4 暗躍-5-

 一方でライネは少々手こずっていた。

 手練れとはいえ打ち負かせる相手ではある。

 だが先ほどのように隙を突かれてシェイドの元に到達されてはならない。

 後方では従者が頑張っているようだが、本来ならその役目は自分が担うハズだった。

 そうした焦りもまた、目の前の敵に冷静に対処できない足枷のひとつとなっていた。

「………………」

 こいつは無視してシェイドの元に駆けつけるか、ライネは迷った。

 任務は賊の討伐ではなく、彼を守ることだ。

 向こうも多数のドールに手を焼いているハズ。

(いや――)

 考えなおす。

 この状況で敵に背を向けるのは得策ではない。

 気ばかりが焦る。

 その時だった。

 ライネの視界の外から一筋の光が飛び込んだかと思うと、目の前の襲撃者がよろめくように片膝をついた。

「はああぁぁっっ!!」

 咄嗟の出来事に一瞬狼狽したものの、好機と見たライネは考えるより先に躍りかかった。

 襲撃者の膝を踏みつけるようにして飛び上がり、空中で身をひねって回し蹴りを放つ。

 水平に弧を描いた踵がマスクを叩き割った。

 吹き飛ばされ、地面を転がった襲撃者は仰向けに倒れた。

「ふぅ…………」

 その向こうにはフェルノーラが銃を構えていた。

「行って!」

 状況を理解したライネは一瞬戸惑った。

 何者かは倒れはしたが死んだワケではない。

 再び起き上がり襲ってくる可能性がある。

 フェルノーラと目が合う。

 彼女は構えた銃を倒れた襲撃者に向けたままだ。

(任せていいか?)

 視線の意味を理解したフェルノーラは強く頷いた。

 それを確認するやライネは身を翻し、イエレドの援護に向かう。

 杖を手足のように操る彼の前に、何者かは距離をとることしかできなかった。

 狙いはシェイドひとりにあるようで、防戦一方の様子からどうにか彼を狙おうとしているらしいことは分かった。

 イエレドが杖を薙ぎ払った。

 何者かは宙返りを打ってそれを躱す。

 だがそれは間違いだった。

 彼が再び地を踏んだ時、そこには既に彼女がいた。

 気配を感じて振り向いた彼の腹に爪先が突き刺さる。

 その衝撃にうずくまる暇もなく、振り上げられた拳が頬を打った。

 地に伏した襲撃者が立ち上がる様子は――ない。

「見事な腕前だ」

 イエレドの無愛想な称賛にライネはにこりともしなかった。

(………………)

 戦いはまだ終わっていない。

 中空をうるさく旋回するドールの一団は十数体。

 従者の技量から考えて増援があったらしい。

 そう判断したライネはシェイドの元へ走った。

「大丈夫か!?」

 彼は苦戦していた。

 不規則に飛び回るドールに上手く狙いをつけることができず、放散したミストは空気中に溶けて消えていく。

 しかしその隙は従者たちがしっかりと埋める。

 戦い慣れた彼らはシェイドにはるかに及ばない魔法の力で的確に敵をほふっていく。

「…………!」

 思うように魔法が使えないことに歯噛みしたシェイドは、ミストの流れる先を変えた。

 自身を中心に半球状に凝集させ、強固な壁を形成する。

 シールドの構造は教導係のロワンから教わったばかりだ。

 浮遊するミストを操り、密度を高めて障壁とする。

 しかしこれではこちら側からの攻撃も遮断してしまうため、機能としては不完全だ。

 そこでもう一段階発展させてミストに指向性を与え、内側からの攻撃を透過させるようにミストを組み直す。

 この作業は高度かつ繊細な技術、そしてなによりミストに対する理解と敬意が必要だ。

 彼にその全てが備わっているワケではなかったが、少なくともドールの攻撃を防げる程度のシールドは展開できていた。

 それに対応できなかった数体のドールが迂闊にもミストの壁に飛び込む。

 真正面からぶつかった彼らはバイクもろとも大破し、空中で分解する。

 アメジスト色の光に遮られた破片が半球を滑り落ちていく。

「やるじゃん!」

 敵を見据えたままライネが言う。

 それに答える余裕は――ない。

 日常的に使っている治癒や火球を飛ばすような単純な魔法ではないからだ。

 集中が切れればミストを維持できなくなり、シールドの効果はたちまち減衰してしまう。

 とはいえ彼の機転は従者たちに大いに味方した。

 強固な守りを得たことで攻撃に専心できるようになった彼らは、迫り来るドールたちを次々と撃ち落とす。

 その戦いに加われないライネは一瞬面白くないという顔をしたが、すぐに自分の役割を思い出してシェイドの背を守る。

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