第46話 機竜エルマイス


「腐れ天族めぇぇぇぇ!」


 空をかける極光の砲撃、それは天より迫り来る虚空塔へ向け放たれ、魔人と目されるアカーシャを飲み込んだ。


 それと同じくして、砲台は爆発し市街を土煙で覆う。


 例え、目に焼き付いた光が消えても、土煙で事の成否は計りようがない。


「やったか!?」


 だが、気の早い誰かが、そう口にする。してしまう。


「魔導王国の乾坤一擲、あれを食らってはひとたまりもないだろう」


 そうして、一人一人と結果も見ずに安堵の声を上げる。


--それがもたらした結果さえ知らずに。


「くっ、ふ、ふはっ、フハハハハっ!残念だったなぁ!人族ども!何とか"吸いきって"やったぞ!」


 土煙の先では、満身創痍のアカーシャと、激しい光を纏った虚空塔が、依然聳え立っていた。


「一先ずは目障りな砲を消し飛ばす!《虚空塔よ!地を焼き払え!》」


 紫の極光が放たれ、激しい衝撃が地上を襲い、土煙を晴らす。


「そ、そんな……馬鹿な事が……」


「無意味だったのか……」


 それを認めた誰もが諦め、天を仰いだ、魔導王国の希望は、とうに潰えたのだと。


 為すすべもなく、我々は潰されるのだと。


 轟音が響き、揺れる大地に伏す人々。


「さて、速やかに滅ぼすと--」


 だが、アカーシャは驚きに目を見開いた。


 倒れる彼らとは対照的に、立ち上がる巨影。


「またも阻むか、竜族……!」


 鋼鉄の翼を持つ竜が、極光をその身に受け止め、アカーシャの前に立ちふさがったからだ。

 


◆◆◆◆◆◆◆◆



 光る泡に包まれ、宙を漂う教師と生徒達。


「あー死ぬかと思うたわ、皆の者無事か?」


 言葉の割に、けろっとしているガリカ。


「クリン先生のお陰で何とか……」


 その場の全員を保護したのは、砲台の爆発寸前に発動したクリンの魔術だった。


「よし、もう1発撃つのじゃ!」


「姫さま……私の魔力が限界です」


「そんなもの気合いで何とかするのじゃ!」


「……御意」


 不承不承のクリン。


「うむ!……なんじゃこれ」


 宙を漕いで操作盤の前へ戻るガリカ。


 座席のあった場所には、船のような舵輪。


「……それは……舵輪……」


 張り巡らされた配管を辿って、降りてきたレニー。


「見ればわかるが、何故ここにあるのじゃ?」


「……みんな驚くと思う」


 レニーが操作盤に触れると、壁が開き、周囲を包む土煙、遥か下の市街、そして砲台の新しい姿を明らかにした。


「これは……!」


「決戦兵器……魔導機竜」


 基地と砲台が変形したそれは、鋼の竜。


 その身体は金属の光沢を持ち、街を全て見下ろすほどに巨大であった。


「何でこんなもの作らせたんで……?」


 メルセンは呆然と聞く。


「お爺様方は言っていました……巨大兵器は……浪漫--っ前方……虚空塔より……砲撃」


 土煙を払い、視界を染める紫の光。


「な、何とかせい!」


「吸収装甲……起動…….」


 激しい震動が襲う。


「大丈夫なのか姫さま!」


「じゃなかったら、それまでじゃ!席につけい!」


「御意!」


 訳も分からず席に着く教師と生徒達。


「みんな……魔力だけ送っておいて……私が操作する……」


「頼みます、お爺さん達じゃないと此処の勝手が……」


 魔力欠乏症に陥った用務員達を思うクリン。


「任せて……ちょうだい」


 レニーは静かにそれだけ言うと、手足の全てを機械に差し込み、馬に乗るような態勢になった。


「……僕は何をすれば良いんだ……?」


 椅子に拘束されたままだった青年は尋ねる。


「君も……操縦」


 青年の手錠は、カチャカチャと鳴りながら変形し、操縦桿へ変わる。


「誰が考えたんだこんな機能……」


 しかしそれは、レニーの臀部に接続されていた。


「お爺様達……!」


 目を輝かせるレニー。


「……そうかー」


 技術者の考えはわからない、と思考を放棄した。


「決戦戦艦……機竜エルマイス……抜錨!」


 鋼の巨竜は面を上げ、鋼翼を広げる。



◆◆◆◆◆◆◆◆



「まだ立つか、鋼の竜よ!」


 虚空塔が放つ光の奔流が、幾度も機竜を打つ。


「《魔人……これ以上……壊させない、絶対に引かない》」


 声を拡大する魔導具で、レニーは操舵席から言う。


「クククっ!よく見てみろ!お前が動く度に街は崩れ、地に爪痕を残す!果たしてどちらが破壊者か!」


 機竜が押されれば、その巨体故に道路のような轍が残り、羽ばたけば家屋が吹き飛ぶ。


 その巨体は何かを守る、というには、あまりにも大き過ぎた。


「レニー、気にするでない!父上からいくらでも搾り取ってやろう!」


 操舵席の中央で宣言するガリカ。


「避難もとっくに完了してます!問題ありません!」


 クリンは魔力を注ぎながら伝える。


「《避難も建物も問題なし……つまり……いくら暴れても……よい!》」


 機竜は飛び、アカーシャへ向け突撃する。


「退かないか、だが何度やろうと!《虚空の盾よ!》」


 体当たりは透明な壁に阻まれるように、ほんの紙一重で止められる。


「《なら……何度でも……叩く!》」


「……捕まってて」


 振り返ったレニーが、席に座る彼らに言う。


「どうす--」


 言葉の意味を理解する間もなく、操縦席の天地は逆転した。


 機竜は空中で前転し、長大な尾を叩きつけた。風圧だけで真下の建造物は軒並み薙ぎ倒されていく。


「め、目が回るのじゃ!」


「無事か、姫さま!」


 吹き飛ぶガリカを受け止めるメルセン。


「貧弱貧弱っ!鉄の塊ごときが!至高の守りを突破できるものか!」


 しかし、その一撃も壁に阻まれ、彼女にそよ風一つ吹かない。


「レニーさん!このままじゃ街が壊れるだけだ!」


 青年が叫ぶ。


「もっと動くから……覚悟して……!」


 透明な壁を蹴り、さらに飛翔する機竜。


「《高く……もっと高く……!》」


 天蓋のような異形の街へ飛び。


「っは!アルヴァントに同じ壁が無いとでも!」


「《あろうが……無かろうが!》」


 異形の街を守る防壁を踏み、地へ向かって跳ね、隕石のように急降下する。


「《鉄の塊でも……希望を背負った黄金の意思……!》」


 さらに翼は炎を吐き出し、機竜を加速させる。


「意思があるからなんだという!《虚空塔よ!紫玉の盾を!》」


 アカーシャが手をかざすと、透き通った薄紫の障壁が、幾重にも重なり展開される。


「《同じ鉄の塊でも……黄金の鉄の塊!》」


 機竜の頭部は変形し、槍のように変わる。


「魔族の作りし、最強の"魔導具"を!」


「《魔導具……なら……砕けない…そして…砕く》」


 行手を阻む障壁へ突き刺さる機竜。


「勢いをつけようが!虚空塔の守りは砕けん!」


「……君、あの赤い光の魔術、詠唱して」


「了解!《突き進め!赤光!》」


 操縦桿を伝って赤い光がレニーへ流れ、増幅されて機竜全体を覆う。


「総員!動力全開じゃあ!きばるのじゃあ!」


「《私は……絶対に砕く!》」


 ガリカの号令で、さらに勢いを増す翼の炎。


「《--それが"魔導具砕き"》」


 そして、機竜は障壁を突き破る。


「な、なん」


 幾重の障壁を次々に破り、突き抜ける機竜。


「《それが……機竜エルマイス!》」


「人族が破るなどぉぉぉ!!」


 機竜の切っ先はアカーシャを捉えた。

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