第50話 不朽不滅


「は、ははは、何だ、弱い、弱すぎるぞ!こんなものか人族どもぉぉ!!」


 静止した空間の中でアカーシャの笑い声が響いた。


「最後だ!《虚空塔よ!無量無尽の加速の彼方!不可不不可説転の速度に地を貫けぇぇぇ!》」


 虚空塔は更に凄まじい量の魔力を纏って輝く。




「『──だが、その瞬間は過ぎ去った!なんと愚かな事だろう!』」


 しかし、その声が聞こえると同時に。


「……なん……だと……?」


 多重に展開された領域は全て砕け散り、虚空塔の動き、輝きは止まった。


「……領域が……消えた……?」


 アカーシャは何が起きているのか理解できなかった。


「『何かあったような、空騒ぎ、全ては永遠の"絶無"へ引きさらう!』」


 無音の空に響く声、詠唱。


「……ククク、クハハハ!所詮アカーシャなど大した事ないわ!虚空塔はフーカ・フェリドゥーン様が頂いたぁぁ!」


 宙に開いた暗闇から、赤紫の魔力光の粒子を纏い、フーカは躍り出る。


「ネーデル君の言う通り、やはりフーカ君が事件の黒幕か!?」


 教師たちは、ついに真の黒幕が躍り出たのかと早とちりする。


「違うな!間違っているぞ!先生方!我はメシアなり!クハハハハッ!」


 フーカは、大袈裟な身振り手振りで外套を翻し、見栄を切る。



◆◆◆◆◆◆◆◆



「どうして、虚空塔が命令を聞かない!なぜだ!」


 狼狽え、取り乱すアカーシャ。


「アカーシャの本当の目的を知った私は、事態を収束させる一計を案じたのさ!」


「何……だと……!?」


「模範的な反応ありがとう!先ず、監視目的と偽って、自分の魔力……記憶、意識を分割した魔物を虚空塔全域に放った」


「二つ目、それを"意図的に"忘れて、本来の目的を生徒達の誘導だと、君と私に錯覚させる事。魔術を使えば私は代償で忘れるし、アカーシャは私を洗脳する時に、記憶を盗み見てるから、信じ込む」


「気がついていたのですか、私が貴女を洗脳していた事に……!」


「そりゃね。私、やたら好意的だったじゃん?君の姿が変わってから。その時、何したかって言ったら、私の頭に触手さしてたじゃん」


 自分の頭を指差すフーカ。


《それに我輩もいるからな》


 アカーシャを睨むイヴ。


「そんで、虚空塔の内部に散った"私達"で、直接虚空塔を掌握したのさ」


「そんな物!私が作った鎧の眷属が倒して回っていた筈!」


「そう!そのお通り!アカーシャが放った、私の偽物のお陰でもっと楽になったの!」


「な、にを、貴様と対消滅した筈じゃ……!」


「ところが、ぎっちょん!落っことした左腕が残ってたのさぁ!」


 左腕に手甲を出現させ、掲げるフーカ。


「元々"私達"は、"わざと倒されて"、虚空塔の魔力に浸透するつもりだった、なんて言うのかな、人の神経に直接寄生して、脳から信号が送られても動かなくするような感じ」


「な……そんな事……まるで……!」


 原理は、アカーシャが人族から学んだ洗脳術と同じだった。


「まあ、難しいよ?でも、私には」


《我輩という最高の魔術師が付いておる》


「それに、偽物が持ってた虚空塔を操作する能力も回収できたから、なんて事はなかったよ」


「なら、何故お前は!」


「聖女ちゃんに預けておいたからだよ、予備の魔力=記憶ね。まあ……もう二度とこんな無茶したくないけどね、死ぬようなもんだし」


《……何回死ぬのだろうな》


「……魔力だけで復活なんて……そんな本当に魔族のような……」


「ともあれ!もう私のものだからね!んでもって!《虚空塔よ!全ての魔力を返還せよ!》」


 色とりどりの光が、虚空塔から町中へ帰っていく、それはまるで花火のように空を、街を照らす。


「集めた光がっ……魔族復活の為の光がっ……!」


「クハハハハッ!残念だったねアカーシャ!」


「何が面白い!何を笑う!何をしたのか分かっているのか!これでもう二度と……!」


「言ったよね!《全ての魔力を返還せよ》って!」


「……何を……」


「つまりぃぃぃこういう事だぁぁぁぁ!!」


 魔導具の板に乗り、落ちてきた白衣の魔族。


「そんな……うそ……なんで……」


 アカーシャは言葉を紡げなかった。


「俺様、参上!!久し振りだなぁぁ一号ぅぅ!!フハハハハハ!」


「ぬ、主様……!主様なのですか?」


「如何にも!俺様は俺様であるぞぉぉ!」


「ぬしさまぁぁぁ!!」


 白衣の魔族へ縋り付き、泣きじゃくるアカーシャ。


「虚空塔が大昔に吸った魔力は、塔で散ってたからサルベージしたのさ!街にいた連中は全員再生させてやったわ!恐れおののくが良い!この魔人、フーカ・フェリドゥーン様を!」



◆◆◆◆◆◆◆◆



「……フ、フーカさん、よく分からないのですが、その……?」


 クリンが恐る恐る尋ねる。


「ふふん、もう大丈夫だよ、私の作戦で全部一件落着だから!」


「いえ……その、虚空塔がまた落下し始めてますけど……」


「えっ?そんな馬鹿な、私の制御下にあるはず……あっやばっ」


「ど、どうしたのですか……?」


「魔力全部返したから、制御する為の私の意識も帰ってきてる……!」


「えっと……つまり?」


「制御できない!」


「どうにかならないのですか!」


「浮遊する為の分も返しちゃったから、アカーシャでも止められないし……」


「なんて事を……これでは街が……!」


「ど、どうしよ……って良いところに、"私の魔力"があるじゃん!《開け!闇の門!》」


 機竜の残骸へ転移したフーカが、紫に光る貯蔵晶へ手をかざす。


「これだけあればいけるよね?イヴ!」


《……少々少ないが、まあ、あの塔をどうにかするには足りるだろう》


「よっしゃ!じゃあ!いくよ!」


「《起き上がれ--イヴァルアァァァス!!》」



◆◆◆◆◆◆◆◆



 塔が輝き、人々は魔力を取り戻した。


 倒れ伏した者達も病床から起き上がり、皆、生きている喜びを噛み締めた。


 街の住人は起こった奇跡に感謝した。


 だが、そんなぬか喜びも束の間。


「な、何という事だ……!」


「やはり審判は降るというのか!」


 塔は再び落下を始めたのだ。


 人々は、もう何度目かわからない絶望感を覚えた。


 希望だった機竜は砕け沈黙し、禍々しい塔が、天蓋が街に迫る。


 もはや祈るしか無かった、神でも何でも良い、助けてくれるのならば悪魔だろうが構わない。


 そんな人々の願いを聞き入れたのは、願い通りに、やはり神でも何でもないものだった。


《ォォォォオオオオオ!!》


 轟く音、それは目覚めの咆哮。


「……あ、あれは……!」


 悪竜は境界を押し開き、現れる。


 その威風堂々たる姿こそ、三頭六眼の黒竜、悪竜王イヴァルアス。悪名高き伝説の存在。


 空を染める漆黒の翼を広げ、悠然と舞い降りる古の魔王。


 世界の終末に復活し、この世を焼き尽くすと言われる終焉の獣。


 機竜を遥かに凌駕する黒色の巨竜は、虚空塔を、その六つの眼で睥睨すると、その顎門を大きく開き、再び咆哮した。


《ォォォォオオオオ!》


 魔導国の人々がお伽話でのみ知る怪物が現実になって、唸りを上げる。

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