第73話

「これより作戦の最終段階に入る! 控えていた騎馬隊は左右から回り込んで敵の側面を突け! ここが正念場だ、腹を括れ!」



 ホームズの号令に従い、それまで待機していた騎馬隊二千が左右から敵陣に襲いかかる。騎馬隊は機動力に優れる半面、飛び道具に弱いという特徴がある。その為今まで動かさずに保持していたのだが、彼らにはそれとは別に重要な役割があった。


 セネトは当初、自陣の中央部付近を突出させ、敵の攻撃を引き付けさせた。その後、彼らを含めた中央部付近の部隊が徐々に後退。だがそれでも、総統軍は囮部隊への集中砲火を止めない。これだけ攻撃のリソースを割いたのだから、必ず撃破してみせると、そんな心理を突いたのである。結果総統軍は、最初とは真逆の陣形、くの字に曲がった反乱軍が総統軍を包み込む形が完成する。だがそれでも、総統軍の戦力は反乱軍の二倍以上。この陣形を完成させてようやく五分と言った所である。そんな中……。



「大変ですホームズ様! 敵の本陣が離れており、彼らを包囲する事ができません! それ所か、彼らは本陣から兵を出し、騎馬隊の側面を突くつもりのようです!」



 ここに怖れていた事が現実のものとなる。敵の大将ハルトは、セネトの策を読んでいたのだろう。だからあえて他部隊と距離を取っていたのだ。



「構いません、作戦を続行してください」



 ホームズの隣にいたセネトが勝手に応える。そしてその内容も、一見すると愚かとしかいいようのないものである。



「し、しかし……!」


「構わん、セネトの言う通りにせよ」


「……はい」



 先ほどのやり取りでセネトの覚悟を感じ取ったホームズは、あくまでセネトを信じ抜くつもりらしい。この状況だというのに、二人は異様なほど落ち着いていた。



「どんな感じだセネト?」


「……はい、どうやら間に合ってくれたようです」



 それは、二人が反乱軍の勝利を確信した瞬間であった。



 使い魔の見下ろす敵の本陣、その背後に迫る謎の一団。……いや、謎でも何でもない。戦いが始まる前、このあたりが戦場になると踏んだセネトが、周辺の町や村に対して事前に援軍を要請していたのである。とはいえこの広大なベルデ平原において、迷わず戦場に駆け付ける事は難しい。だからセネトは狼煙を焚いたのだ。ここが戦場であると、彼らに知らしめるために。


 結果彼らは狼煙を頼りに兵を動かし、敵陣の背後を突く事になった。そしてその中心にいたのは、以前不介入の約束を交わしたヴィラル伯爵であった。



 総統軍本陣の戦力はおよそ四千。しかし先ほど戦力を分割し、反乱軍の騎馬隊にあたらせたところである。今の本陣には千人程度しか残っていない上に、完全に背後を突かれた形になる。こうなってしまうともはや総統軍に勝ち目はなかった。


 ヴィラル率いる義勇兵はあっという間に敵本陣を粉砕すると、続け様に反乱軍と連携して敵陣の背後を取ったのである。これによって総統軍は、正面左右背後と全方位を敵に囲まれる形となる。


 実際の所、一度の戦いで死者数が一割を超える事は殆どない。誰だって死にたくはないから攻撃よりも守りを優先するし、本当に危なくなれば命令など無視して逃げるのである。


 だがここに例外がある。今のように全方位を敵に囲まれてしまった場合、どこにも逃げる事が出来なくなる。ましてや全方位に強い陣形などあるはずはなく、おしくらまんじゅうの様にただ圧迫され打ち取られていくしかなくなるのだ。包囲殲滅と呼ばれるこの形は二割生き残ればいい方という、仕掛けた側にとっては理想、仕掛けられた側にとっては最悪の形だった。


 その後の戦いは正に一方的。寡兵であるはずの反乱軍が多勢である総統軍を取り囲み、殲滅していくだけの消化試合。この状況にあってもセネトは一切包囲を緩める事なく執拗に叩き続けた。その徹底した戦い振りとこの作戦を主導していたという事実、そして普段の彼とのギャップから、反乱軍の多くのメンバーに尊敬され、同時に恐怖される事となったのである。

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