第50話 新玉ねぎのとろっと煮

「千鶴ちゃん、これなら抜いても大丈夫よ」


「よーし!ママ、見ててね!」


「うん、難しかったら手伝うから。頑張れ!」


体操服姿で気合いを入れた千鶴ちゃんが、張り切って掴みました。


「ハルさん、こっちはどうですか?」


しゃがんでいる私の後ろの玉ねぎを指差して、栗原まどかさんが言いました。


「えぇ、大丈夫ですよ。葉が倒れているでしょう?ちょうど収穫時期だと、河田さんが教えてくださいました」


「おぉ、河田さん!畑頑張ってるんだ。おじいちゃん負けてられないなぁ。よーし!千鶴ちゃん、頑張ろうね!」


「うん!」


ジャージの袖を捲ってまどかさんも玉ねぎを掴みます。


「うーーーーんんんん!!???ぬ、抜けなっ・・・うおあっ!」


まどかさんは力一杯抜いた勢いで、尻餅をついてしまいました。


「んーーーっ!!むーーーっっっ!」


「よし、ママも手伝おうか」


下野さんが立ち上がり近寄ると、千鶴ちゃんは頭を横に振りました。


「いいっ!ちぃ・・・がっ!やるーーーぅ!きゃっ!・・・おわー!抜けたーっっ!」


土が顔に跳ね返ってもお構いなしの様子で、玉ねぎを掲げて叫びました。


「千鶴すごい!」


下野さんも嬉しそうに拍手をしています。



ふふっ、朝から賑やかですね。


今日は下野さん親子をお招きし、たまたま通りかかったまどかさんに声を掛けて、裏の畑の玉ねぎを収穫しているんですよ。


この玉ねぎを使って、お料理をしましょうね。



「あ、お疲れ様でーす。ハルさん、ご飯炊けましたよ。あと、これ。良い感じですよ。美味しそう」


「わー!可愛い!黄色いのもトマト?」


食堂に戻った千鶴ちゃんが、葉子さんが持っているミニトマトのマリネを漬けた袋を覗いてはしゃいでいます。


「そうだよーっ。カラフルで可愛いでしょ?美味しいから、楽しみにしててね」


「あ、こら千鶴。ちゃんと席で待ってないと駄目よ。ほらおいで」


キッチンに入ろうとする千鶴ちゃんを、下野さんがテーブル席へと座らせます。


ミニトマトは、鰹だしと、お酢とお醤油。お塩も加えた和風のマリネです。


弾けるトマトの爽やかな酸味と、鰹だしのさっぱりとした和風マリネは、暑くなってきた日々の食卓に、涼をもたらしてくれますよ。


赤色や黄色いトマトを使うと、見た目も華やかになりますね。



玉ねぎは、食べやすいように四つ割に隠し包丁を入れておきました。


皮を剥いた玉ねぎは、ツルツルとしていて艶があり真っ白。


お鍋で鶏もも肉を炒め、そこにお出汁とお醤油、少しだけ生姜を入れて、玉ねぎを丸ごと煮ていきます。


お出汁が染みて色付いて来る頃には、柔らかくとろっとしてきます。


柔らかくなったら、スープに片栗粉でとろみをつけて完成。


絹さやなんかも添えたら、彩りもあって綺麗です。


玉ねぎの丸ごと煮は、とろみを付けておけば冷やして食べても美味しいかと思いますよ。



「んー、焼きタラコって良い匂い。これくらいかな?」


「えぇ、バッチリですよ。おにぎりにしますから、葉子さんはお味噌汁をよそってくださいますか?」


「はーい!」


ピンクに色が変わり、ほんのり焦げ目がついたタラコを網から下ろします。


ぷっくりとしたタラコは、皮がぱんぱんで身が沢山詰まっています。


焼きタラコが好きな下野さん親子の分です。


まどかさんには、私が焼いた鮭をほぐしておにぎりに入れます。


炙ったパリッとした海苔をそっとあてて。


煮干しと昆布で出汁をとったお味噌汁をお盆に乗せて。


玉ねぎのとろっと煮と、トマトのマリネ。


本日のおにぎり定食完成です。



「わぁっ、玉ねぎとろとろ!千鶴ちゃん、美味しそうだねぇ」


「うん!ちぃの採った玉ねぎかなぁ?ママも食べよ!」


いただきますと元気な声が食堂に広がり、少し早めの、楽しい昼食が始まりました。



「タラコのおにぎりだぁ。おいしっ」


ほっぺを膨らませて頬張る千鶴ちゃんは、嬉しそうに足をパタつかせています。


「ふふっ、喜んでもらえて嬉しいわ。葉子さんが焼いたのよ。上手でしょう?」


「うん!ねー、ママっ」


「そうね、本当に美味しい。ここのおにぎりって、特別な味がします。優しくてあたたかい味がします」


下野さんは笑顔で言いました。


まどかさんは、玉ねぎの煮物が大変気に入ったようで、あっという間にぺろりと食べてくださいました。


「このトマト凄く美味しい!見た目もコロコロして可愛いし、洋風とは違った馴染みのある味がして。お土産とか出来ます?」


「えぇ、沢山作りましたから」


私が答えると、下野さんも持って帰りたいとの事で、残っているトマトの和風マリネをタッパーに移しておくことにしました。



「あー、良い風」


まどかさんが、お味噌汁のお椀を口にあてたまま、ふわりと髪を揺らす風を感じています。


「本当ですねぇ・・・あ、ほら千鶴。飛行機雲があるわよ」


「ほんとだぁ!飛行機も見えた、ほらあそこ」


「あ、見えた見えた。こんな風にゆっくり景色を楽しみながら食事をする機会って、なかなか無いから良いねぇ」


ゆったりと流れる雲に混じって、まっすぐ引かれた飛行機雲。


青葉がお日様に照らされてキラキラと輝いています。



「あら、ぽんすけどうしたの?」


店先で日向ぼっこをしていたぽんすけが、キッチンに居た私のところへと駆け寄ってきました。


「こんにちは。あら、もしかしてお食事は終わったのかしら?後でお昼ごはんに寄らせて貰っても大丈夫?」


橘さんご夫婦です。


食器を下げていた葉子さんを見て、少し心配そうに仰りました。


「大丈夫ですよ。準備しておきますね」


「良かった。用事が済んだら来るわね」


「お待ちしております」


ご夫婦は笑顔でゆっくりと会釈をしてから、田んぼの方へと歩いていかれました。



「ご飯、美味しかったねー!」


食事を終えた千鶴ちゃんの元へ、ぽんすけが寄っていきました。


「お外で遊ぼっか!おばちゃん、良い?」


「私は構いませんよ。お母様は、お時間は大丈夫ですか?」


「あ、はい。じゃあ千鶴、ママも行くわ。ほら、帽子かぶって」


お二人は、ぽんすけを連れて店を出ていきました。


「私もそろそろおじいちゃんの家に行きますね。ごちそうさまでした」


「はい、お土産のトマトのマリネ。保冷剤も1つ入れておきましたから」


「ありがとうございます!ふたりとも喜びます」


まどかさんはお代をテーブルに置いて、頭を下げてから帰って行きました。



この食堂を始めてから2年が経とうとしています。


四季を楽しみ、自然の恩恵を受けられるこの生活は、毎日が楽しくて幸せで仕方ありません。


皆様には、ゆったりとした雰囲気のなか、日頃の疲れを癒していただけたらと思っております。

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