第12話 太陽と月

セレナがこのお屋敷に来てから、5年の日々が過ぎていった。



カインやセレナが暮らすシュバイツア家は、今までは”眠れる伯爵様”として異名を囁かれるほど、長年社交界に顔を出さない貴族として有名だった。

だが、ここ最近、現当主であるサミュエルが郊外にある工場を切り盛りし、その次期当主となっているカインの精力的な働きぶりにより、ここシュバイツア家の財政は傾きかかけたのが立て直しされる。

産業革命時代は、富を増やす者、遊びまわり、財政を困窮に陥る者、運命が二者に別れる時代だった。

シュバイツア家は、富を増やした成功者として、ここ数年で成功者として地位を確実に高めており、最近では屋敷に遊びに来てはお金の相談に来る貴族、成功者として伯爵家の地位にあやかろうとする者の来訪者が絶えず、比例して来客が増えていく。

だが、今日は殊更ことさらにシュバイツア家の庭には貴族が多く来客していた。庭には、ドレス、コート、シルクハットの帽子を被った貴族が大勢いるのだった。

食事を楽しむ者、お喋りを楽しむ者、疲れたのか演奏家たちが奏でる演奏を静かに聞いているご老体もいた。

そんな貴族達の中でも、ひと際女性たちに囲まれ、話しかけられている青年がいた。

「こうしてお会いできて嬉しいですわ、カイン様。素敵なパーティーにご招待してくださり、ありがとうございます」

「こんにちは。今日は我が家にようこそ」

「あのカイン様、今度、わたくしの家でもパーティーを予定しておりますの。ぜひとも来て頂きたいのですが」

女性たちに囲まれていたのはカイン。ここの次期当主だった。

「申し訳ありません。あいにく、ここ一か月は予定がつまっておりますので。出席できればと思うのですが・・」

「まあ、そんなにお忙しくしてらして、体調は大丈夫ですか?」

「ええ。大丈夫ですよ」

カインは普段どうりに答えていた。

だが、太陽の下で話す彼の輝く金色の髪は、触れたらいい香りがしそうな上品な雰囲気を醸し出している。

そして、碧い湖を写し取ったような切れ長の瞳。長身の彼に見つめられるだけで全体から放たれる紳士な風貌がより一層際立ち、異性の美しさがそこにはあった。

貴族の令嬢たちは、この青年が社交界に顔をあまり出さないので、会話を一言二言話すだけでも心躍る瞬間だった。

中には彼の美貌に胸打たれ過ぎて、庭の隅で倒れる女性もでていた。

「ああ、もうダメ。カイン様の美しい横顔を見ただけで、わたくし胸がいっぱい」

「レイチェル様、お気をたしかに!こんなにも長くカイン様のお傍にいられる機会なんて、滅多にないことですわ」

「けど、カイン様、いつにも増して綺麗で優しいのよ!まるで本に出てくる騎士様の様だわ!」

一人の令嬢の言葉に、周りの令嬢たちは一斉に頷く。

「宮殿でお見かけした時もカッコよかったですが、外で佇んでいるお姿も、やはり周囲の殿方たちとは全然違いますわね」

「まあ、周囲の殿方とお比べしてはダメですわ。カイン様は美貌の貴公子様ですもの。私たちのアイドルですわ」

「そうですわ。しかも、今日はそんなカイン様が暮らすお屋敷訪問!皆さま!今日はいつも以上に気合を入れて、お近づきになりますわよ!!」

そして、また貴族の令嬢たちはカインの周囲に群がるのだった。

それを屋敷の窓から、遠く見守っている者がいた。

セスティーナと、セレナだった。

「最近の若い女性たちは何だってあんなのがいいのかしら?」

訝(いぶか)しげにセスティーナは紅茶を飲みながら屋敷のカーテンレースの傍に身を委ねて窓の下で行われているパーティーを見下ろす。

そのセスティーナの視線の先にはカインの姿だ。

「ねえ、セレナ。お前に最後の質問していいかしら?」

メイドのセレナはセスティーナの後ろに控えていた。五年の月日でセレナは17歳になっていた。

あれから身長も人並みに伸び、可愛らしかった顔も今では鼻筋や顔もしっかりして大きな目を際立たせている。見世物小屋にいた要因の一つ、白い髪は依然としてあったが、長い髪を三つ編みにしてクルクルと巻きあげており、お団子の様な動きやすい髪型をしていた。

「はい、何なりと」

静かに答え、今からくるであろう予測不能な言葉を待った。

(いつもこの方から投げかけられる言葉は、意表をついた言葉だわ)

だが、的を得た発言をすることは多かった。

セスティーナは窓からの日差しに背を向けて、カインと似た碧い瞳で強く見つめる。まるで自分の内面すらも見ているかのように。

「お前も我が甥のことが好きなのかしら?」

カインのことを甥という、セスティーナのその姿は貴族の人間らしく、余裕に満ちた表情だった。






セレナはこの突然の質問に、

「一介の使用人としてお慕いしております」

セスティーナの瞳からそらさずに静かに答えた。

部屋の中に静かな空気が漂う。

だが、その張り詰めた空気に終止符を打ったのは目の前の美女だった。

「ぷ、ホホホホ。そうなのね、ごめんなさい、やっぱり貴方って真面目なのね。聖人みたいに答えるなんて」

開いた扇で顔半分に当てながら眼に涙を溜めていう。

セレナはたまに、このセスティーナの性格が未だに掴めないときがあった。

「お前のその生真面目さは、悪くはないけれど、面白みに欠けるわね。お前も、その美貌で、たらしこんでみなさいよ。意外といけるわよ?綺麗になったお前なら」

「――――私は使用人です」

「そうね。けど、そう言っている間に、他の人間に盗られては遅いことだけは心得ておきなさい、セレナ。話は以上よ」

セスティーナが話を終えたときだった。

誰かが扉をノックする音がした。

「どうぞ」

セスティーナが笑いを止め、言う。

扉から顔を出したのはメイドのユーナだった。

「サミュエル様が、スピーチの準備を。という伝言を預かっております」

「そう、わかったわ。今から行くと、お兄様に伝えてて頂戴」

ユーナが部屋の扉を閉めるのを見ながら、セスティーナは再び自分を見ていた。

「セレナ、お前は今日パーティーに出ないよう言い渡されてるんでしょ?カインに」

セスティナ―の言葉は続いた。

「一人でお屋敷全般管理するのは大変だから、ここでゆっくり掃除しながらパーティーを見てるといいわ。ユーナには私から部屋の掃除を任せてると言ってあげるから」

そう言って出て行った。

この屋敷に人が訪れることが増えたのは一年前ぐらいからだ。

シュバイツア家の財政力が上向きなことに惹かれて、仕事の相談や権力に巻かれようと増えていった客人達。

その客人たちが増えるということは、この屋敷で働く異国の奇異な姿の少女、セレナを見た関係者も増えていた。

日本から来た白い髪の召使を噂で聞いたことがある客人は、屋敷の主人であるサミュエルやカインに白い髪の少女を見たいと言い出す客人もいれば、屋敷の外で「シュバイツア家に白い毛の異国の少女を見た。噂は本当だった」と他の者に言いふらす者もいるのだった。

さすがに、サミュエルやカインたちも、来客が吹聴することまで止めることはできず、貴族たちの間柄でセレナの存在は本国全体に知れ渡っていた。

それが、カインは堪らず嫌だったのである。

『異国の人間に対して、侮蔑の言葉をかける奴らも多い。外の世界は危険だ。だから、今度のパーティーのときは、この屋敷で仕事をしててくれないか?』

―――そう言われてしまった。

自分が傷つかないように言ったことだと知っていたし、以前から来客者がジロジロ見ることは嫌な思い出だ。

だが、一緒に仕事をしてきた使用人や、調理場の人たちが外に出て客人達をもてなしている中、自分一人が屋敷内でただ掃除をするしかないというのは、やはり辛いことだった。

(カップ・・・。洗い場に持って行かなきゃ)

そう思いながら、セスティーナが飲み干した、窓辺のテーブルに置かれた紅茶のカップを触れる。

そして、窓から見えるパーティー会場を見ない様にすぐその場を離れようとした。

だが、そこまでだった。

庭で派手に行われているパティ―の、ドレスをきた若い女性陣の声。

高い声の中に、自分がお慕いしている人の名前が嫌でも聞こえてくる。

セレナは堪えていた衝動を抑えきれず、傍にあった屋敷の窓の外をみるのだった。

そこには貴族の令嬢たちから話しかけられている、カインの姿。

羨望のまなざしを受けながら、真っすぐ相手の令嬢を見て話す、カインの堂々とした外での様子がセレナの瞳に映る。

自分とはあまりにも遠い外の華やかな世界。

セレナは初めて、この屋敷が牢獄のような感覚を覚えた。

(いつからかしら。こんなにも距離が遠く感じられるようになってしまったのは・・・。)

セスティーナの質問の答えは嘘だった。

一介のメイドにありまじきことに、セレナは年月を経て、自分が仕えるべき相手に好意以上の気持ちを抱いてしまっていた。

こんな気持ちなど気づかなければよかったのだ。

一生気づかなければ、こんな苦しい思いをすることなどなかった。

傷つくとわかってたのに、なんで外のパーティーを見たのか。

私にはあの笑顔を向けられる、その資格はないのに。

セレナは自分を責めながら、これ以上耐えられず窓から離れた。

シュバイツア家の、使用人の一人としてセレナは後悔を胸に仕事に取り掛かった。






              ♢



(カインの奴、もうちょっと、愛想よく笑えんのか?金持ちやら、王宮の近親者までいるのに・・)

サミュエルはワイングラス片手に遠くからカインと、その取り巻きにの令嬢たちを黙って見ていた。

今見ているかぎりで、カインは何ともお飾り人形という言葉がぴったりだった。

令嬢たちには”優しい方”と思われているようだが、ただ、話すことがないだけで、令嬢が望んでいそうなことを紳士のように振舞っているだけだ。

自分から決して令嬢に話しかけることは無く、本心からの笑顔は全くみられない。

義理の父親として、不肖の甥の態度にハラハラして見ていると、

「いやあ、流石伯爵家ですな。こんなにも豪華なパーティーを開催されるなんて」同じく伯爵の一人が声をかけてきた。

「おまけに、貴方の次期当主の噂も上場で、羨ましい限りですな」

「ハハハハ、それほどでもありませんよ」

サミュエルは貴族のうわべだけのお世辞を聞きながらワインを飲み合い、来客と談笑する。

「いえいえ、本当ですよ。我が娘は、貴方のところのご子息に夢中でしてな。もしよろしかったら色よい返事をもらいたいですな」

すると、他の貴族も声をかけてきた。

「それは欲が大きすぎるのではないのかね、アルティーブ卿。君のところの令嬢はまだ15歳だろう。年が開き過ぎではないかね?私の娘の方がカイン君よりも一つ歳は上だが、器量よし、性格良しだぞ!」

「ちょっとまて、それを言うならこっちもだな、眼をつけてたんだぞ!」

周囲の貴族も話に加わって、騒ぎが大きくなっていく。

「あ~まあまあ。私がなんて言っても、カインが決めることですから」と言いながらサミュエルは、このやり取りを5年前にもしたなと、心中で思うのだった。

カインは以前から外見だけはよかったので、社交界デビューした時から縁談のような話はチラホラとあったのだが、五年前の貴族の子供達との乱闘騒ぎのせいでパタリと無くなっていた。

だが、カインの上品な立ち振る舞いに、ここ何年かでまた再燃していた。カインの噂はうなぎのぼりだった。

そのときに、突如として屋敷の玄関方面で、何やら騒がしくなっていた。

その人混みからは、セスティーナが新しく新調したドレスに身を包み、ふんだんに羽をあしらった扇で顔を隠しながら、ゆっくり歩いていた。

「セスティーナ様、おめでとうございます!」

「セスティーナ様、ご結婚おめでとうございます!」

「セスティーナ様、おめでとうございます!遠くに行ってもお手紙出しますわ!」

セスティ―ナの周りは彼女を熱狂的に尊敬する女性たちと、カメラの機材、メモを片手に彼女の後を追う新聞記者たち。

そんな人混みの中から執事に促されて、セスティーナは庭の中央へと歩みを進める。そして、自分を祝うためにきた大勢の客にお礼を述べるのだった。

「今回はわたくしの、結婚パーティーに参加頂き、本当にありがとうございます。わたくしは遠くの地へと行きますが、今日はぜひとも我が家で楽しいひと時をお過ごしください!」

「それでは、皆さま。グラスを持っていただいてよろしいですか」

セスティーナの声かけによって、来客者全員がグラスを片手に高々と空へと掲げ、乾杯する。この屋敷に集まったのは、セスティーナの結婚にを祝うために集まった貴族の者達だった。

サミュエルが乾杯のワインを飲んでいると、集団の令嬢たちから逃げてきたのか、甥のカインが声をかけてきた。

「叔父さん、ちょっと」

「ん?なんだ、カイン」

(上手こと言って、令嬢たちから逃れたか・・・)

日に日に女性の扱いが上手くなってきた甥に、義理の父としてもサミュエルは喜ばしいことだと感じていた。

「俺もう、屋敷へ帰っていいかな?」

「ダメと言っても、帰る気満々だろ。それより、もうちょっと、楽しい話題をたくさん振りまいてだな、淑女たちに楽しい場を提供しようという気持ちはないのか?」

「叔父さん鋭いね。よく気づいたね」

「屋敷でのお前の態度のギャップ見取れば、わかるわ。自分から話題は振らず、お嬢さんたちの質問に答えてるだけじゃないか。ほんと、まだ社交界に出た時の、当初の方がマシだったよ、お前は」

「そうだけど、しょうがないじゃないか。いくら愛想良くしったって、俺には何の恩恵も貰えやしないって、数年前にわかったんだから。俺の平民の血は、結局はここの貴族様たちに俺は下に見られるんだ」

「はあ。そうともわからんぞ」

実際、カインには伯爵家より下級の貴族たちから羨望の声が上がっている。

カインの耳には入れてないだけで、是非とも婿に欲しいという貴族もいる。

半分は我が伯爵家の地位と、増えてはきたお金目当てもあるだろうが、五つも”婿に是非”と打診があるから、それだけ今のカインが魅力的に見えるという結果だろう。

「お前も、いい加減もっと社交界に出て、身を固める訓練してたほうがいいぞ」

叔父であるサミュエルが話をしていたときだった。

会場から「おおおお――――――!!」どよめきが起こった。

何だなんだ。と周囲の注目が集まる中、どよめきの中心にいるセスティーナは話を続ける。

「次回作も、皆さま是非、楽しみにしてくださいね」

「セスティーナ様、ぜひとも聞かせてください!次回作は、何て、何てタイトルをつけられたんですか!?」

「決定ではないのですが、”夫をかきたてる美女の夜遊び”ですわ。内容は、夫婦の夜に夫を野獣へと変わらせること!ぜひ、お買い上げなさってね♡」

と新聞記者の男性にウィンクを飛ばす。

突然のドアップの美女の顔に記者の男性は顔を真っ赤にしている。

「キャーー!絶対買います!!」

「さすがセスティナ―様ですわ!!」

熱狂してセスティーナの周りを取り囲む女性陣もそうだが、男性陣もあまり興味ない様に装っては次回作の話に耳を研ぎ澄ましながら聞いていた。男性同士で会話が途切れていたり、新聞を逆さに持って読んでいたりと反応はバラバラだったが、よく観察していればわかることだ。

そして、その真逆の反応をしている我々シュバイツア家の家族もそうだろう。

「お願いだ、叔父さん。俺はもう一緒の家族と思われたくない・・・!というか、俺の精神がやられるんだ・・・・」

カインは叔母であるセスティナ―の喧騒から逃れる様に背を向けて逃げ出そうとしていた。そんな甥の服の裾を必死で掴みながら

「うんんん。すまんが、カイン!叔父さんを助けると思って、まだ居てくれ!叔父さんもきついんだ、正直言うと!」と、引き留めていたときだった。

二人の前から現れた人物がいた。

「セスティーナ嬢は相変わらずのお転婆ぶりだな、サミュエル」

サミュエルに手を振って親しげに話しかける男性。

それは、カインも王宮内で会ったことがある人物だった。

「へ、陛下!?」

椅子から起き上がり礼を正し、カインも姿勢を直ちに直した。

サミュエルたちの暮らす国で陛下と呼ぶ人物は二人しかいない。

女王の夫、ウィルソン陛下と、その息子、オーギュスト殿下だ。

「いらっしゃったんですか!?」

ウィルソン陛下は息子のオーギュストと、護衛で剣を携え警備に当る者たちを引き連れている。

その集団は嫌でも眼につく。まさにウィルソン陛下が動けば島全体が動くような状態だ。

「公務からの帰りだったんだが、道から楽しそうな音楽が聞こえてきてな。つい寄ってしまったんだ」

驚かせてすまないね、と、苦笑いして言う陛下にサミュエルは、

「とんでもありません。面白みに欠ける我が家ですが」と、なんとか謙遜な言葉が出た。

「そんなことはないであろう。貴族の中でも君は日本とかいう国の収集に凝ってるそうじゃないか」

「はっ、ほんの趣味程度ですが」

「実はね、私の息子もジャポニズムに興味があってな」

そう言って父親の一歩後ろに控えていた青年、オーギュスト殿下が手を差し出した。

「お久しぶりです。今回は父共々、急に訪問してしまい、申し訳ありません」

と丁寧な言葉を話す。

どうやら父と違って思慮深い性格らしい。

社交的な挨拶後に陛下は、

「どうだろうか。オーギュストに少し、君たち、日本のコレクションをみせてくれないか?」と提案してきた。

「あ、そうですね・・」

サミュエルはカインに眼で、”いいか?”の合図を送る。

ジャポニズムに関しては、名目上はサミュエルだが、管理していたのはカインだ。

カインは叔父の眼から伝わってくる無言の言葉を受け取ったのか、頷く。

「はい、大丈夫です。さっそく甥のカインに案内させますので」

オーギュストはサミュエルに礼を言うと、カインにも手を差し出した。

「見学、許可してくれてありがとう。王宮でも君を見かけたけど、こうして近くで会うのは初めてだね」

カインは雲の上の人と言うべきオーギュストの手を握りながら「はい。殿下とこうしてお会いできてこちらも嬉しいです」とお得意の笑顔をふりまいた。

「どうだろうか。君たちのコレクションを魅せるだけじゃフェアじゃないから、今度王宮に来ないか?私個人で集めた物なら君を招待するよ」

民衆からの好感も高い、王子からの、たってもない提案だ。

「ありがとうございます。近いうちに、是非とも王宮にお伺いさせていただきますよ」

カインは笑顔で礼を言った。

結局、その日は一日中パーティーで、シュバイツア家は夜遅くまでどんちゃん騒ぎが行われた。





夜中まで続いたパーティーから、静かな朝を迎えたシュバイツア家。

庭ではひんやりした空気が漂う中、闇だった景色に太陽が光を強めていく。

寝るために、しめ切っていたカーテンからも、窓からでる白く差し込む光が目に映る。

「うん、今日もいい朝だわ」

セレナは一番の早起きだった。だから、自然と朝一番の仕事は、同じ仕事仲間の女性メイドを起こすことから始まる。

「皆さーん。朝ですよーー、起きてくださーい!」

「うーーーん?もう、あさ??」

「うそでしょー?さっき、やっと後片付けが終わって寝たはずなのにーー!!」

久しぶりに行われたパーティーは、ご主人様たちも客人たちの相手で大変そうだったが、メイド達も昨日は大忙しだった。

まだ、「疲れが取れない」と、いつになく起床に文句を言う仲間たちの朝の起床が遅いと感じ、セレナはあの言葉を言うことにした。

「遅刻、減給、お叱り」

文句を言い続けてたメイド、彼女たちの言葉が一斉に止まる。

そして、

「わかったわよ、起きるわよ。起きればいいんでしょ」

「減給なんて嫌だし、お叱りも嫌だし、はあ」

ゆっくりとだったが、皆この3つの言葉を言うと素直に動いてくれる。

『メイドたちが朝なかなか起きてくれないですって?セレナ、そんなの簡単じゃない。わたくしから、『遅刻したらお叱り、減給がある』と言えばいいのよ』

セレナは、この言葉を教えてくれたセスティーナ様に感謝するのだった。

セスティーナの結婚パーティーが慌ただしく終わって、セスティーナは今日、ここのお屋敷を去る。

過去にも、個人の事情でこのお屋敷から去っていった使用人達がいて、知っている人が離れることは、セレナにとっても辛いことだった。

それが、今回はセスティーナ様だった。

見世物小屋で貰われたときから、力強くサポートして下さった方。自分にとって、きっかけがどうあれ、セレナと今まで一番長い期間関わった人物。

セレナがここのお屋敷に来た時も、『最初は異国の娘と虐められたら、わたくしの名前を出しなさい。そいつらを叱ってやるから』と、言ってくれたのも彼女だ。

おかげで、徐々にではあるが、セレナを卑下にする者はいなくなっていた。

あまりにも彼女に対してのイメージが悪くなると思ったセレナは、謝ったことがあるのだが、

『何をいってるの?下々の煩わしいことを諌(いさ)めるのも雇っている者の務めよ。当たり前なことを言わせないで頂戴。それに、貴方をここまで連れてきたのに、使い物にならなくなったら困るのよ』っと。

そう言ってくれたが、セレナにとってはそれは彼女の本心ではなく、ごまかしていった言葉に感じられた。

セスティーナ様はカイン様に似ているところがある。

鳥の様に、大空へと羽ばたく方。

そして、大きく羽を広げて空を、自由に生きるのだ。

それが、ここに来てシュバイツア家に仕えてきてわかったことだった。

それは五年経っても、セスティーナ様の自由奔放さは変わらなかった。

昨日も、突然呼び出され、セスティーナ様と久しぶりに二人だけの会話。

しかもあの質問――。

たぶん、セスティーナ様にはわかっていたのだろう。

私の気持ちなんて赤子の様にわかっているのかもしれない。

そう思いながら朝の支度をしていた。

「先輩、準備おわりました!それじゃあ、カイン様の起床の時間ですので、行ってきますね!」

この元気な声で呼ぶのは、オリヴィア。

セレナの後からメイドとなった子だった。そのため先輩として、このオリヴィアの教育係をメイド長のユーナと担っていた。

「ええ、お願いね」

「はい、頑張って起こします!けど、何だって、セレナ先輩、カイン様の起床準備の仕事枠から外れたんですかー?セレナ先輩のとき、何故か起床が滅茶苦茶早いって他の先輩たちから聞きましたよ?カイン様、寝起き最悪なのにー」

カインは遅くまで本やら、勉学、仕事に励んでいたため就寝が遅く、寝起きが悪いとメイドたちのもっぱらの評判だった。

「・・・・・・・・・」

(どちらかと言うと、朝は避けられてる気がする・・・・)

それほど、寝起きの自分を見られたくないのだろうか?

カインの部屋へと行くおばあちゃんメイドであるユリアと、オリヴィアの二人を見送りながら、セレナは手を振り、その後自分の仕事にとりかかった。



               ♢







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