第66話

 セネトたちは当初、ユベルの谷を支配下に置く事で帝国との初戦に備え勝利した。だから今度はその支配領域を旧王都のあたりにまで拡大させ、中部ハーノインの南方一帯を支配下に治める作戦に出たのである。


 だがそれには一つだけ問題があった。ユベルの谷から旧アジト周辺は纏めて総統府の直轄地であり、だからこそ町や村単位でレジスタンスに組する事が出来たのだが、旧アジトから北に三日も歩けばそこはもう地方領主の治める地である。


 帝国の方針として圧政を敷いてはいても、地方領主がそれに従うかどうかはまた別の問題。特にその地を治めるヴィラル伯爵は商人上がりの人物で、黒い噂はあるものの比較的穏やかな支配を行っていた。その地の領主と領民にとって帝国の圧政は対岸の火事であり、危険を冒してまでレジスタンスに協力するとは到底思えなかった。



「とにかく話をしてみましょう。協力は得られなくても彼のスタンスを知っておく事は重要だと思います。知っておかなければ帝国との戦いで彼らが敵に回る可能性もあります」



 セネトの意見は採用され、交渉役のセリカ、分析役のセネト、雑用と伝令のアイシャの三人でヴィラル伯爵の城へ赴く事になった。先述の通り伯爵の領地は安定しており、多勢で押しかけて悪目立ちするよりも、少数で行動した方が却って安全だと思われた。そんな訳で三人は、領内でヴィラル伯爵の情報を集めながら彼の城を目指して歩いた。



「さて、明日にはもう伯爵の城に辿り着く訳だけど……、領内で集めた情報から、セリカは伯爵にどんな印象を持った?」



 不意に、セネトがそんな質問を投げかける。



「長いモノには巻かれろの典型みたいな印象かな。最小限の戦力しか持たない事で領民の負担を減らそうとしているようにも思えるけど、領民から女の子を買って手篭めにしてるとも言うし……」



 同じ女だからなのか、セリカは表情を曇らせ不快感を顕にする。



「う~ん……、重要なのはその実態であって、分かっている範囲では別に非難されるようなことは何もしていないと思うんだけどな」


「えっ、どういう事?」


「ガルミキュラだと経済力のある人が多数の異性を囲うのは当たり前の事だろう? 貧しかった時代はそうして助け合って生きてきた。もちろん実際に調べてみない事には実態は掴めないけど、領民から女の子を買っているからと言って、それ自体が非難されるようなことではないと思うんだ」


「そうなの……?」


「まだ分からないけどね。でも仮にそうだった場合、僕らは少し困った事になる。僕らレジスタンスは伯爵を力で排除する事が出来なくなってしまうんだ」


「善政を敷いてるヴィラル伯爵を力づくで排除したら、私たちは独立の大義名分を失ってしまう?」


「そう言う事。だから伯爵のスタンスはかなり重要なんだ。それこそレジスタンスの今後の作戦に影響するほどにね」


「……うん」



 そしてそれは、これから始まる伯爵との交渉が何よりも重要だという事を意味している。セリカは無意識に、自信の二の腕を掴んでいた。



「ところでアイシャ?」


「……はい?」


「どうして君は今もメイド服なんだ?」



 二人がアイシャと出会った時、アイシャは酒場で給仕として働いていた。――実際に働いているところを見た訳ではないが――酒場でメンバーの勧誘を行っていたのだから別おかしな点はなく、そのときは納得した。しかし今はどうだろう。ハン川の戦いでの勝利によって、レジスタンスの活躍は今やハーノイン全土に知られる事となった。名前が売れた事でわざわざ勧誘せずとも向こうから進んで戦いたいと集ってくるようになったのだ。


 そんな訳でアイシャは勧誘の任を解かれ、本拠地ロンメルで雑用として働く事になったのだが……、



「分かってないのね、メイド服はあたしの正装なの。仕事内容が変わったからと言って気軽に脱ぎ捨てる事なんてできないの」


(給仕をしていたからメイド服を着ていた訳じゃないのか……?)



 しかしよくよく思い返してみると、確かにアイシャはそんな事一言も言っていない。



(やっぱりあの子は少し苦手だ……)



 セネトは一人そう思った。

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