第15話 師弟

 狭いアパートの一室で、劉と楼華を前に鬼灯たちはすし詰め状態ながらようやく落ち着きを見せていた。


「なるほどネ。朝顔が寝返って、隠れ家に敵が侵入してきて仕方なくってところカ」


「あの場でなければ俺や仏の力でどうとでもなったが場所が悪かった」


「私のほうはすでに許容限界ギリギリでしたので、あの数を制圧するのは難しかったですね」


 言いながら、森は蛍袋に視線を向けた。


「オレか? オレは仕事をしただろ。周りの奴らが反応悪過ぎだ」


「まぁ、過ぎたことを言っても仕方が無い。とりあえず現状把握だ。あの場で菖蒲と赤座は殺され、気配で気が付いたと思うが宝仙も殺された。……面倒なのは敵側に枝垂がいることだな」


「緑梟の枝垂か。殺されたと思っていたんだが、生きてんのか?」


「ゲートを確認したので間違いありません。とはいえ、彼の力は私と同じように一日の上限があるのでそれほど重要視する必要は無いでしょう。問題はやはり百合さんです。緑梟が赤鷲に勝つことは有り得ますが、赤鷲が黒鴉に勝てることはありません。相性次第では私や蛍袋さんでも負ける可能性は十分にあります」


「一緒にすんじゃねぇよ。確かにオレじゃあの姉ちゃんには勝てねぇが、緑梟に負けるつもりはねぇ。強いて相性が悪いのは竹田くらいなもんだ」


「では、竹田さんはお任せします。私にはそもそも相性など無いので」


「それはオレに喧嘩を売ってるってことで良いのか? 買ってやるぞ?」


 痴話喧嘩のように言い合う二人を横目に、ススキは鬼灯に視線を向けた。


「あの、紅葉さんはどこに行ったんでしょうか? ……味方、ですよね?」


「百合と師弟関係だった故に俺も最初は疑ったが、事が起きた後の反応と、十三號室で百合の名を出した時の反応を見て関わっていないことはわかっている。おそらく確かめに行っているんだろう。百合の真意を」


「それって、一人で行かせるのはマズいじゃないですか!?」


 不意に立ち上がったススキを眺めながら、鬼灯は煙草を蒸かせた。


「落ち着けよ。あいつなら簡単に殺されることは無いだろうし、選ぶのはあいつ自身だ。何より、今のお前が行ったところで足手纏いになるだけだとわかっているはずだろ」


「それは……わかっています、けど……」


 そんな様子を眺めるもう一人の白雀は、おずおずと手を挙げた。


「あの、未だに状況を掴めていない者がここに一人いるんですけど」


「ああ、え~っと……お前、名前は?」


久豆くずです。白雀の久豆」


 名前を聞いた上で、その場にいる劉や楼華ですら首を傾げている。


「見覚えはあるが面と向かって話すのは初めてだな。白雀ってことは忌人になったのは最近だよな? 師匠は?」


「特にいないです。忌人になったのは二か月ほど前なので」


「それでよく生き残れたな。力は?」


「えっと、身体強化です」


 申し訳なさそうに言う久豆に対し、真っ先に反応したのは蛍袋だった。


「そんじゃあ本当にひよっこだな。ここからは忌人との殺し合いだ。劉、あとで何か武器を見繕ってやれ」


「当然そうするヨ。他の皆の装備も用意するから、少し席を外すネ。桃幻狭から持ち出せた装具を持ってくる」


 そう言って出て行った劉と楼華を見送ると、考えるように俯いていた森が顔を上げた。


「一つ棚上げしていた問題があります。そもそも、百合さんを含め、協会側に付いた忌人はなぜ私たちを殺そうとしているのでしょうか?」


「理由が何にしても判明している目的は二つだ。俺たちを殺すことと、ススキを生きたまま捕らえること。考えられる可能性はいくらでも存在しているが、自分たちのやろうとしていることが俺たちの意にそぐわないと自覚しているから、反対される前に殺してしまおうってところか」


「なら、殺される前に殺しに行くってのも有りだな」


「どうでしょう。何も明確になっていない状況で派手に動くのは得策とは思えません。それにあの時の部隊――あれはおそらく警察の特殊部隊でしょう。つまり、百合さんの側には協会だけでなく政府がいることになります。となれば、こちらが圧倒的に不利な場所に立たされている事実は変わりません」


 森の指摘に三人は考えるように四方へ視線を飛ばしたが、ススキだけは思い付いたように顔を上げた。


「私のことを捕らえるつもりなら、こちらから行くのはどうですか? そうすれば忌人の皆さんも戦わずに済むのでは?」


「それなら初めからススキだけを狙えばいい。あいつらはお前を手中に収めた後でも、俺たちを殺そうとすることに変わりはない」


「それじゃあ、どうすれば――」言い掛けたところで、窓の外からこちらを見詰めてくる兎に気が付いた。「……ここって、二階ですよね?」


 その言葉に視線を追った四人が兎に気が付くと、蛍袋が窓を開けた。


「心配ねぇ。こりゃあ山吹の力だ」


「――鬼灯。そこにいるか?」


 兎から発せられた声に、鬼灯は片眉を上げた。


「仏。こっちは劉と楼華を含む七人。そっちは?」


「――この場には五人。これからどうするかって話だがの」そこで一度、声が途切れた。「――鬼灯さん、提案があります」


「万象か。聞こう」


 そこにスーツケースを持った劉と楼華が戻ってきたのと同時刻――公園の池を眺める百合の背後に紅葉が現れた。


「師匠。うちが聞きたいこと、わかってますよね?」


「ええ、わかっているわ。でも、聞いたところで理解できないとわかっているからこそ、貴女をこちら側に引き入れなかった」


「やから、殺そうとした?」


「この計画において、貴女は必要が無い以上に邪魔になる。だから、殺すしかないのよ」


「その計画について何も知らないんやから、まだ反対するかもわからんやろ」


「わかるのよ。貴女は絶対にこちら側に付くことは無い」


「だから、そんなん――」


「なら貴女は無関係な一般人が大量に殺されるのを、見て見ぬ振りできる?」


 真っ直ぐに見詰められながら向けられたその言葉に、紅葉の体を包む翆が揺らいだ。


「……師匠が嘘を吐かないことはうちが一番よく知ってる。ほんなら、師匠たちのしようとしていることを達成するには、絶対に人が死ななあかんってこと?」


「世界を救うために必要な犠牲よ」


「世界の前に、目の前の人を救うのが忌人やろ!? うちら忌人は鬼を殺す! それが――それだけが救いになるって言ったのは師匠やんか!」


「そうね。今でもその考えは変わっていないわ。でも、綺麗事だけでは救えない命もある。これから先に死ぬ大勢の命に比べれば、私たちのしようとしていることは微々たる犠牲で済む」言いながらも、百合の瞳には諦めの色が見える。「でも、貴女はそれも許せないのよね」


 憐れむような視線を向けられた紅葉は、何一つ言葉が響かないことに唇を噛み締め目元を拭うと、大きく深呼吸をした。


「わかった」呟くように言うと、袖の中から取り出した紙の筒を伸ばした。「うちの役目はここで師匠を殺すこと、やな」


 百合に向かって伸ばした筒を剣のように振り下ろせば、横から現れた桔梗がその紙の剣を受け止めた。


「お久し振り」


 剣を弾かれた紅葉が距離を取るように退くと、互いの殺気がぶつかり合った。


「桔梗姉はそっち側に付いたんやな」


「妹弟子を殺すのは忍びないけれど、お互いに好いていないのは気が付いていたわよね?」


「うちは別に好きでも嫌いでも無かったんやけど、邪魔するんやったら桔梗姉でも容赦はせんよ」


「容赦なんて必要ないわよ。元から殺すつもりなんだから」


 そう言って桔梗が手を挙げた瞬間、公園の草むらの陰から忌人たちが姿を現した。


「いることはわかっていたけどな。気配を悟られるくらいの力なら警戒する必要も無いと思っていたんやけど、白雀に混じって緑梟が数人いるくらいでうちは殺せへんよ」


「じゃあ――試してみようかしら」


 桔梗の殺気に呼応して、周りを囲む忌人と紅葉が翆を膨れ上がらせた瞬間――不意に現れた気配に全員の視線が持っていかれた。


「お取り込み中のところ悪いね。よぉ、百合。息災か?」


 紅葉の肩に腕を掛ける鬼灯を見た百合は途端に表情を変え、眉間に皺を寄せた。

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