オススメの本

*今はなき、某サイトに寄稿したオススメの本についての文章です。第一回無貌賞受賞のさんへの賞品がわりに公開いたします。


●『空中庭園』杉本啓子(講談社)

最初にご紹介したいのは、この本です。「なんだ。マンガかよ」と言わないでください。読めばわかる凄みがあります。物語は淡々としており、画風も派手ではないのですが、じわじわと蝕まれていって気がつくととりこになっています。

70s、80sの少女マンガ黄金のカンブリア紀に出版された作品は、ほとんど読破しています。萩尾望都先生、大島弓子先生、大矢ちき先生、吉田秋生先生、山岸凉子先生などなど銀河流星群がきらめくあの年代で、杉本啓子先生を選んだ意味は読まなければわかってもらえないでしょう。

70s、80sの少女マンガ黄金のカンブリア紀に言及する人は多いのに、ほとんどの人が杉本啓子先生について語っていません。そういう人は、あの時代にあまり少女マンガを読んでおらず、後の時代になっても購入可能なものと、検索して話題になっているものをピックアップしているだけじゃないかと思うくらいです。暴言だとわかっていますが(自分のことかと思った人には謝ります、すいません。でもきっとあなたのことです)、それほどに私は杉本啓子先生のこととなると熱くなります。とにかく読んでください。

とぎすまされた絵もセリフは、いまでも私の身体の中に残っています。

カナダへ移住の際、ほとんどの本は手放して、5冊のみ持って渡加しました。その中で一番大切な本がこれです。三岸せいこ先生の本(単行本もりぼデもぶーけも)も内田善美先生の本も、『いまあじゅ』の載った「りぼん」も『アミ……男友達』の載ったりぼんも手放したんですよ! わかります?

この才能と表現力が埋もれてしまったのは本当に残念です。よい作品だからといって残らないし、よい作品を描く人だからといって生き延びられるわけではないということを身をもって教えてくれました。



●『九百人のお祖母さん』R・A・ラファティ(早川書房)

私は短い小説を読むのも書くのも大好きです。ショートショートの中で一番好きなのが、『七日間の恐怖』で二番目に好きなのが『スロー・チューズデー・ナイト』。どちらも『九百人のお祖母さん』に収録されている作品です。

人を食った意表を突く展開とキレのよいオチ。『七日間の恐怖』の最後のオチは目から鱗で、あれを超えるオチを書けたら死んでもよいと思うくらいです。

それなのに、国内ではあまり知られていないことが悲しいです(一部の層を除いて)、先日ショートショートに一家言お持ちの先生(ご自身でもショートショート集を出版なさっている)が、R・A・ラファティ先生をご存じなかったことは衝撃でした。私にとって、『七日間の恐怖』を読んでいないということは、ミステリでシャーロック・ホームズやエラリー・クイーンを読んでいないことに等しいように思えたのです。

人を食ったきれいなオチが大好きな私としては、雰囲気で読ませたり、考えさせたりするショートショートばかりが出版される昨今の風潮にはなじめないこともあって、著名ショートショート作家の先生方をさしおいてR・A・ラファティ先生を紹介いたしました。

R・A・ラファティ先生は、よい作品だからといって、その界隈のキーパーソンに読まれるわけではないことを教えてくれました。世の中は皮肉と欺瞞に満ちています。



●『未来世界から来た男』フレドリック・ブラウン(東京創元社)

小説界のダヴィンチ、フレドリック・ブラウン先生はなんでも器用にこなしてらっしゃいますが、人を食ったきれいなオチのショートショートもたくさん書いてらっしゃいます。あまりに有名すぎるので短めで失礼します。



●『ようこそ地球さん』星新一(新潮文庫)

日本でショートショートといえば星新一先生です。私は先生が小説現代誌上で開催していたコンテストの投稿者であり、掲載者でした。今でも私の投稿した作品を収録した文庫が書店に並んでいます。

当時、入賞者を集めたパーティが年末にあって、お誘いいただいたのですが、仕事で行けませんでした。泣く泣くお断りの返事を差し上げたところ、編集部から「星先生がお会いしたいとおっしゃっています」とわざわざ電話までいただきました。あの時、行けなかったことは死ぬまで後悔するでしょう、というか死んでいいくらいもったいなかった。その後、掲載された作品は下條アトム先生のラジオで朗読されました。

星新一先生は、島田荘司先生と並んで私の心の支えであり目標です。

あまりに有名すぎるので短めで失礼します。



●『メタマス!』グレゴリー・チャイティン(岩波書店)

実は「メタマス!」は原書で読んだので日本で出版されたものは未読です。すみません。読んでないのに紹介するってどうなんでしょうね? ダメっぽいですか、じゃあこの節は飛ばしてください。

ゲーデル先生の「不完全性定理」、チューリング先生の「停止性問題」、チャイティン先生の「Ω」は物事の本質を考える時に知っておかねばならないことのひとつだと考えています。物事の本質に思いを馳せる人の中に、「不完全性定理」や「停止性問題」を知らない人はいないと思うので、チャイティン先生を紹介することにしました。

この本は一般向けに書かれてはいますが、数学の素養がないと理解できません。もちろん私も理解していません。雰囲気で察しています。



●『電話男』小林恭二(角川春樹事務所)

インターネットなどない時代から、この作品は存在し、いまでもおもしろく、切ないです。そのことも含めてすごい。おもしろいものは陳腐化しないのだと教えてくれました。

私の書くサイバーミステリが時代を経ておもしろくなくなったとしたら、それはジャンルのせいではなく力不足のためです。もとからつまらないという突っ込みはおいときます。

なお、同じ著者の作品で『ゼウスガーデン衰亡史』も破天荒な妄想の広がりが素敵です。ただ、おしむらくは、これは大河小説のあらすじなんですよね。



●『幻想妄想かるた』ハーモニー(医学書院)

作ったのは東京都世田谷区の精神障害者就労継続支援B型事業所「ハーモニー」の人たち。かるたと、解説冊子およびDVDのセットです。統合失調症についての解説も載っており、大変おもしろくためになります。

 この本の存在を知ったのは、「パリパラ」というNHK番組でした。障害者によるバラエティショーをやっておりまして、脳性マヒ患者が話した内容を看護士のみなさんが当てるゲームとか、漫才やコントなど、ここまでやるのかNHKという内容で、このためだけに視聴料を払ってもよいと思えるくらいでした。笑えてためになって、しかも考えさせられます。

最近では、SHOW-1グランプリという日本で一番おもしろい障害者パフォーマーを選ぶ大会まで開催しているとか! アルコール依存症の絶叫詩人、寝たきりのコント職人、高次脳機能障害のビジュアル系アーティスト……卑怯なくらいおもしろそう。カナダにいて視聴できないのが悲しいと思ったテレビ番組はこれだけです。

閑話休題

この番組で、『幻想妄想かるた』を知ってすぐに予約しました。同業の物書きの方から、「一田さんは頭のおかしい人を書くのがほんとうにうまい」と評される私が、このかるたを見逃すわけにはいきません。新しい発見がぎっしりつまっていて驚かされました。

みなさんも買って、この手の本がたくさん出版される環境作りをしましょう。なお、DVDに収録してある市原悦子さんの読み上げは、なんとなく怖くて聴いていません。



●さらに……

他にもたくさん紹介したい本はあるのですが、またの機会にあらためてということでいくつかタイトルのみあげておきます。他の作家の方が紹介しそうな本はできるだけはずしました。似たようなこと何度も読みたくないでしょ。


『ヴィクトローラきこゆ』三岸せいこ(集英社)

『アミ……男友達』一条ゆかり(どの単行本に収録されているか見つかりませんでした。すいません)

『いまあじゅ』大矢ちき 『キャンディとチョコボンボン』(小学館文庫)収録

『人間仮免中:』卯月妙子(イースト・プレス)

『Dブリッジテープ』沙藤一樹(角川書店)

『アメリカンパイ』萩尾望都(秋田文庫)

『熱帯のシトロン』松本次郎(太田出版)


なお、渡加の際に持ってきた5冊の本で、今回取り上げたのは杉本啓子先生の1冊のみです。宝物なんですから簡単には開帳しません。

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