第31話 その猛勢の中にあいかけよ


「さあーどこからでもー」


 巨大な目玉に座ったまま動かないアリシア。構えた剣の周囲は陽炎のように揺らめいている、赤熱したそれに触れでもしたらひとたまりもないだろう。


 心器だっけ、確か。

こういう時に解説役のイヴがいないと何が起きてるのかさっぱりわからない。


「そっちから来てくれないとー、困るなー」


《戦う理由ないですから!》


「うーん、やかんちゃん、どーしたらいー?」


「《何度言ったらわかる!私はやかんではない!ハイグリという名があると何度言えば!》」


 バタバタ蠢いて抗議する目玉。


……触手ちゃん、じゃなくてやかん、だったか。

完全に忘れてた。


 にしても、完全に乗っ取ってるとかじゃなくて、イヴみたいに感覚を共有してるだけ……?


《騙されないでアリシアさん!そいつは魔族です!》


「別に騙されてるわけじゃあ、ないんだなー、フーカちゃんとネーデル君の命令だから仕方ないんだよー」


「えっ、そんな」


 名前を聞いて硬直したミケは、錆びた短剣を取り落した。


 そんなに動揺する要因あった?

……ネーデルかな、あのマッドな寮長だったら、か弱いミケにパワハラ的なことしてそうだし。


「さっき聞こえたし、多分いるんだろうけど、ミケ君、それとそこの鎧の君ぃー。悪いよーにはしないからさー、大人しく倒されてくれないかなぁー?」


 洗脳されてる様子はないし、彼女に何か命令した覚えは無い、ネーデルが個人的に頼んでるだけなら説得の余地はある……あるはず。


《アリシアさん、ネーデル寮長はもう……》


 どうなったか知らないけど。


「……もしかして帰ったのー?」


 そうだ、それで行こう、どうせいくえ不明なんだから。


《そうです!彼は帰りました、お遊びは終わりです!》


「んー、そっか。じゃー」


……やったか?


「好き勝手に出来るねー!」


 満面の笑み。狂気すら感じないでもない。


……しまった!やっぱりこの寮の人間はそういう奴らばっかりなのか!


「《砕けよ第9の戒め、霜の鎖よ!》」


 アリシアの持つ剣に巻かれた鎖の一つが砕け、剣の炎の色が更に明るく変わった。



◆◇◆◆◇◆◇◆



「よーし!やかんちゃん!頼むよー!」


「ふしゅるるる《くっ!魔族復興の為だ!》」


 触手で跳ねながら接近してくる目玉の化け物。


 何故か真っ直ぐ向かって来ず、ステップするように左右に跳ねている。


《すぐに来ないなら離れるのなんてっ!うわっ!》


 余裕だと思って踏み出した途端、着地した床が回転し転ばされた。


「デュラハンさん!」


 駆けつけたミケにはその床は反応しない。


「ふしゅるるる!《はははっ!迷宮の仕掛けに引っかかる程度で……ん?ぐわぁぁっ!》」


「わぁぁ!」


 接近しようとしていた目玉は、着地した床が爆発して吹っ飛ばれた。


……はい?


「ふしゅるるる《くっ!だから動きたくないと言ったのだ!》」


「いやー、剣出してたら私動けないしさー」


……え、なに、この人達も迷宮の仕掛けに引っかかるの?


《誰が考えたのさ、こんなの》


 バラエティ番組じゃないんだゾ。


「僕には反応しないみたいですから!」


 相手が倒れたのを見て、瞬時に判断したミケが斬りかかる。


「ふしゅる!《そこか!》」


 しかしミケの一撃を察知した目玉が触手で受け止めた。


「んー?ミケ君かな?ダメだぞー?」


 恐らく私たちにできる唯一の有効打はミケの不意打ち……ぐらい。


でも、見えてはいないらしいけど、それも反応されてるし、対話も不可能。


「くっ!」


 ミケは離脱しながら短剣を投擲するが、目玉に目立った効果は見えない。


 床が回転したり無理やり動かされるだけならまだしも、爆発されるとなぁ….…私のパーツがバラバラになったらそれで詰みだし。


「ほら、頑張ってー、やかんちゃーん」


「ふしゅるるる《くっ、触れる事で発動するなら!ここかっ--む?》」


 大量の触手で一気に床に触れた目玉。


《ちょ、まっ!ミケ!こっちに!》


「はい!」


 急いでミケを鎧の中へしまうと殆ど同じタイミングで、部屋中の罠が同時に発動しそこら中で爆発が起きた。


《くっ--》


「ふしゅるるる!《ぐおおぉぉ!!》


 漂う爆煙が晴れた頃、そこにいたのは勝手にボロボロになった触手の束。


「ふしゅるるる《この痛み!だがこれで!床を踏んでも--ぐわぁぁ!》


 真っ直ぐに床を踏んだ目玉は再び爆発した床に吹き飛ばされた。


「やかんちゃんのおバカー!」


「僕達が何もしなくても、自滅しそうですね……」


《……危なくて私達も動けないんだけどね……いやそうでもないかな》


 さっきの触手が触れて爆発した床全てを暗記できてればもはやクリア同然だけど……まだ方法はある。


《私にいい考えがあるっ!》


「……?」


 何か物足りないのは何故だろうか。

勢いかな?そうだきっとそうだ。


 別にイヴがいなくて寂しさなんて感じてないんだからね。


《こうなったら最後の手段だ!アレをやるぞミケ!》


「え、アレってな、なんですか?」


《馬鹿野郎!アレっていったら決まってるだろ!合体だ!》



◆◇◆◆◇◆◇◆



《ふははは!これが憑依合体ミケwithデュラハンだ!》


「デュラハンさんの手甲片方付けて、兜被っただけじゃないですか……」


《……これで良いの!》


 胴体と脚部は《闇の門》に収納した。


 洗ってもらった時に気が付いたけど、私の意識は主に兜にある。


 そして、ミケなら可能な限り装備しても、迷宮の仕掛けも反応しない……筈!


「ふしゅるるる《頭と腕だけになるとは……面妖な!》」


「……あれ?中に誰もいないのー?」


《中の人などいない!》


 さっきまではね、というか目玉に言われたくない。


《あっちも合体してるし、これで五分!》


「え……そうなんですか?」


「ふしゅるるる《ふん、仮に数値で例えるなら貴様らが100とすれば我々はその12倍は優にある!》」


「そーなのー?やかんちゃん?」


「ふしゅるるる《亜人族が張り切ったところで、高が知れているというものだ、貴様の心器もあることだしな!》」


「へー、この剣そんなに強いんだー」


 鎖の巻かれた剣をまじまじと眺めるアリシア


……自分の魔術の事を把握してない?

もしかして最近使えるようになった?


《ミケ!作戦通りに!》


「はいっ!」


 声を合図に駆け出すミケ、踏み込んだ床の罠は予想通り起動しない。


「ふしゅるるる《浮遊か!》」


 触手を伸ばしてこちらを阻もうとしてくる、でもミケの身のこなしなら、当たる事なんてない。


「もー、頑張ってよねー、近づかないと何もできないじゃんかー」


 これまでの様子から見るに、アリシアは何かしらの制約で自分からは動けないらしい。


「ふしゅるるる《例え、接近を許そうとも、アリシアの心器の餌食になるだけだ!》」


《それはどうかな!》


 アリシア達の真上へ跳んだミケ。


《私の腕をミケが装着して、100万パワー+100万パワーで200万パワー!! いつもの2倍のジャンプが加わり、200万×2の400万パワー!! そして、いつもの3倍の回転を加えれば、400万×3の アリシアさん!貴女をうわまわる1200万パワーだーっ!!》


「きたきたー、《滅尽せよ!王の炎よ!》」


 アリシアの剣が爆炎を纏って振られる。

鎧の私ですら感じる凄まじい熱量が迫る。


--でもその切っ先は私達には届かない。


「《風精よ!吹き付ける風を此処に!》」


 ミケが自分自身に風の魔術をぶつけて、アリシア達を飛び越えたから。


「ふしゅ!?《なに!?》」


《猛勢の中にあいかけるのだッ!》


「えー?相手してくれないのー?」


 アリシア達を素通りし、大広間の先へと、恐らく次の階層へ続く階段へと走り、出口に飛び込む。


《あいにく私達には手に負えないので!》


 三十六計逃げるに如かず、後ろに退けないなら"前に後退するしかない"。


そして、ミケが逃げる事に熱中してる今このタイミング!


《ミケ!壁側に!》


「は、はい!」


《……閉じよ!》


 迷宮を変形させて背後の入り口をいくつもの壁で塞いでいく。

ミケが見てない時しか使えないけど、頑丈さなら、一級品のはず--。


「ズルはダメだよー?」


 前に飛んでいく瓦礫、熱風、間延びした声。


「え、そん」


《振り向くんじゃあない!走るんだミケェェェ!》



◆◇◆◆◇◆◇◆



「わ、わぁぁぁ!!」


 背後がチリチリと灼かれているような錯覚。いや多分錯覚じゃない。


 どうやったか知らないけど、追跡してきてる。しかも壁も破壊されてるらしい。


 振り向けないからどうなってるか分からないけど、いや振り向きたくない。


「ふしゅるるる!《この痛みぃぃ!この恨みぃぃ!魔族の苦しみぃぃ!》」


 怖いわ!なんかめちゃくちゃ怒ってるし!


「デュラハンさん!どうしたら!」


 私が使える魔術なんて……いや、よく考えるんだ、イヴに"使えないって言われてるだけ"なんだ!


 確かに前は記憶なくなったけど……やるしかない、思い出せ、火を防ぐ魔術を…….何か、何か……!


「さあー、《砕けよ!第8の戒め、鍛鉄の鎖よ!》」


 視界に入る赤と白。

火を防ぐ何か……そうだ、そういえば私、前に一度……?


……知りうる限りで最も強い存在はまだもう一人いた、私の全力をこともなげに防いだ"英雄"が。


 できるかどうかわからないけど!詠唱は確か!


《『我らを守り給え!完全たる水よ!』》


 魔力と大事な何かがゴッソリと抜け落ちていくような感覚、そして私達を包む熱気は消える。


「こ、これって」


 私達の周囲に螺旋状に渦巻く水の結界がアリシアの炎を触れる端から消し去っていく。


「うわー、こりゃすごいなー」


《……ミケ……アリシアさん達に向けて手を》


「は、はい」


《『我が手に渦巻き--突き穿て!』》


 激流が私の手甲をはめたミケの手に収束し、その渦巻く螺旋は意志を持つようにアリシア達へ殺到する。


「《滅尽せよ!王の炎よ!》」


「いっけぇぇぇぇ!」


 奔流と豪炎の衝突は水蒸気爆発を引き起こし、互いを弾き飛ばす。


「ふしゅるるる!《亜人風情がぁぁぁぁ!!》」


「やーらーれーたー」


 階下へ消えていくアリシア達。


「ぁぁああああ!!」


 反対に上階へ吹き飛ぶ私達。


《……閉じろぉぉぉぉ!》


 隔壁のように壁を作り変え、彼女達が登ってこれないように塞いで行く、ゴリゴリ魔力が削られていくがそんなことはどうだっていい。


今、この瞬間無事に上に行く事が重要なんだから。


《開け!闇の門!》


 鎧の胴体を取り出してミケを押し込む。


《歯ぁ食いしばれミケェェェ!》


 自由落下に似た上昇は、体感時間にしてほんの一瞬で終わり、私達は壁へ叩きつけられる。


「ぅぅぅ!!」


《くっ……ん?あまり痛くないな?大丈夫ミケ?》


 無駄に大きい胴体から脱出すると、ミケは何とか無事だったようだ。


「し、死ぬかと思いましたっ!」


《ま、まあ生きてるから良かった……じゃん……》


「だからって……もう少し……あれ?……デュラ……ど……」


 視界が揺らぐ、体が地面に吸い込まれるような錯覚、鎧の体は確かに此処にあるのに、それが離れていくような、それは眠気に少し似ていて。


《……ちょっとだけ眠らせて》


 そして暗転する。

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