恰好になったライネは、今さら止まることはできない。
(なんで……!?)
まるで数秒先に飛んでその未来を見てきたように、グラムは突き出された拳を正確に
が、彼女もこの程度では終わらない。
防がれることを想定して二撃目、三撃目の用意がある。
彼が言ったようにライネの持ち味はその
休む暇なく攻撃を繰り出し、相手の防御を崩す。
わずかでも隙があれば、ただちにそこを突く。
この少女にはそれだけの能力はあった。
しかしハイキック、ミドルキックと、グラムの意識を上下に揺さぶるコンビネーションも効果は薄い。
(マジか……?)
何度目かの攻撃をしかけたところでライネは気づいた。
こちらの攻撃に合わせてグラムがすばやく防御の姿勢をとっているのではなく、自分自身がグラムの防御するポイントへ攻撃をしかけていることに。
「よし、そこまでだ」
彼女の目が変わったのを見てとったグラムはかまえを解いた。
「妙な感覚を味わっただろう?」
彼女が味わった妙な感覚を忘れないうちにと、彼はすぐさま問うた。
「うん、まあ……」
自覚はあるが説明がつかない現象にライネはあいまいに頷く。
「なんかアタシのほうがずっと遅いような感じだった。そんなハズないのに」
「お前はオレに気配を読まれていた。だからそう感じた」
グラムは壁を指さした。
「お前は銃を撃ったことがあるか?」
「あります。でもアタシには向いてなかった」
「まあいい。お前は百発百中の名手だ」
「……はあ?」
「あそこに的がある。お前の腕なら撃てば必ず当たる」
向こうの壁を示してグラムが言う。
「しかしその的が動いたとする。どうする?」
「そりゃ、狙いをつけなおすでしょ」
「そうだな。なら引き金を引いた後に動いたらどうする?」
「どうもできないんじゃないすか? 弾はもう出てるんだし」
たとえ話にたとえ話を重ねられると、ライネも返事に困ってしまう。
そもそも彼が何を言いたいのかが分からないのだ。
「そうだ。撃ち出された弾の軌道を変えることはできない。もうひとつ。引き金を引き、弾が射出される一瞬前に的が動いたらどうする?」
「それも無理でしょ。そんな一瞬で――」
「それをやるのがこれからの訓練だ」
この人の言葉が足りないのか、それとも自分の理解力が足りないのか?
ライネは考えた。
通訳でも連れて来たらよかった、と思う。
「お前の指は引き金を引くために動いている。たとえその瞬間に的が動いたことを目で捉えても、指は止まらない。なぜなら目で見たものを頭で処理してから動くからだ」
「頭で、処理……?」
「的が動いたことを目で確認したとき、そのまま引き金を引いても当たらないために指を止める必要がある。だが目で確認し、それを脳でとらえ、さらに脳から”止まれ”と指示が出てそれが指に届くころには、既に指は引き金を引いている」
「……伝達ミスってこと? あ、いや、伝達遅れってこと」
「そのとおり。伝達にかかるのはわずかな時間だ。しかし目を使っている以上、その時間をゼロにすることは絶対にできない」
しばらく考え込んでいたライネは、ハッとなった。
(分かったような気がする……)
警備隊としてさまざまな適性検査を受けた中で、反射を競うものがあった。
四方をパネルに囲まれた小さな部屋の中央に立ち、ランダムで点灯する箇所にどれだけ早く触れられるか――という内容である。
都合よく目の前のパネルが点灯するとは限らないから、常に周囲に注意を払わなければならない。
特に背後が光ったときは、振り向き、点灯を確認し、手を伸ばす……というプロセスが必要だ。
時間にしてコンマ数秒だが、積み重なれば大きな差になる。
ライネはこの検査の成績が優れていたこともあって、アシュレイの目に留まったのだった。
(たしかに光った瞬間にタッチなんてできないよなあ……それができるなら目隠ししてもできるってことになるし)
彼女はこと俊敏さにかけては自信があった。
だがその自信すらも、グラムに言わせれば遅いのだという。
「さっきも言ったが光は速い。しかし気配は光よりずっと速く届く。それを感じ取る能力を鍛えればいい」
「アタシにもできる?」
「誰でもできる。……が、普通は気配を感じ取れても体がついていかない。お前なら別だ」
教え甲斐がありそうだ、とグラムは思った。
彼女の能力はすでに高い水準にある。
それゆえに伸びにくいか、それとも逆に急成長を遂げるか……。
彼は見てみたくなった。
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