第11話 菊酒

菊酒と言うのはご存知でしょうか?


本日は、菊酒を作ります。


消毒した保存瓶に、氷砂糖と焼酎を入れて、食用菊を入れます。


冷暗所で1ヶ月程おいて、菊の花から色が出てきたら完成です。


今朝は雨が降っており、優しい雨音が、食堂に響いています。


「これで良いですか?」


葉子さんが、黄色い菊が浮かんだ瓶を持ってきました。


「えぇ。ありがとうございます。あっちの部屋に置いてください」


奥の涼しい部屋は、菊酒を保存するのにぴったりです。


「はーい!くっりごーはんっ!くっりごーはんっ!」


「ふふっ。余ったら食べましょうね」


「楽しみですーっ」


葉子さんは上機嫌で、瓶を抱えて奥の部屋に入っていきました。



先日、白井さんが栗をお裾分けをしてくださいました。


秋の味覚と言えば、栗も外せませんね。


おにぎりはお休みして、土鍋で栗ご飯を炊いています。


旬のほっくり炊き上がった栗ご飯を食べにいらしてくださいね。


「はぁああ!たまりませんね・・・!」


土鍋の蓋を開けると、白い湯気がもわっと上がり、お米の炊き上がる香りと共に、黄色い鮮やかな栗が姿を見せます。


「栗もほっこり仕上がってますね」


炊けた栗ご飯に、軽く空気を入れるように混ぜながらそう言うと、葉子さんは益々、土鍋を覗き込みます。


「ふふふっ。葉子さんったら、仕方ないですねぇ。少し召し上がりますか?」


「え!良いんですか!やったー!」


お茶碗を出してきて「お願い致しますっ」と、私に手渡しました。


「おいしーっ!」


幸せそうに栗ご飯を堪能していました。



お次は、余った食用菊を使ってお浸しを作ります。


洗って花びらを外し、お酢入りのお湯で茹でたら、冷水にあげて水気を切り、ポン酢で和えます。


お醤油や、出汁醤油なんかでも美味しいと思いますよ。


シャキシャキとした食感と、菊の香り。


酢を入れた事で、色鮮やかに仕上がる菊のお浸しで、爽やかに季節を感じられる一品です。


葉子さんも隣で「お花のお料理だなんて、可愛いですねっ」と、興味津々で見ていました。


「どうも、こんにちは」


栗原さんご夫婦です。


「まぁ、雨の中来てくださったんですね 」


雨に濡れた傘をたたむお二人に駆け寄ります。


「ハールさんっ!お久しぶりです!」


ご夫婦の後ろからひょっこり顔を出したのは、お孫さんの栗原まどかさんでした。


「あらっ。遊びにいらしたの?」


「はい!近くの街に仕事が異動になったので、職場の傍に引っ越したんです」


まどかさんは、ご夫婦と一緒に席につきます。


「孫も遊びに来たし、ハルさんとこで早めのお昼ご飯を食べようと思いましてね」


奥様のとなりで、旦那様も嬉しそうな表情をしています。


「あれっ。人増えてる!」


「はい!松本葉子と言います。宜しくお願いしますっ」


葉子さんは3人に頭を下げました。


「ぽんすけも元気そうだな」


旦那様がぽんすけの頭を撫でながら言います。


「最近はどう?お客さん来てくれる?」


食事を用意する私を見て、奥様が言います。


「えぇ。思っていたより、来てくださっていますよ」


「この辺りは今まで人なんて殆ど来なかったから心配してたんだが・・・この店に誘われて来とるのかもしれんな」


旦那様がそう言ったときです。


「ほら、話をすればお客様!」


葉子さんの言葉に入り口を見ると、傘は持っているのにさして来なかったのか、びしょ濡れの若い女性が立っています。


私はタオルを持って駆け寄りました。


「まぁ、大丈夫ですか?風邪引きますよ」


タオルを手渡し、女性を店に入れました。


「やっぱり寒かったです」


女性は長く柔らかい髪を拭きながら、苦笑いして言いました。


「そりゃあそうですよー。もう夏じゃないんですから」


葉子さんが温かいお茶をお出しして言います。


「栗ご飯はお好きですか?良かったら皆さんと召し上がってください」


栗原さんご夫婦とまどかさんにお料理をお運びしながら、女性に訊ねました。


「栗ご飯。お味噌汁も美味しそう。それ、お花ですか?」


「えぇ、菊のお浸しですよ。茄子のお漬物も私が作ったものですよ」


そう女性に説明する私の隣では、まどかさんがお料理を見て「わぁ!美味しそうっ」と、喜んでおられます。


「食べたいです」


「はい、すぐお持ちしますね」


私がお料理を準備している間、女性はぼんやりと店内を見回していました。


「美味しい・・・!」


女性は初めにお味噌汁を飲んで、そう言いました。


「おばあちゃんちの味がする」


「あら、貴女のおばあさまのお味噌汁も田舎味噌だったのですね」


「多分。よく似てるから」


そう言ってもう一口飲んでから、栗ご飯も召し上がりました。


「ハルさん、この栗って白井さんにいただいたんじゃない?」


栗原さんの奥さまが言いました。


「ええ、裏山で沢山採れたそうで。お裾分けしていただきました」


「家にも今朝来てたもんなぁ。これだけ旨い栗なら、湯がいて食べるのも楽しみじゃな」


「本当だねぇ。うちでも土鍋出して栗ご飯しようよ」


まどかさんがそう言って私に「あとで作り方教えて下さいっ」と両手を合わせてお願いポーズをしながら仰います。


「勿論ですよ」


私がそう言うと、まどかさんも喜んでおられました。


「北原美香です。私の名前」


菊のお浸しを食べて、そう言いました。


「これ、美味しい。見た目も綺麗です」


「季節ものですから。菊酒も作っているんですよ。飲み頃は来月ですけれど」


「来月の今ごろに来たら飲めますか?」


「えぇ。お出しできますよ」


私がそう言うと、美香さんはパァッと嬉しそうに笑顔になり「来月、また来ます」と仰いました。


「美香さんは、どうして傘もささずに来たんですか?」


食事を終えたまどかさんが、席から興味津々に尋ねました。


「雨とか、自然を感じたかったんです。ここに来て、お花のお料理を食べられて嬉しかった」


「でも流石に風邪引いちゃいますよー」


葉子さんがそう言って、私に「ねぇ」と同意を求めるように言います。


「子供の頃から病気で、入院してたからあまり外で遊んだことがなくて。体も随分良くなって学校に行った時も、人付き合いの仕方がわからなくて虐められるし」


「大変だったんですね。ここは自然も溢れていますし、虐めるような人なんて一人も居ませんから。いつ来てくださっても大歓迎ですよ」


少し暗い表情になってしまった美香さんにそう言うと、「嬉しいです」と可愛らしい笑顔を見せてくださいました。


美香さんは21歳で、とても綺麗な方です。


どこか儚げで、神秘的な雰囲気を纏った人でした。


「私もこれからは、ちょくちょく来れますし、仲良くしてください」


まどかさんがニッコリと笑ってみせました。


「ここは優しいお客さんばかりですし!私もハルさんも、ぽんすけも待ってます」


「ありがとうございます。わんちゃんも可愛いし、ご飯も美味しいし。また来ます」


そう言って、再びお料理を食べ始めました。


「じゃあ、そろそろ行こうかね」


栗原さんの奥様がそう言って、お代を支払います。


「また来るよ。美味しかった。ごちそうさま」


旦那様が頭を下げてから、店を出ていかれました。


まどかさんも、私達や美香さんに手を振ってから帰っていかれました。




「ごちそうさまでした」


静かにお箸を置いた美香さんはお代を払い、まだ少し雨の降る道を、今度は傘をさして帰っていかれました。


「不思議な方でしたねぇ」


葉子さんが美香さんを見送りながら言います。


「また来てくださるのが楽しみですね」


そうして、私たちは店に戻りました。


「もう少ししたらお月見ですし、店の前にチラシを貼りましょうか」


「チラシですか?」


葉子さんが布巾を濡らしながら言います。


「店の前に椅子を出して、お月見会をしようと思いまして」


「わー!素敵です!じゃあ今夜にでも私が作りますっ」


葉子さんはとても喜んでくれました。



お月見の日、晴れるといいですね。

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