第十三話 『処遇』
『安請け合いは不利益の元です』
「深く静かに反省しておる最中だよ……」
起動したグラン・パクスの中で、郷志は大和の突っ込みに全面的に同意していた。
美麗な兎人のリエヴルと郷志の好みドストライクの近衛櫻子の二人に恒星弾頭の試射をおねだりされて、鼻の下を伸ばしつつあっさりと了承してしまった事を今更ながらに窘められているのである。
とはいえ郷士にも言い分は有る。
見目麗しい二人の女性に懇願されて、断れるようなスキルは彼の手持ちには存在していなかったからである。
「無意識に女の武器を使われると、その、なんだ、困る。マジで。水商売とかの女性がやってくる分にはわりとスルーできるんだけどなぁ。ああ、閃きとかのスキル使える世界だったらよかったのに……」
『どちらにせよ実生活では使えない上に効果はワンターン一回限りです。結局意味がありませんね』
「集中攻撃とかヤメテ欲しいなぁ……」
彼が過去に好んでいたゲームに登場する、戦闘時においては敵の攻撃を絶対避ける能力を思い返しながら、深い溜息を吐く郷志であった。
「ともあれ試射するだけなら……」
『フラグですね、天丼ごちそうさまです。『俺、この戦争が終わったら結婚するんだ』『見てくれよ、こないだ生まれた俺の子供の写真なんだ。帰ったら真っ先に抱っこしてやるんだ』等々ございますがどれになさいますか?』
映画など物語に登場する人物がそれを言ったら「ああこいつ死ぬぞ」的な意味合いの言葉を羅列して郷志におすすめしてくる大和に、これまでに何度口にしてその内の何割が的中しただろうか、と脳内で思い返す。
「嫁予定の人も子を産んでくれるような人も居ねえ……って言ってて死にたくなってくるわ。ああ死ぬにはいい日だなぁ……パインケーキ食いてえ」
『死亡回避フラグですか』
「そもそも気にしてたら飯も食えねぇよ」
そう言って嫌な考えを振り切ると、管制塔に付随する建物の屋上で、試射を今か今かと期待に満ちた眼差しを向けてくる面々に郷志は気付いてしまった。
「なんかめっちゃ見てる。いっぱい居る、どちら様?」
『はい、艦長によればM.F.A.開発関連の方々と、無理を言ってここを使わせてもらう際に割りを食った方々です』
「……その割を食った人らって?なんか見覚えある制服着てらっさるんだけれども、あの集団の方々」
大和の言葉に嫌な予感を覚えた郷志は、とっさに聞き返した。
そしてその返答は、彼の危惧していた通りの内容であった。
『皇軍機導魔装候補生です。本日は実騎にて実弾射撃の訓練を行う予定だったそうで』
「……おういぇい。へんな因縁つけられたりしないよね……ただのデモンストレーションだもんね」
『デモンストレーションだけで済めばよろしいのですが』
内心の予想を心の棚に上げ、この後に何事もなければいいのになと呟く郷志であったが、予想は悪い方に転がるものだと告げてくる大和にがっくりと肩を落とした。
「おかしい、内々でやるもんじゃないの?こういうのって」
グラン・パクスの武器を撃つ、という事自体には忌避感はない郷志だが、ゲームの時なら兎も角、現状そこまで見せびらかしたいとまでは思っていない。
むしろここぞという時に盛大に撃ちたいところであるが、実際はどうなのだろうか。
『艦長が近衛従三位と共に様々な人物や色々な部署と掛け合って、マスターの確保を済ませたみたいですから、その関係もあって見学者を断れなかったのでは?』
「おかしい、こんな展開おかしい。本当なら、と言うか原作なら、主人公機を守ってロンゲスト・ゲートとランド・バックは擱座、主人公はその後救援に現れた皇国のバックアップ部隊により他の倒れた二騎と共に回収、その後目覚めた主人公と騎体に残されていたデータから、『無慈悲な交雑』期に建造された騎体が坩堝の破壊時に消失していたという過去の記録と合わせて、身許が確認され、その後皇国に帰服しその過去を知る立場と現状の成り行きからこの時代のM.F.A.の運用を知るために防衛大学的なところに籍を置かせてもらいそこの候補生らと云々かんぬんあって仲良くなったり意地の張り合いしたりしつつも共に坩堝を潰す事になり、やがて……という風になっていく筈なのに。……やっぱ近衛さんとかが無事ってのがでかいんだろうなぁ」
『肯定です。本来であればエースである彼女たちが第一線から退くことで、次世代候補生の教育が加速され、その中に主人公が騎体と共に入り込み、結果次期主力M.F.A.であるインクリーズド・ブレス級の就役が早まり、と言った形であったかと』
大和が告げる本来の状況と比べれば、現状でその路線に進むことは望めないだろう。
ロンゲスト・ゲート級の次世代機である、最新型M.F.A.の配備は後回しというか本来の予定通りという形になり、それは結局、郷志が原作キャラとの接点を得られないという事に繋がるはずなのだが。
「まあそれは別にいいとして。問題は候補生達かぁ……関わり合いたくないんだよなぁ」
『よろしいのですか?全女性キャラクターペロペロしたいとか宣ってたのは何処のマスターでしたかしら』
「何処のマスターもクソもお前のマスターは俺だけだろうが、すいません誰にも言わないでくださいお願いしますなんでもはしませんが、ってそれはいいとして。いや良くはないけど。いや、実際に考えてもみろよ。いちいち突っかかってくる気の強い十代の少年少女とか、いくら見た目が良くても今の俺の年齢考えてみ?」
『子供がじゃれついて来る程度にしか思えませんか?』
「いや、そうじゃない。リアルの女子高生くらいの娘に『うわダッサ』とか『年寄りは引っ込んでなさい』とか『……おじさんには関係ない』とか言われたら俺死ねる」
『……情けないマスターを持つ身としては支える苦労も歓びであるとお伝えして好感度上げ及び精神の安定を図りつつ、外部からの通信をご報告致します』
流石に無駄口ばかり叩いているのもいい加減飽きたのか、郷志の泣き言をぶち切って、管制からの通信が入った事を郷志に告げてきた。
「はい、こちらグラン・パクス。鴫野です」
『ああ、すまんな鴫野君。森上だ。あー、今回は面倒をかけて申し訳ないとしか言いようがないが、まあアレだ。こちらもそれなりに便宜をはかる、堪えてもらいたい』
「あー、はい。こちらも色々とお世話になってますし。それはそれとして、もう始めても?」
『ああ、そうだな。始めてもらおう……ああ、後は任せる』
『こちら管制の平田正七位であります。では射撃位置へ』
やけに下手に出てくる管制に、郷志はやけに扱いが良さげだなと思いつつ、苦笑しつつ言葉を返した。
「了解、……大和」
『指定位置確認、ポイント表示します』
眼前に広がるのは、皇国の演習地である猿ヶ森砂丘と言う海岸である。
総延長十七キロメートル、最大幅二キロメートルという皇国最大の砂丘であるが、軍の演習地兼弾道試験場となっていて一般人の立ち入りは極めて困難なため知名度は低い。
ここで彼は、主砲を始めとした兵装のお披露目をする事になってしまっているのである。
あの後、郷志らの乗るM.F.A.母艦『ポートマイティ』は、基地に無事たどり着いたのであるが。
正体不明のM.F.A.を拾って来たと言う報告は、とうに上層部に上げられており、その処遇を如何にするかという事案となって様々な方面から圧力がかけられていた。
このM.F.A.と言うもの、対『坩堝』用の兵器であるとともに、国家鎮護の要でもある。
しかしそれ故に、非常に高価であるのだ。
小国ではその開発どころか維持すら困難なほど。
それはすなわち、「坩堝内で所属不明のM.F.A.を保護」などと連絡を受けても、当初は何かしらの欺瞞工作か何か別の意味合いでも含まれているのではと勘ぐる者がいて当然の状況だったわけである。
だがその報告に、従三位の位階を持つ者の『宣言』が含まれている事がわかると、一転した。
従三位の位にある者がその地位と名誉をかけて『宣言』しているのだ、ふざけた報告などをするわけがない。
そうなると今度はその騎体の処遇が問題となる。
どこの国も騎体の生産・維持・管理には恐ろしく注意を払っている。
もしその騎体が、他国からの亡命等という話であれば、非常に面倒な国際問題に発展する可能性が高い。
何しろ防衛機密・軍事機密の塊と言っても過言ではない為に、下手をすると開戦原因ともなりかねない。
そこまで行かなくとも騎体のスペックを詳細に知られたとなれば、それを凌駕する物を開発しようとするだろう。
そうなれば、こちらも更にそれに負けない騎体を、となり、開発合戦の末に経済的な疲弊に陥り当該国家以外の国から攻め入られるという事もありえるかもしれない、等という取らぬ狸の皮算用のような事まで視野に入れて、その所属不明騎の処遇が争われたのであるが、決着は簡単についた。
そもそもの問題であるその騎体の持ち主が、皇国の前身である日本国国民で、尚且つ騎体は『無慈悲な交雑』期に制作されたワンオフ騎であり、あくまでも個人所有であると確定したのである。
その確定した理由であるが、『坩堝内で狩られた敵性体等の残骸から得られる物質は、全て討伐者に権利が発生する』と言う不文律によるものである。
これは全世界共通の認識で、何処の国も認めている物だ。
そして、坩堝内で発見された遺物も、その範疇に入るのだ。
その不文律に照らし合わせれば、郷志がグラン・パクスの所有者であることはその過去がどうあれ明白であり、その所有権を手放さない、と言った時点で決まったのである。
無論真実とは違うわけだが、無理が通れば道理は引っ込むのだ。
さらに、郷志が倒した二体の敵性体であるが、初めに落とした高機動型は、あの後すぐに公国軍から委託されて任務に当っていた民間軍事組織のM.F.S.部隊により解体、採取、その後の最終処理――遺骸の滅却――までされた後、利用できる部分はすべて持ち帰られている。
そして残るもう一体、通常のM.F.A.による走査の目を掻い潜った『魔素喰らい』と思われる敵性体から得られた物質であるが……。
「まさかあの二体からのドロップアイテムが、そんな金額になるとはなぁ」
『今後の騎体運用にかかる費用はもとより、お釣りだけで少なくともマスターが平均寿命で死ぬまでは豪遊して暮らしても、余りますね』
「それって下手な小国の国家予算より上だよなぁ……」
射撃位置まで移動しながら、郷志は大和と無駄口を叩きつつ懐具合の心配をする必要がなくなった事を喜んでいた。
ゲームでは、敵性体を倒した際に稀にアイテムが手に入り、それは騎体の強化に用いることが出来たり売却して必要なアイテムを購入する為のゲーム内通貨などに精算することができていた。
とにかくけだしM.F.A.の維持には金がかかる、と言うのは原作でもしょっちゅう言われていた事柄である。
『M.F.A.を必要なだけ揃えられたら苦労はしない。小さな国ならば騎体の維持で国が傾く』とまで言われていたからだ。
その辺りは似たような事が郷志も過去の世界史に於いて起こっていたので理解できていた。
第二次世界大戦前に締結されていた『海軍の休日ネイバル・ホリディ』と呼ばれた軍縮条約はその為に発効されたと言ってもいいくらいである。
当時、世界の大国と呼ばれる国々は自国の海軍力増強を躍起になって行っていた。
しかし、それは国家の財政を破綻させる勢いであったため、建造艦数の制限等の条約を提唱され、紆余曲折はあったにせよ無事発効されるに至った。
とは言えそれと同様の勢いでこの世界ではM.F.A.が製作されて居る訳ではないし、当時の国家財政と軍艦の調達価格をそのままこの時代に当てはめても仕方がない。
それにそもそもの問題点はM.F.A.にかかる費用だけではなく、それを操る者の方にもあるのだ。
M.F.A.の基幹部分であるマジス・コアと呼ばれる、魔力を魔法へと変換する為の核、要は魔法の発動体であるのだが、搭乗者はこれと『合一』と呼ばれる魔力波の同調による共鳴を行えなければならない。
それは基本的に、魔力を持つ者でなければ操作する事どころか起動さえ不可能だということであり、尚且つマジス・コアの持つ固有魔力周波数に自身の魔力波長を合わせると言う、ある種特異な技術が必要なのであった。
通常、一個人が魔法の発動体として使用する魔晶結石には、使用者の魔力を乗せて発動の助力をさせる。
杖や指輪、腕輪等に取り付けられることが多いこれらは、発動体と呼称される所謂「魔法の杖」だ。
この場合、使用者の魔力波長の方に合った魔晶結石が選ばれる為、魔力さえ保持していれば特に問題はない。
多少のズレがあっても、使用するに従って保持者の波長に徐々に馴染んでいき、使い込むほどに発動体としての能力は上がってゆく。
翻ってM.F.A.に搭載されているマジス・コアというのは、言ってみれば巨大な魔晶結石である。
M.F.A.のマジス・コアに使用が可能なほどの巨大な魔晶結石が発見されるのは稀だ。
固有波長を調整できるようにと人工的に巨大な魔晶結石を合成しようと努力は続けられているが、未だに成功したという事例は存在していなかった。
それ故に、マジス・コアが持つ固有魔力波に搭乗者側が合わせる必要があるのだ。。
これは熟達した『魔法使い』と呼ばれる者達でさえ、いやむしろ熟練の者であるからこそ、自身の魔力波を変調させる事になるため行えない、と言われている。
加えて、マジス・コアとの合一に高い適性を持つのは、主に女性であった。
これは、母となる身である故の、その身に新たな命を育み、受け入れる事ができる女性であるためだ、と言われている。
ゴツイ男性であっても合一出来る者が居るために、その辺はどうなんだと長らく論争が続けられているのは別にして。
『まあ多くある分には困らないでしょう、経済的には』
「それってそれ以外は逆に困ることが増えるって意味だよな」
『いつの時代も金に群がる輩は居るという話です。まあ持ってると言わなければ、マスターの場合雰囲気貧乏ですから大丈夫……でしょう』
「それはそれで嫌な話だのう……」
『現実逃避は現実に戻れてからにした方がいいですよ。まあここも現実と言えば現実でしょうけれど。そういえば打ち身、痛みは消えましたか?』
「ああ、もう湿布も要らない位にな。魔法薬すげえ。でも怪我治す魔法は命に別状がない限りは使わない方がいいんだとさ、アニメの時も言ってたけど」
ゲーム的にはパイロットを癒やす魔法などは利用されていなかったために、原作アニメで語られていた弊害を口にする郷志。
なんでも魔法による癒やしは、怪我の治りを促進させるのは確かだが、同時に栄養素を摂取しなければ体力が疲弊してしまうといった悪影響も有る。
その辺りを害なく行えるのは神聖魔法と呼ばれているらしく、こちらは行使できる人材自体が極端に少ないために危機的状況でない限り温存されるという。
「ある意味それを使われてるって事は、棺桶に片足突っ込んでる状態なわけだ」
そうならなくて良かった、そう郷志は語りつつ、グラン・パクスの歩みを止めた。
『マスター、予定位置です。標的の確認……確認出来ました、表示します』
目的の射撃位置に到着するなり、大和はメインモニターの上に矢印を浮かべ、目標を掲示させた。
「戦車……かな?あと色々と」
『廃棄予定の兵器一揃いと言った感じですね。処理費用軽減でしょうか』
「威力調べるには一番わかり易いって話だよ。クロスロード作戦みたいにさ」
現実世界で過去に行われた水爆実験、それの標的艦として様々な船舶が用意され、爆心地付近に配置してその被害を検証したのはよく知られている。その中には接収された日本の軍艦、戦艦長門や軽巡酒匂なども含まれていた。
それと同様の事を行うために、彼の見据えた砂浜の先には、相当に年季の入った主力戦車を始めとした戦闘車両や、わざわざ陸揚げしたと思われる大型海洋船舶、航空船舶などがひしめき合っていた。
その中心には、少々不格好ではあるが、陸上戦艦と呼ばれる類の物まで鎮座していたのである。
『いっその事、核融合通り越して次の段階まで引き上げて見せてやりましょうか?』
「次の段階って?」
『いえ、恒星の次の段階といえば白色矮星とか中性子星とかではありませんか?』
「チャンドラセカール限界とかトルマン・オッペンハイマー・ヴォルコフ限界超えちゃう気かよ!?って出来んの?」
『理論上は』
「……実際には?」
『当騎の多連装魔導炉クラスタ・リアクターを暴走状態にさせた上で廃棄覚悟であるならばその更に上まで』
「重力縮退させてんじゃねえよ!却下だ却下!」
『残念です、どこまで出来るのか試したかったのですが。一応理論上は可能だとだけ』
「お前段々はっちゃけてきてね?」
『気のせいです』
毎度のことながらそんな無駄口を叩きつつ、郷志はグラン・パクスの射撃管制に意識を戻した。
「行きます」
そう、マイクの向こうに居るであろう者達に告げて、彼は兵装を展開した。
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