私、黒幕じゃありません!〜異世界転生したら最強すぎてラスボスになりつつある件〜

銀杏鹿

私は、何も、悪くない


 欠けた月の仄かな光を、街の石畳が青白く返す静寂の夜に、奇妙な声が響く。


「クククッ、クハハッ、クハハハハ!」


 遥か高い尖塔。地上から見れば、三日月を背に朧げな光を纏う不気味なその頂上から、声は響いていた。


「なんか違うな……グハハハッ!……こうかな……ガハハ……ニョホホ……」


 ウェーブのかかった長い茶髪の艶が、薄明かりの月夜に揺らめく。


 少女は、塔の一室で姿見の前に立ち、整った顔を高笑いに歪めては、自らの動作を確認していた。


《……何が面白い?》


 影から這い出た小さな黒竜が、訝しむように目を細めて尋ねると、少女はハッとしたように振り向き、居住まいを正した。


「なんだイヴか……。私、思ったの。何をしても勘違いされるなら、この際、皆が思うような悪者になってやろうかって!」


《……悪の首領であった我輩が言うのもなんだが、誤解を解く努力をしないのは、嘘をついているのと変わらんぞ?》


 呆れたイヴが少女に苦言を呈する。


「う……今更何をすればいいのさ……」


《自分で分からんなら、聞いてみれば良い》


「役に立つかな……みんなー、出て来てー」


 そう少女が呟くと、静かだった空間が突然、騒がしくなり始めた。



◆◆◆◆◆◆◆◆



「侵攻ですね!お姉様!」


 虚空に現れた石扉を勢いよく開き、紫髪の童女が少女の胸に飛び込んでくる。


「……フーカちゃんが望むなら」


 陽炎のように空間が揺らぎ、何もない場所から現れた黒服の剣士は、少女の前に跪く。


《我らが主よ!此度は夜戦でしょうか!》


 どこからか大量に駆けつけるのは、ネズミやトカゲ、加えてタール状の液体を纏った犬のような化け物、有象無象の魔獣達。


「メイドの私達が遅れを取るとは……!」


 武器を携え、軽鎧で武装したメイド達が窓や天井から現れる。


「ォオオォオオオオオ!!」


 床が割れ、業火が吹き出し、燃え盛る巨人の腕が這い出る。


「フーカ・フェリドゥーンが配下、ここに集結致しました!」


 寝室に整列した彼らは堂々と宣言する。


「いや、夜戦でも侵攻でもないから!床も直してよね!ほら解散解散!」


「カチコミではないのでしょうか……?」


 キョトンとしたメイドその他異形達。


「今日は相談なの!」


「なるほど……戦闘員は撤収!」


 メイドの号令で、集まった異形や魔獣達は即座に帰って行く。


「そこのメラメラしてるのも帰りなさい」


「……ォォ」


「帰りなさい」


 腕は、すごすごと穴の中へ戻っていった。穴はそのままに。


 そして残ったのは、紫髪の童女と黒服の剣士、武装したメイドだった。


「……それで、相談というのは?」


「ちょっと、これ見て」


 フーカがメイドへ渡したのは『エルマイス魔術学園危険人物リスト:改訂版』という表紙の冊子だった。


「これは、新入生向けに生徒の有志が作ってるらしいの」


「なるほど……?」


 意図を測りかねているメイドが、冊子を開くと、それは最初のページに、見開きで記載されていた。


“エルマイス魔術学園で安全に暮らす為に最も避けるべき人物のリスト"


“00:フーカ・フェリドゥーン”


“かつての大英雄フェリドゥーンの子孫”


“活動時間:日中〜深夜”


“危険度:測定不能”


“彼女は視線だけで、人を廃人にできる。絶対に目を合わせてはいけない。また、目を見ると叫び声を上げて、死ぬまで追いかけてくるぞ!”


“教師達なら君を守ってくれるだろうか、いや、そんな事はない。教室に座った彼女を見て、心臓発作を起こした教師もいる。泣いて謝り出席を遠慮してもらった教師さえいるのだ!怖いな!”


“もし出会ってしまっても、戦ってはいけない。彼女はグッとガッツポーズしただけで、敵を始末できる。一体何の魔術を使っているのか分からないが、彼女が何かすれば君の命はない!すぐに逃げよう!”


“巨大な組織を率いていると目され、王国で起きる犯罪の150%が彼女の配下によるものであると言われている。100%は現在判明している犯罪で、残り50%は余罪だ!彼女が犯罪をしているのではない、犯罪が人の形をしているのだ!”


「春と秋に配ってるみたいだけど、学校が始まって2ヶ月と経たないうちに改訂版が出たの。理由はその見開き。全くもって不愉快!」


「……なるほど」


 メイドの横から、冊子を覗き込んでいた童女と剣士も、納得したように頷く。


「これは由々しき事態です!お姉様の名誉に関わります!」


「僕のフーカちゃんを、こんな風に書くなんて!」


「我々にお任せください!」


「そ、そうじゃなくて!私はどうしたら良いか聞きたくて!」


 殺気立つ彼女達を、慌てて諌めるフーカ。


「筆者を抹殺しましょう、お姉様」


「暗殺しよう、フーカちゃん」


「関係者を粛清して吊るしましょう」


 物騒な意見しか出てこない配下達。


「……なるべく私の印象をどうにかする方針で」


「……となると……」


 メイドが冊子の別のページを開いてフーカに見せる。


“魔導王国の夜を脅かす死霊使い”


“09:クリズウェル・シルヴァー”


“活動時間:深夜”


“危険度:深刻”


「先ずは、この者を討伐してはいかが?活動時間も丁度今頃ですし」


「……結局物騒じゃない?」


「こういった不届き者を倒せば、フーカ様の評判も改善されるかと、記されている他の者共の仕業もフーカ様の--」


「やってやろうじゃん!行くよイヴ!」


《……フン》


 話を最後まで聞かず、フーカはイヴに捕まり、窓の外へ飛び去った。



◆◆◆◆◆◆◆◆



 魔導王国の深夜、静まり帰った墓地に気の狂ったような笑い声が響く。


「クキキッ、ついに!完成したぞ!クキックキキッ!」


 暗闇で笑う銀髪の少女--クリズウェルは歓喜に震えていた。


 かつて一国を滅ぼすと恐れられた、大魔術師の彼女は、年若き少女に化け、魔術学園に潜入し、禁忌とされた死霊魔術の書庫を漁り続け、ついに研究の目的を達したのだ。


「最強の死霊兵士……そして、完全なる不死の実現……!クキ、クキキッ、魔族なんぞ目では無い、後はこの薬液を飲めば、この国など容易に!」


 野望が達成されるその時。


「ヒャッハー!悪い子はいねぇかぁぁ!!」


 空から降ってきた少女--フーカによって妨害された。

 

「ぐぁっ」


「あっ、ごめん!大丈夫!?」


 クリズウェルはフーカの下敷きになり、不死の薬液が詰まった瓶は転がった。


「い、一体何が……貴様は……!」


「大丈夫そうだね!というか、こんな時間に何してるの?ここ危ない奴いるから帰らないと……おっ、あの瓶は!」


 フーカは、転がっていた瓶を拾い上げると栓を抜いた。


「エルマイスビール……隠れて飲んでたってわけかぁ、私らが飲むと怒られるからねぇ、世の中は世知辛い」


 瓶のラベルを見たフーカは、それを一気に飲み込もうとする。


 少女に化けたはいいが、住む場所すらなく、小瓶すら買えなかったクリズウェルが、苦肉の策で拾い集めた瓶が、たまたまビール瓶だったのだ。


 無論、そんな事をフーカが知るはずもなく。


「あぁぁぁ!!なんて事を!」


「む……ん?うぇぇ、ぺっぺっ!何これ!まっず!ダメだよこれ」


 あまりに不味かったのか、残りは地面にドボドボと捨ててしまった。


「おぉぉぉ!!私の悲願がぁぁぁ!!なんて事をしてくれたんだ!」


「大事な奴だった?よし!悪者を倒したら後で、もっと良いものあげるからさ!」


「よくも!よくもぉぉ!!」


 クリズウェルが杖を振ると、フーカの背後に、黒い影が立ち上がる。


「ヴォォォ!ユルサヌ!ユルサヌゾォォ!」


 様々な生物の骸骨が組み合わさったような、巨大な異形の兵士。それはクリズウェルが作った死霊兵だった。


「なるほど!お前がクリズウェルだな!」


 だが、クリズウェルの容貌を事前に確認していなかったフーカは、それを標的だと間違える。


「くっくっくっ!お前は私の名声の礎となりなさい!《闇よ!……えっと……切り裂け!》」


 雑な詠唱だった。普通なら魔術にすらならないような。


「そいつは魔術が殆ど効かないようになっているのだ!そんなふざけた詠唱なら尚更……え?」


 しかし、死霊兵は無残にも爆発四散した。


「さ、最強の死霊兵がっ!」


「よし撃破!帰るかー」


「ま、待て貴様!タダで帰れると思うなよ!」


「酒は悪かったってー、今度何か奢るってー」


 そして、杖を構えたクリズウェルが、目に魔力を込め、暗い視界を見透そうとした瞬間。


 視界は悍ましい風景で満たされた。


 目の前にいるフーカの輪郭から、苦悶に歪んだ夥しい怨霊の群れが渦を巻き、聞こえない筈の悲鳴が聞こえ、それがクリズウェルの身体中に纏わりつき、地の底へ引きずり込もうと手を伸ばす。


「な、なん--」


 死霊魔術に長けたクリズウェルですら、震え、恐怖するほどの景色。


 地獄と煉獄を一緒くたに混ぜ込んだような叫喚、そして常軌を逸した情報量、彼女は思う。


--私の死霊魔術の頂点は、この小娘の足元にも及んでいなかったのだ、と。


「ぅっ--」


 その理解と同時に、彼女は白目をむいて気絶した。


「ね、ねぇ!大丈夫!?ちょっと!やっぱ打ちどころ悪かったんだ……!早く運ばないと!」


 フーカは慌てて、クリズウェルを運んでいった。


◆◆◆◆◆◆◆◆



 一週間後。


「な、なにこれ……!」


 フーカの手元に届いた書類には、彼女にとって信じ難い文章が踊っていた。


“フーカ・フェリドゥーン、またも暗躍か?”


 この一週間、墓地に留まっている筈の死霊や悪霊が、街や学園へ溢れているとの事。ただ、死霊や悪霊達のした事と言えば、精々悪戯程度らしい。


「なんで私の所為なのさ……!クリズウェルも倒したのに……!」


 死霊を集め、操っていたクリズウェルがその活動をやめ、溢れた死霊達が好き勝手に動き回っているようだ。


 クリズウェル本人への取材によれば、


“私程度で死霊使いなどと名乗るには相応しくない、やはり上には上がいるのだ”


 また、それが誰かと尋ねられると、


“フーカ様以外にはいますまい、これから私は彼女の傘下へ下ります”


 と、完全に責任を転嫁していた。


「な、なんじゃそりゃぁぁ!!」


 フーカの叫びが、塔の寝室に木霊すると、部屋は突然、騒がしくなり始めた。


「如何なさいましたか!?」


 メイド達が天井から現れる。


「どうかしましたかお姉様!」


 ベッドの下から、這い出てきた紫髪の童女が、フーカの胸に飛び込んでくる。


「大丈夫?フーカちゃん」


 いつの間に背後に居た、黒服の剣士はフーカの肩に手をかける。


《戦ですか!争いですか!》


 有象無象の魔獣達が隙間という隙間からやってくる。


「ォオオォオオオオオ!!」


 壁が割れ、業火が吹き出し、燃え盛る巨人がその隙間から、無理やり顔を出す。


「クキキッ!お呼びとあらば!」


 コウモリ達が集結して、銀髪の少女へと変貌する。


「フーカ・フェリドゥーンが配下、ここに集結致しました!」


 寝室に整列した彼らは堂々と宣言する。


「……なんか増えてない?まあ良いや、ねえ、倒したら印象改善するって言ってたよね!」


「え、ええ。改善されたと思いますが……?」


 首をかしげるメイド。


「どこが!?」


「へ?フーカ様は、件の冊子が著しく不満でいらしたのですよね?」


「うん、そうだよ!好き勝手書いてくれちゃってさ!」


「ですから、著しく"過少に"評価されているので、他に目立っている者を臣従させれば、正当な評価に近づくかと」


「……え」


「皆の者もそう思いますよね?」


 集まった全員は何度も頷いていた。


「しかし、ここまで手が早いとは、流石はフーカ様!我らが魔人、エルマイス魔導王国の黒幕!」


「いや!違うから!私、黒幕じゃないから!全然違うからぁ!」


《クハハッ!諦めろ、それがお前の運命だ》


 黒竜はフーカの肩の上で笑った。


 こうして、クリズウェルの野望を未然に食い止めつつ、"配下"の望み通り、フーカの悪名は増し、自称配下は勝手に増えるのであった。

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