第8話 二人の方が強いに決まってるじゃん!

 魔獣に乗り、モモは駆ける。


「《氷霊よ、凍結させよ!》」


 モモが放った魔術は、土塊をいとも容易く凍らせ、その活動を止める。


 これが人であればその命脈を絶っているところだろう。だが相手はただの塊、モモは躊躇しない。


 彼女が通った後に残るのは凍りついた大地。

動くモノは何一つ無く、さながら時が止まったが如く。


 破竹の勢いで立ちはだかる軍勢を薙ぎ倒していく。


「まだまだ!《氷霊の雪風よ!渦巻け--!》」


 吹雪が竜巻となり、土塊を巻き上げ、凍りついた土塊達は衝突し砕け散り、吹雪の中で鋭利な刃と化す。


「《そして雪風よ--駆けよ!!》」


 前方に向けられた猛烈な吹雪は、土塊の軍勢を縦に割った。


「は、ははっ!これで上級生? ただ魔術建築と弱い土塊兵で?」


 こんなものならば、直ぐにでも挑んでおけば、家格など気にせず、優位に立てただろうに、そうモモは考えていた。


「全然大したことない!行くよ!ルル!」


《オォォォォォォォォ》


 魔獣は咆哮し、更に速度を上げ、疾駆する。

縦に割れた軍勢の間を真っ直ぐに。


「モモ!あまり一人で先行するな!」


 フーカが警告するが、その声は吹雪に飲み込まれ届く事は無い。


《今何を言っても聞かんだろうな》


 イヴァルアスはこの後に何が起きるか見えていた。だが、彼はそれを口にする程お節介でもなく、また仮に言ったとしても時すでに遅し。

--何故なら、モモは既に術中にはまっていたのだから。


 モモが軍勢の中ほどまで進んだ時、それは起こった。


「《--土精よ、地を砕け》」


 ネーデルは簡潔に詠唱した。

致命的な一手にしては短い詠唱だった。


「なっ!」


 足元が崩れ、ルルの足が取られる。

モモは転げ落ち、地面に投げ出される。


「《囲め》《打て》《押し潰せ》《矢を放て》《突き刺せ》《突撃しろ》」


 態勢を立て直す隙を与えないネーデルは次々に土塊兵に指令を命じる。

足を止めたモモに、土の槍が投擲され、矢の雨が降る。


「《氷壁をここに!》」


 モモは降り注ぐそれらを氷の壁でなんとか防ぐ。しかし、完全に囲まれる形になった。


「囲んだくらいで!ルル!」


 しかしルルは来ない。

ルルの方を見ると、魔術で土と岩に足が拘束され、身動きが取れなくなっていた。


「そんなっ、あんなに遠くからどうやって……!?」


 土塊兵に魔術は使えない。

故に、ルルを拘束している魔術は、ネーデルが遥か遠くから放ったという事だ。


 地面を広範囲に崩した魔術ならば不自然ではなかった。

だが、彼から見て点のように見えているであろう自分達に、直接魔術を当てるなど尋常ではない。


「少し"力"の使い方がわかった程度で、僕に勝てるわけないだろ。《土塊よ、起きよ》」


 ネーデルはモモが動揺する光景を見ながら呆れたように一人言った。


 そしてモモが破壊した筈の土塊兵達は残骸から次々に再生していく。瞬く間に土塊兵達は元の数に戻った。


「土精級程度?全く逆だよ。低い階位の魔術だから、消耗も気にしなくて済むんだよ…」


 砦の頂天でネーデルは欠伸をする。


 モモへの攻撃は止まず、槍や矢を止めるだけで精一杯になり始めた。

迫り来る土塊兵達は倒しても倒しても復活し、キリがない。


「ううぅ、何で!こんな弱い魔術に!何でこんな!」


 このままでは負ける。

モモの脳裏にはそんな言葉が浮かんでいた。

本気で戦っても、勝てないのだろうか。

こんなにも思い通りに行かないものなのだろうか。


 撃ち漏らした土塊兵が肉薄し、とうとうモモへたどり着く。だがモモがそれに対応するより早く、別の影がそれを防ぐ。


「同じ展開ですまないなぁ!除湿ゥゥゥ!」


《わざわざ火中に飛び込むとはな…お節介な奴だ…》


 後方で見ていた筈のフーカが土塊兵の上を飛んで駆けつけ、ただの生活魔術を放つ。

単なる生活魔術。

だが、周りの土塊兵達は砂となって散る。


 モモからすると、彼女こそ魔術の無効化も使える筈なのに、生活魔術なんかで巫山戯ているようにしか思えなかった。


 だからこそ自分一人で倒したかったのだ。

フーカが本気を出せば、地下のように巨大な竜を使って砦など吹き飛ばしてしまえるのだから。


「何で来たんですか!私一人で充分っ…私だって!私だって強いのに…」


「それで怪我してたらざまあない!」


「それは……その」


「いいかねモモ君!」


「……はい?」


仁王立ちしてフーカは宣言した。


「戦いってのは数よ!数。相手は一人、私達は二人。だったら二人で戦った方が強いに決まってるじゃん!」


「え、数ってその」


 モモは周囲にいる凄まじい数の土塊兵達がいるんじゃないのかと突っ込みたかった。


「1+1の答えは一つじゃあない!さあ!力を貸してモモ!」


「は、はい」



◆◆◆◆◆◆◆◆



「一体どこから…?」


 フーカはモモと土塊兵から逃げつつ、イヴの視界と共有した視覚で、戦場を見ていた。


「モモ!魔術って普通見えないところから狙える?」


「……?無理ですね、いくら凄い人でも見ないで当てるなんて聞いた事ないです」


 モモはフーカが何を言っているのか一瞬分からなかったが、おそらくフーカは見えなくても狙えるものなのだと思った。


「そっか、じゃあやっぱりあってるか」


 フーカは予想が正しかったと確信した。

ネーデルは何かしらの方法で此方のことを見ているのだと。


「こっちを狙う時には絶対に見てる筈」


《及第点と言ったところだな、だが次はどうする?》


「んー、モモ、できる限り大きい氷塊を作るにはどのくらい時間かかる?」


「そんな集中する余裕ないですよ!こうも的確に当ててくるんですから!」


「そっか、じゃあ先ずはモグラ叩きだね、モモ!ちょっと派手に暴れて!」


「……了解しました!」


 囮かもしれない、モモはそう思いつつも従い、土塊兵達の中へ突入していく。


「《氷霊よ、吹雪をここに!》」


吹雪を纏い、ルルは疾駆していく。


「イヴ!上に飛んで!」


《見逃すな。全てを魔力で捉えろ!》


 イヴの目と深く同調し、フーカの視界は歪み、見える物の形を失う。映るのは境界のない色の点在。


《魔力光は目だけで見るのではない!全身で受け止めるのだ!》


「よくわかんないっての!」


 しかし言葉とは反対に、フーカは容量を掴んだ。

ぼやけた色が形を伴って細かくなっていく。


《それでいい!》


「見えた!」


 黄土色の魔力光が、土塊兵の輪郭を形作っていた。

はるか遠くまで続く、魔力光の糸のような繋がりが見えた。


 その繋がりの中に一際輝きが強いモノがいくつか。


「モモ!ちょっと来て!」


「えっちょっと!わぁぁぁ!」


 降下したフーカはモモを掴み、そのまま上空へ。


「今から教える奴を全部倒して!」


「無茶言いますね!そんな細かく魔術撃てませんよ!」


「大丈夫!手を貸して!」


 フーカはモモの手を取って、杖の先に標準を合わせるように構える。


「一つ目!撃って!」


「は、はい!《氷霊よ氷塊を放て!》」


 重力に加速された氷塊はフーカの狙い通りに土塊兵の頭部を貫く。


「す、すごい!当たった!」


「当たり前!ーーだって私は主人公だもの!」


 子供のように、フーカは無邪気に笑った。


 ただ、モモにはフーカのその顔がまるで別人のように見えた。


「次!二体目!」


「はい!」


 次々に命中させていくフーカとモモ。

瞬く間にネーデルの目の全ては封じられた。


「さて、後は」


 目を潰せば先程のようにピンポイントで魔術を当ててくる事は出来ない。

しかし、上空から攻めても、矢の幕に襲われる。


 必然的に正面から挑まざるを得ない。

彼女達の目の前には巨大な防壁。

これを打ち破らなければ、ネーデルの元へたどり着く事は不可能だ。


 今のフーカには地下の時のような手札はない。

だが代わりに頼れる相方がいる。


「モモ!さっき言ったできる限り大きいやつ!!」


「あんまり大きくても飛ばせないですよ!」


「落とすだけでいい!この空間全部の水を掻き集めて凍らせて!」


「さっきから無茶ばっかり!《氷霊よ!ここに氷塊を!》」


 土塊兵の真上にいくつもの氷の塊が形成されていく。


「《水気よ集え、全て束ねよ、我が魔力を尽くし、限りなく大きく、今ここに力を示せ!》」


視界を埋め尽くすほどの氷塊が合わさり--


「《顕現せよ!氷河よ!》」


--ここに一つの氷山となる。


 宙に浮いたそれは形を成すと思い出したように、重力に従い落下を始めた。


「できるじゃん!」


「……これで限界、ですね。部分だけですし」


 そう言うモモの手の中で黒い杖は砕け散る。


「杖が…」


「いいんです、それよりも、上からの攻撃の対策くらい……」


「気にしなくていい。大きくて重い物があればそれだけで」


「それってどういう……?」


「できなかったら負けだから気にしなくていいよ《開け!闇の門!》」


 フーカは氷山の真下にそれより大きな闇の門を作る。


「……?落とす訳じゃないのですか?」


「見てればわかるよ」


「《開け、闇の門》」


 残り3回しか使えない魔術を惜しげもなく連続で使うフーカ。さらに氷山の真上にも闇の門を開く。


 氷山の上下に開かれた闇の門、その間を氷山は落下していく。

下の闇の門に入った氷山は上から現れ、再び落下を繰り返す。


「ただ落ち続けるだけじゃないですか、こんなの意味ないですよ?」


「落ち続けるから意味があるんだよ、多分ある程度まで加速したら速度は変わらなくなるけど……まあ、全部吹き飛ばせるでしょ」


「はい?」


 ゆっくりと加速していく氷山、やがて彼女達には残像しか見えなくなっていく。


 遥か先から見たネーデルは困惑していた。

上空に逃げたと思えば、無駄に大きな氷壁を張ったようにしか見えない。


 落とす訳でもなく浮かべているように。


「何をしている……?」


 視覚用の土塊兵を失ったネーデルは直接魔力視をしていたが、魔力光を見てもそれほど脅威には見えなかったのだ。


「まあいいか、《土塊の矢よ!撃ち落とーー》」


 ネーデルが詠唱終えるよりか少し早く、フーカは詠唱をした。


「《閉じよ! そして開け!闇の門! 》」


 次の瞬間、凄まじい衝撃がネーデルの砦を襲った。


 横向きに開かれた闇の門から限界まで加速された氷山が射出されたのだ。


 人が殆ど反応できない速度で放たれた氷山は、土塊兵を蹴散らし、フーカ達の前に立ち塞がっていた何層もの防壁を貫き、砦の中心まで届くと、その莫大なエネルギーの衝突によって、全ては跡形もなく爆ぜた。


 遅れて爆音が響き、広大な空間を激しく振動させる。


「……やりすぎたかも」


 モモに振り返ったフーカは苦笑いした。

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