第56話
「また失敗かぁ、何やってるんだろ私たち……」
山道を下りながら、セリカが愚痴をこぼす。
「情報流出を避けるためにアニス教徒が直接栽培してると思ってたんだけどね。僕の見通しが甘かったみたいだ」
失敗と認めつつ前向きに分析するセネト。
「いい加減戦わせろ兄! 退屈すぎて死んでしまいそうだ」
徹頭徹尾こんな事しか言わないレン。
「さて二人とも、こうして僕たちはめでたく任務に失敗した訳だが、ここで一つ問題が生じている」
「一つで済むの?」
「……とりあえず今はそういう事にしておく。そろそろ事前に持たされた旅費が底をつきそうなんだ。一度国にお金を貰いに行きたい」
セネトたち三人は貧困というものを経験した事がないが、建国後数年は割と厳しい状態だったという。連合での法改正に加え、ベルガナからの移民と旧ハーノインからの難民。彼らが地元住民と交わることで子供が大勢生まれた。しかし急激に増えた人口に食糧生産が追い付かず、それらが改善されるまでの数年間、多くの国民は貧困に喘ぐ事になったのだ。たった十年の間に国の人口が一・七倍になったというのだから、当時のガルミキュラ王国がどんな状況であったかは推して知るべしだろう。
そして驚くべきは、そんな状況にも関わらずガルミキュラ国王は生まれてきた子を絶対に見捨てないという方針をとった。結果多くの国民が貧困に苦しんだが、実際に餓死した者はほとんどおらず、食糧事情が改善する頃には却って王への忠誠と帰属意識が高まっていたという不思議な現象が起こった。
そのような経緯もあって、たとえ王族であってもお金にはうるさいのだ。むしろ王族だからこそ余計にうるさかったとも言える。
「あんまり節約とか考えてなかったもんね。……怒られるかな?」
「父さんはともかく母さん達は怒るだろうね」
「やっぱりそう思う?」
とはいえ使ってしまったものは仕方がない。覚悟を決めて正直に言うしかないだろう。三人は次の進路を国境の町バテンザへと向けた。だが……、
「お前たちの入国は認められない」
「…………え?」
バテンザにあるユベルの長城唯一の通用口。そこは多数のガルミキュラ兵によって固く守られ、厳重な審査を通った者と、元からガルミキュラ国民である者だけが通る事を許されている。連合時代に生まれてガルミキュラ時代に育った三人は当然後者に当たる。だというのに、三人の身分を記した証書を見た兵士は、にべもなく却下したのである。
「待って下さい! 私たちは仕事で帝国に行っていただけで、証書も問題ないはずです! ちゃんと調べて下さい!」
「そちらの事情など知らん。ガルミキュラ王のお達しだ、諦めろ」
「そんな……」
セネトたちが国を出たのは国王の命令なのだ。だというのに国に戻る許可が下りない、それも国王の命令とは一体どうした事か。
「分かったら去れ、我らとていつまでもお前らの相手をしている程暇ではないのだ」
厄介払いでもするように手で追い払うと、兵士は持ち場へ戻って行ってしまう。
「き、きっと何かの間違いだよ。使い魔を飛ばして確認するから、結果が出るまでゆっくりしていよう」
「う……うん……」
立場上は愛人の子とはいえ、三人は王族なのだ。また国王に正妻がいない現状では、唯一の血族と言っていい。故に何かの手違いであると考えるのも自然な流れだったのだが……。
戻ってきた使い魔の足に括り付けられていた手紙。その内容はセリカとセネトにとって驚くべきものだった。
曰く、近い内に帝国が戦争を仕掛けてくるから、セネトたち三人はこのまま帝国領内に留まり、内部からの切り崩しをはかれというのである。王族だった三人が突然、実質的な国外追放となったのだ。困惑しない訳がなかった。だがその中にあって一人、他とは違う反応をする者がいた。
「ふむ、流石は父上、きっとわての考えている事が分かるのだな」
三人兄妹が長女、レンであった。
「お、お姉ちゃん? 何言って……」
「わてもずっと同じことを考えていた。やはりこんな任務は性に合わん。父上の許可も出た事だし、二人には悪いがこれから別行動をとらせてもらう」
「別行動!? 何で??」
「兄のやり方も理解はできる、だがわてには少々鈍重すぎるのでな。わてはわてのやり方でやってみようと思う」
「そんな、それじゃあ私も……」
「お前は来るな、セリ」
「え……っ?」
レンとセリカ。幼い頃からいつも一緒で、誕生日もひと月ほどしか違わない。また母親同士が親友という事もあってか、二人はとても仲が良かった。性格が正反対だった事もあり、上手い具合に長所と短所を補い合っていたという事も大きかった。
故に一人で行こうとしたレンに付いていこうとしたのも自然な流れであった。それをレンが拒絶した事を除けば。
「これからわてはわてなりの考えで反乱を起こしてみるつもりだ。当然嫌ってほど危険な目にも遭うだろう。だからお前は来るな、セリ。お前は臆病だからな、これからわてがする事にきっと付いていけないだろう」
同行を拒んだのは決してセリカが弱いからではない。これからレンがする事は、恐怖を楽しめるような者でなければとても付いていけないと、レンはそう考えたのだ。
「……レン」
引き止めた所で止まるような性格ではない事は、セネトも理解していた。それでも、声をかけずにはいられなかった。
「またなセリ、そして兄。なに、すぐに会える」
昔からレンは強かった。剣聖の血を引く事もあり、剣の腕も超一流だが、剣がなくても何の問題もないほど強かったのだ。あまりに強くて教え甲斐がないと、剣の師でもあるイハサが愚痴っていたほどだ。
そんなレンにとって、責任感が強くて心配症なセネトの方針は少々退屈だったに違いない。故に一人で行動する事を選んだ。セネトもセリカも弱い訳ではないが、レンが規格外過ぎたのである。
こんな別れなど大したことではないとばかりに手を振り去っていくレンを、二人は静かに見送るのであった。
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