9 皇帝の最期-4-

「私たちから離れないで!」

 先行する艦を盾代わりにレイーズたちは平原に降り立った。

 地上では既にディジィ隊長とその部下たちが周囲の警戒にあたっている。

 そのお陰でシェイドたちは比較的安全な場所を確保できた。

「前の部隊からの報せでは、政府軍に押されゲルバッドらが後退を始めているようです」

 そう告げたのはラウェル地区で併合した武官だ。

「ペルガモンもその程度の戦力は残していたということか」

 アシュレイは舌打ちした。

 ペルガモンの性格からして叛乱軍の討伐には全勢力を吐き出しているものと読んでいたが、首都の防衛に割く戦力くらいは残していたようである。 

 とはいえ政府軍が優勢かといえばそうでもない。

 この平原には多くの反政府勢力が集結しており、敵を圧倒している。

「よし、このまま地と空から攻める。航空隊は平原の敵を攻撃しつつエルドランへ。地上の部隊は我々が背後から攻撃されないよう、周囲の敵を殲滅するんだ」

 滞空していた艦から数十機のガンシップが放出された。

 兵員輸送艇として運用されるこれには比較的新しい技術が用いられている。

 おかげでミスト変換効率が高く、少量の石で長時間の運用が可能なために政府は生産、投入に力を入れていた。

 それをごっそり奪うことができたのだから、叛乱軍はこの点だけはペルガモンに感謝しなければならない。

「さあ、シェイド君」

 シェイドは重鎮と共にガンシップに乗り込み、一気に宮殿に迫る予定になっていた。

 多数の航空部隊と数隻の艦が先行しており、彼らは輸送艇部隊の最後尾ということもあって、急襲作戦に於いては極めて安全な位置にいる。

 それは当然のことで、この小さな救世主を欠いて作戦の成功はあり得ない。

 アシュレイたちは命に代えても彼を守るつもりでいた。

「待って! 私も行く!」

 タラップに足をかけたシェイドに、フェルノーラが駆け寄ってきた。

「なんだって!?」

 頓狂な声をあげたのはアシュレイだった。

「分かってるのか?」

「分かってます!」

「敵の中に飛び込むんだぞ! 危険なんだ!」

「でも、その子も行くんでしょう? だったら大丈夫よ」

 彼女は頑として譲らない。

「おい、何してる! 時間がないぞ!」

 先に乗り込んでいたグランが叫ぶ。

 アシュレイは睨みつけるような彼女の目に釘付けになった。

 真っ直ぐな、凛々しくて力強い双眸だ。

 人生で初めて手にする銃に不安げだった頃の顔つきはなくなっていた。

 むしろレイーズやディジィに通じる逞しさを感じさせる。

「いいだろう。ただし無茶はさせないぞ。きみを守り切れる自信はない。到着しても絶対に前に出るな。分かったね?」

「はい!」

 迷いのない快活な返事だ。

 シェイドに彼女くらいの覇気があれば、もっと信奉を集められるだろうと彼は思った。

「おい、俺たちも乗せてくれ」

 フェルノーラとのやりとりに時間がかかったせいで、数名の民間人が押し寄せてきた。

「危ないのは分かってる! けどここで戦うより、この子の役に立ちたい。俺たちは自分の身は自分で守る。それならいいだろ?」

 駆けつけてきたのはプラトウ出身者ばかりだ。

「ああ、分かった分かった! 時間がない! 急いでくれ!」

 全員が乗り込むのとほぼ同時にガンシップは甲高い唸り声をあげながら、宮殿へ向けて飛んだ。

「しっかり捕まってるんだ!」

 シェイドはとっくに近くの手すりにしがみついていた。

 先行する航空部隊が高高度からの攻撃を行うのに対し、ガンシップは低空を飛行する。

 作戦の都合上、攻撃よりも回避を前提とするため機体は常に左右に揺さぶられることになる。

 半開放型になっているキャビンからは戦場の様子が見て取れる。

 叛乱軍が優位に立っているとあって進攻の勢いは止まらない。

 地上では両軍の戦車がぶつかり合っている。

 ミストの力により滑るように走行する戦車は陸戦の要だ。

 耳を劈く発射音が響き、光弾が縦横に飛び交うたびにシェイドは身震いした。

 覗き込むように空を見上げると艦の姿が見える。

 特に頭上の艦はちょうど陽光に遮られて底部の影しか見えないため、まるで空に大きな穴が開いたような錯覚を起こさせる。

 ずっと地上で生活していたシェイドたちには恐怖の対象だ。

 あの黒い影から浴びせられる光が地上を焼き、家族や親しい者を悉く奪ったのだ。

 今は味方の艦だと分かってはいても、心の底にこびりつく恐怖と怒りは消えなかった。

「グラン様、ゲルバッドからです。政府軍の反撃が激しく、エルドランを攻めていた航空部隊が潰滅状態にあるとのことです」

 副操縦士が告げる。

「もう少しだけ持ちこたえるように言ってくれ。あと数分でいい」

 この場合の航空部隊とは航空機のことであって艦は含まれない。

 となれば政府軍の進攻を食い止める程度の戦力はまだ残っているハズだ。

「けっこう揺れるわね……!」

 フェルノーラは額の汗を拭った。

 戦場の音と光は嫌でも五感を叩いてくる。

 手すりを握る手を離せば、たちまち振り落とされて砲火の中に取り残されそうだ。

「大丈夫……?」

「ええ、平気よ。あなたこそ顔色が悪いけど?」

「そりゃそうだよ。こんなところを飛ぶなんて思わなかったから。それよりどうしてついて来たの? あそこにいれば安全だって言われてたのに」

「誰かの世話になってばかりは嫌なの。私だって戦えるってことを証明したいのよ」

「そんな――」

 つまらない理由で、とシェイドは呆れるべきか怒るべきか迷った。

 重鎮ならともかく、民間人がひとり加わったくらいで戦況は変わらない。

 指示どおり大人しく後方に残っていたほうが安全だし、生きるためにはそれが最良の選択だったハズだ。

「あいつが死んだって家族は戻ってこない。結局、独りで生きていくしかないの。その強さを今のうちから身につけたい――間違ってるかしら?」

 力強い口調に彼は何も言えなかった。

「宮殿が見えました。さらなる攻撃が予想されます! しっかり捕まっていてください!」

 一団は平原を抜け、高層ビルの林立する首都に迫っていた。

 戦の音が激しさを増しているのを誰もが感じた。

 先行する航空部隊が道を切り拓いているが、それでも政府軍の反撃は凄まじい。

 爆発音がして、すぐ横を飛行しているガンシップが炎をあげながら墜落した。

「おいおい、アシュレイさん! こっちは大丈夫なのか?」

 最後尾を飛んでいるから安全だと言われていたが、それは先行部隊に比べて、という意味でしかない。

 今も光弾はひっきりなしに飛び交っている。

「心配はいらない。あと少しで目標地点だ」

「さっき横にいたやつが撃たれたぞ。下手すりゃこっちがやられてたんじゃないのか?」

 フェルノーラに刺激されてついてきた者たちも覚悟はしていたが、撃墜されて何もしないまま死ぬのは無念と言うほかない。

 安全圏を脱してまで前線に出てきたのだから、爪痕くらいは残したいと彼らは思っていた。

「シールドならグランが強化している。少々の攻撃なら持ちこたえられる。先ほどから揺れてるのも機体を左右に振ってるからじゃない。ずっと被弾してるんだ」

 もう何十発も敵の攻撃を受けている、とアシュレイは強調した。

「ゲルバッドの艦です!」

 操縦士が前方を指差した。

 ゆるゆると後退している駆逐艦を2隻、夜の街灯にまとわりつく羽虫のように政府軍の戦闘機が囲んでいる。

 艦は集中砲火を受けたらしくシールドは破られつつあり、外装にも攻撃によって削り取られた部分がいくつも見て取れる。

「よく頑張ってくれた。他の部隊にあの艦を援護するように伝えてくれ。私たちはこのまま低空を維持して宮殿を目指す。もう少しだぞ!」

 軍用道路の真上は障害物がないため恰好の標的になる。

 ガンシップはひときわ甲高い唸り声をあげて旋回した。

 砲火を避けるべくビル群の隙間を縫っていく。

 このあたりにも既に政府軍の対空砲が配備されていたが敵の注意はそのはるか上空、中破した駆逐艦とそれを援けるために駆けつけた増援に向けられていた。

「宮殿付近の様子はどうなってる?」

「所属不明の――小規模の勢力が迫ったようです。ただ防備が堅く、ほぼ全滅。生き残った部隊も敗走して行方が分からないとのことです」

「そこまで近づいたのか……まさかギルたちではな――」

 グランは言葉を切った。

 雷に撃たれたような衝撃が全身を駆け抜け、彼は思わず前方を凝視した。

〈感じるか……?〉

 前を見据えたまま、アシュレイにテレパシーを送る。

〈ああ、分かる。皇帝が出てきているな。シェイド君はこの気配に気づいていないようだ〉

 魔法の源であるミストは空気や風に喩えられる。

 宮殿の方角から吹きつける強いミストの風を二人は敏感に感じ取っていた。

 これはペルガモンが強力な魔法を行使している証拠だ。

「さらに高度を下げ、やや東に向かって飛んでくれ。そちらのほうが安全だ。速度を落としてこの地点まで進むんだ。敵の目を晦ませるために着陸はせずに――」

 額の汗を拭ってグランが制御盤に表示させた地図を指し示す。

「……分かりました。できるだけ安全な場所を探します。皆さんも準備を」

 グランは機体にかけていたシールドを強化した。

 周囲の空気を巻き込みながら、彼の掌から溢れ出た光がガンシップを幾重にも包み込む。

「私たちは5分後に降下する。予定していた地点よりかなり手前になるが、これは安全を期してのことだ。理解してほしい」

 グランの言葉にシェイドたちは頷いた。

「悪いがそこからはとにかく走ってくれ。シェイド君は私たちと一緒に。他の人たちはネフィル隊長の指示どおりに」

「何をしようってんだい?」

「この機を捨てる。私たちが搭乗していると見せかけて宮殿に突っ込ませる」

「まもなく自動操縦に切り替えます。予定地点での待機は10秒です。その間に降下してください……急いで!」

 ガンシップはビル群の陰で高度を下げ、地表すれすれの位置で滞空する。

 シェイドたちは素早く地上に降りた。

 最後の一人が地を踏んだ時には既にガンシップは宮殿に向けて飛び立っていた。

 重鎮はシェイドを伴って区画に沿うように宮殿を目指す。

 その後ろをネフィル隊長を先頭にフェルノーラたちが続いた。

 戦の音が容赦なく彼らの耳を劈いた。

 政府軍か叛乱軍か、どちらとも分からない砲撃が地を震わせ、無数の光弾が空を絶え間なく照らす。

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