第43話 異界の駅


 必死に走る少年少女。通路の床は全て、進行方向とは逆に動いていた。

 

「く!なんで床が動くのでありますか!」


「気にしたら負けです!」


 その上、無機質な異界の駅は、どこまでも入り組んでいた。


「な、なんなんだここは!いつになったら出口に!」


「魔人が作ったものですから!《光の刃よ!》」


 エステルが詠唱を短縮して魔術を放つと、虫のようなうめき声が響き、床に流されたのか、その声は遠くなっていった。


「敵がいたんですか!?」


「私達の真後ろにずっと!あれに見られてると、他の化け物が釣られてきます!ですが、見たら絶対ダメですからね!」


「りょ、了解であります!」


 逆行する通路を抜けると、開けてはいるが、薄暗い場所に出る。


「誰かー、誰かいないのー?」


 暗闇で見えない道の先から、助けを求める声。


「この声は!遭難者か!行くぞ!」


 フュリアスはそれに反応して駆け出す。


「フュリアス君!ダメです!」


 それを止め、近くの柱の裏へ引き込むエステル。


「何を」


「しっ静かに……音を立てないで」


 エステルは人差し指を立て、小声でそう言ったきり、押し黙った。


「ッ--!」


 察したフュリアスは息を殺す。


「なんでありま」


 能天気に小声で尋ねるアローニアの口を塞ぐフュリアスを見て、残りの二人は即応した。


「誰かー、誰かいないのー?」


 壊れたラジオのように、同じ事を繰り返し言い続ける何か。


「誰かー、誰かいないのー?」


 それはゆっくりと近づいて来ていた。


「誰かー、誰かいないのー?」


「誰かー、誰かいないのー?」


 暗闇の中、声が通り過ぎていった。


「……」


 アローニアの口を塞いでいた手が離れる。


「なんだ、何てこ」


「みつけた」


 背後からの声。


「なッ--」


 振り向いたアローニアの周囲には"それ"以外には何もいなかった。



◆◆◆◆◆◆◆◆



「アローニア……!?どう言うことだ……」


 突然姿を消したアローニアに動揺する一行。


「ここには、見てはいけない、見つかってはならない、見なければならない、この三種類のルールを持った化け物がいます。彼らのルールに抵触すると、その化け物と共に、"何処か"へ」


「……行く先は?」


 立ち上がるフュリアス。


「……化物毎に違います」


「エステル様、あとどれくらい耐えられますか?」


「……正直な話あまり」


「そうですか……仕方あるまい」


「フュリアス様?」



◆◆◆◆◆◆◆◆



「アハハハハ!」


 タール状の体液を撒き散らしながら、蜥蜴のような巨体は迫る。


「《木霊よ!我が矢に宿て、鋭く穿て!》」


 強化された弓は"それ"を穿つ。


「何をするの?」


 しかし、何の痛痒も感じていない様子のそれは、少女のような声で話す。


「これは……手詰まりでありますな」


 アローニアの手札はもうあまりなかった。


「もう終わり?終わりぃぃ?」


 ヘドロにまみれた蜥蜴から、嘲笑うような声と、アローニアへ振り下ろされる腕。


「だからと言って!」


 その合間をすり抜け、弓を射って足掻く。


「アハハハハ!」


 弓は巨体をすり抜けた。


「千日手……なら救援が来るまで、時間稼ぎであります」


 弓を構えたアローニア。


「アハ!アハハハハ!」


 ひたすら甲高い笑い声を発する化物。


「どうせ通じないなら……練習台になってもらうであります!《木精よ!小枝の矢を放て!》」


 数多の魔術矢は、薄暗い空間の床や壁に突き刺さる。無論、化物をすり抜けて。


「魔力によるものもダメでありますな。次!《--芽ぶけ!》」


 魔術矢は根を張り、薄暗い空間に低木が繁茂する。


 それらは魔力光の波を放ち、暗闇の中で、敵の姿を浮かび上がらせる……筈だった。


「これは……」


 魔力光の波は、何も存在していないかのように、ただ反響するだけだった。


「見えない敵の次は、見えてしまってる敵でありますか……」


 以前の魔力光が消えるような暗闇ではなく、全くの無反応。目の前にいる"それ"は、物理的にも魔術的にも存在していない……という事になる。


「むぅ、わからないでありますな……よし」


 背負った荷物から魔導具を取り出そうとするアローニア。


「出てこないでありま……あっ」


 荷物が一つ溢れ落ちる。それは少し前に手に入れた手甲だった。


「アハハハハ!」


 手甲は化物に当たって転がる。


「しまったでありま……ん?」


 その手甲は、すり抜けなかったのだ。


「これはっ!」


 飛び込んで手甲を装着するアローニア。


「取り敢えず叩いてみるであります!」


 踏み込んでまっすぐに打ち込む。


「……ッ!?」


 予想外の一撃を受けたのか、よろめくそれ。


「当たった……!でもこれだけじゃ……せめて弓が当たれば……ん?」


《弓……》


 何処からか頭に響く声と共に、手甲の外側は変形し、弩となった。


「これは……!?」


《放て……》


「よくわからないでありますが!《木霊よ!我が矢に宿て敵を穿て!》」


 弩に現れた矢は、緑色の魔力を纏って化物を穿つ。


「ァァァアアアア!!」


 それは断末魔の叫びに消えた。



◆◆◆◆◆◆◆◆



「どんなもんであります!これなら怖いものなしで」


 彼女の視界が突然切り替わる。


「ぐおっ!」


「へ?」


 アローニアは誰かの上にのしかかっていた。


「アローニア!無事だったの!?」


 周りには彼女の仲間と聖女候補。


「ただいま帰投したであります!」


 自信満々の彼女の下で。


「すまんアローニア、無事だったのは良いが、退いてくれないか」


 潰されていたフュリアスは苦しそうにそう言った。


「あっ!大変失礼したであります!そうだ!聞いて欲しいであります!この手甲!凄いのでありますよ!」


 対して失礼とも思っていないように、矢継ぎ早に語るアローニア。


「……それがどうしたんだ?」

 

 微妙な顔のフュリアスが聞き返す。


「弩に変形して、喋ったのでありますよ!」


「どう見ても、普通の手甲に見える気がしますな」


 レパルスは訝しむ。


「へ?何を言って……?」


 アローニアが身につけた、左手の手甲は元の無骨な形へ戻っていた。声も聞こえない。


「今度はちゃんと、話を聞いてくださいよ?」


 嗜めるエステル。


「……了解でありますぅ」


 アローニアは釈然としなかったが、無事だったので、それで良しとした。

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