第41話

「新ナダル候エナン様、初にお目にかかります。敵が迫っているようです。貴殿には危険な役目を押し付けてしまう事、お詫び申し上げます」


「イハサ殿か、貴女の武勇は聞き及んでいる、気にするな。危険と言っても守っているだけでいいのなら、ある意味これほど楽な事もない」


「そう言って頂けると助かります」


「イハサ殿もディルク殿と共に陣の両端という重要な役目を担ったと聞く。健闘を祈る」


「はい、エナン様もご健闘を」



 グリント街道に展開する連合軍一万二千。ハーノイン西部と中部を繋ぐ道はこことユベルの谷しか存在せず、ユベルの谷の長城が完成してしまえば往来可能な場所は実質グリント街道のみとなる。それがゼアルの計画であり、ドイル、ホームズもそれが分かっていたから無理をしてでも兵を出した。


 連合軍二万のうち、谷側には八千、街道側には一万二千が常駐し、ミッドランドの攻撃に備え、街道側は前連合盟主グノンの息子エナンが大将を務めた。



「初陣で大変な役目を負ってしまったな、イハサ殿」


「ディルクさん……いえ、初陣なのはエナン様も同じ。初陣で寡兵を相手にできるのは幸運です」


「いい返事だ。イハサ殿、君はこの三年間、屈強な男たちを相手取り実力と人望で手懐けてきた。私はイハサ殿に戦のイロハを教えたが、戦場で本当に信じられるのは部下たちと築いた信頼関係なのだろう」


「……ディルクさん」


「では、我らもそろそろ配置につくとしよう。ご武運を」


「はい、ディルクさんもご武運を」



 イハサの担当は横に広がった連合軍の最右翼。対するディルクは真反対の最左翼である。大将の次に重要なポジションとなるため、ゼアルの意向によりレシエの将である二人が受け持つ事になった。


 この場にゼアルがいない事が少しだけ不安材料ではあったが、イハサはこれまでゼアルやディルクから戦場での挙動を学んできた。いつまでもゼアルに頼っている訳にはいかない。


 イハサはぴしゃりと自分の両頬を叩くと、自分の持ち場へと移動するのだった。




 グリント街道北側、ミッドランド軍ダーナ陣営。連合軍から一キロ以上離れた場所で、彼らは密集陣形を組んで連合側の様子を窺っていた。



「予想はしていましたが……、実際に目の当たりにすると足が竦みますな、ホームズ様」


「ふん、無駄に横に広がって数を多く見せているだけ。古典的な手だ」


「なるほど、では敵の陣形は薄いと?」


「そうだ、何より我らの目的は敵の撃破ではなくユベルの谷で行われているという工事の妨害だ。あいつらにかかずらっている暇はない。故に我らがとる作戦は、密集陣形による一点突破のみ。無駄に陣形を広げて薄くしたことを後悔させてやろう」


「はっ」



 ダーナ軍の方針は決まった。将軍と呼ばれた男が進撃を指示すると、角笛の音に合わせてダーナ軍五千が行進を開始する。程無くして連合軍一万二千とダーナ軍五千は交戦状態に入った。横に広がった連合軍に対して、ダーナ軍は密集陣形で中央突破を図る形である。


 最初に総司令エナン率いるナダル軍と、ダーナ軍の先駆けが接触。ナダル軍は守りを固め、上手く攻撃をいなしつつも、じわじわと後退を余儀なくされていく。連合軍の右翼、左翼もそれに引きずられる形で後退していき、一直線だった陣形は次第にくの字に曲がっていく。



「いけるぞ将軍、やはり連合などただの烏合の衆、数が多いだけの弱兵の集まりだ」



 攻勢に気をよくしたホームズが、得意気に笑みを浮かべる。しかし、



「……本当にそうなのでしょうか?」


「何が不満なんだ、見ての通り敵の陣形は伸び切っていて、突破するのも時間の問題。もはや勝ったも同然ではないか」


「それについては同感です。しかし私の見立てでは、とうに突破しているはずなのです。……思えば敵の本隊は、開戦当初から守ってばかりで攻撃の意思に欠けているように感じました」


「……何だ、何が言いたい?」



 ホームズがそう詰め寄った時である。



「た、大変ですホームズ様! 敵の右翼と左翼が移動を始めました。推定される目的地はここ、我らの陣です!」


「何だと……!?」



 それは鶴翼の陣と呼ばれる陣形。中央の部隊で敵の隊を抑えつつ、両翼で挟み撃ちにするというもの。ただし、両翼が閉じる前に中央を突破されるリスクもある。



「ホームズ様、この戦いは我らの敗北です。すぐに撤退のご用意を!」


「ばかな! もう少しで敵の中央を突破できる。そうなれば……!」


「その前に我らが崩れます! 今撤退すれば被害は最小限に抑えられるでしょうが、包囲が完成してしまえばそれすら難しくなります。後は一方的に殲滅される他ないでしょう」


「くっ……!」



 そう、三方向を敵に囲まれてしまえば、もはや北から逃げる他ない。だがそんな状況で一体どれだけの兵が逃げられるのかというと、甚だ疑問である。



「やむを得ん……全軍に撤退の指示を出せ! ここから先は一人でも多く生還する事を最優先にしろ!」


「「はっ!!」」



 それからのダーナ軍の行動は早かった。先に大将であるホームズが離脱し、残った兵を殿にしてその指揮をアラン将軍が執った。結局イハサとディルクの部隊はほとんど敵と矛を交える事なくグリント街道の戦いは終わりと迎えたのだった。



「イハサ様、敵が引いていきます。追撃を仕掛けますか?」


「その必要はない。わしらの目的はこの場を守る事。首級を上げる事ではない。それに……」


「それに……?」


「……いや、何でもない」



 今回の戦いにゾンビ兵はいなかった。対策はしていたとはいえ、もしいたらこんなものでは済まなかっただろう。場合によってはイハサとその部下だけで対処する事も考慮していた。だから今はこれでいい。そう考えた。




 その後、ダーナ城を発った伝令は、程無くしてミッドランド王都グランダラスへ到着。連合の行動はミッドランド中に知れ渡った。そしてゼアルが予想した通り、ミッドランド人の多くがそれに激怒した。


 ミッドランドが勝ち取るはずだった領土の一部を、連合が横から掠め取った、という事実もそうだが、何よりハーノインとの戦争で失った物が多すぎたのだ。資金、物資、アルヴヘイム、そして戦死あるいはゾンビ兵にされた多くの兵達……。それだけの犠牲を払って勝ち取るはずだった領土の一部を、大した代価も払っていない連合が奪っていったのだ。怒らない訳がなかった。


 だが、未だハーノインは王都シトラスにて抵抗を続けており、連合に対して有効な手を打つ事が出来ない。その事実がまた、連合に対する悪感情を増大させるのだった。

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