第1話
微かに残ってしまった桜も、ここ一週間の雨天続きですっかり散ってしまっていた。雨が降った晩は冬のように寒かったが、晴れれば微睡みの中に逃げてしまいそうなぐらい心地良い気温だ。
地面を見れば、誰かが植えただろう春の花が空に向かって咲いている。そんな中、真司は空を見ながら学校へと向かっていた。
「今日は晴れて良かったなぁ」
ここ最近雨続きもあって、天気予報をマメに見るようになった真司。
そして、真司はなによりも日曜日の天気を一番気にしていた。
(今週は雛菊と先生のデート。天気が晴れますように……)
心の中で太陽に向かって祈っていると後方から真司のことを呼ぶ声が聞こえてきた。
「おーい、真司!」
「ん? あ、二人ともおはよう」
「おはようさん!」
「おっす」
真司に声をかけてきたのは、真司の友達の海と遥だった。
海と遥は真司を挟み込むように隣を歩く。
「いや〜、晴れてよかったなぁ。雨ん中行くとか、ほんま嫌やったわ!」
「だね」
真司が海の言葉に同意すると、隣にいた遥が「……そういや、今日の体育はやっぱり体育館なんかな」と海と遥に尋ねた。
「あー、どうやろうな? グラウンドを見た感じ体育館っぽいけど」
「うん。水溜まりが結構あるし。このまま干上がったら外になるかもね」
横のグラウンドを見ながら話す歩く真司達。
真司は遥の方を向くと「体育館だとなにするのかな?」と遥に聞いた。
「……バスケ、とか?」
「バスケかぁ。うー……どっちみち僕には向いてなさそうだなぁ」
苦笑いをしながら言う真司に海が真司の肩を叩きグッと親指を立てる。
「大丈夫や真司! ボールが渡って来たら遥に渡せばええねん!」
「……おい、そこは俺に任せときやろ」
「いやー、俺、バスケは微妙やかさぁ。ボール持つより蹴る方が好きやし」
ジト目で遥は海を見る時「はぁ……」と溜め息を吐く。
「運動しか取り柄が無いくせに、よくそんなこと言うなぁ」
「なっ!? おまっ、失礼すぎやろ!」
「何言ってんねん。これは褒め言葉や」
「なら、許す」
二人のやり取りにクスリと笑う真司。
真司は今度は海の方を向くと「でも、荻原は運動全般得意だよね。苦手って言うけど、すごく上手いし」と海に言う。海は照れたように頭を掻きニヤけた顔をする。
「そっ、そうかぁ〜? えへへ」
「神代も体育ではいつも活躍するし、二人ともすごくカッコイイよ」
「…………お、おう」
海と遥が真司の絶賛の言葉に照れていると、目の前から水鈴が現れた。
真司は水鈴を見つけ校門の前で鉢合わすと水鈴に挨拶を交わした。
「大神さん、おはよう」
「……おはよう」
歩みを止めることなく門をくぐり、横目で真司を見て挨拶を返すと水鈴はそのまま下駄箱へと向かって行った。
真司達には気にもとめないように一人で歩き靴を履き替え教室へと向かう水鈴。真司はそんな水鈴をジッと見ると「早く仲良くなれたらいいのになぁ」と小さく呟いた。
それを横で聞いていた海が「俺も俺も!」と真司に同意する。
「崖の上に咲く高嶺の花って言われるんやで!? 仲良くなれたらどんなにええか……へへ……」
水鈴と仲良くお喋りする想像でもしているのか、海はニヤニヤと独りでに笑っていた。
そんな海の様子に苦笑いをこぼすと、真司の背中に突然悪寒が走った。
「っ!!」
ゾクリとする感覚に真司が足を止め周囲を見回す。だが、周りには学校に向かう生徒ばかりで妖怪達もそれらしいモノも見当たらなかった。
真司は突然の悪寒に一瞬不安が過ぎる。まるで、人ではないモノに睨まているような殺気を向けられているような感じがしたからだ。
(なんだったんだろう……今の……)
真司が立ち止まったまま考えていると海が真司を見て首を傾げる。
「急に止まってどうしたん?」
「あ、ううん。なんでもない」
何事もなかったかのように言う真司に遥はジーッと見ていた。
遥の視線に気づいた真司は遥と目を合わすと「どうしたの?」と遥に尋ねる。
「いや、別に。ほら、学校行くぞ」
「うん」
真司の肩をポンと叩き先に歩き出す遥。真司はそんな遥の背を追い海もその後に続いたのだった。
そして、真司達も校内に入り下駄箱で靴を履き変えると真司は雛菊の様子が気になり、無意識のうちに雛菊がいる方へと目が行っていた。
(菖蒲さん達が今の一般常識を教えるからって雛菊さんをお店に泊めてたけど、もう帰ってるのかな?)
そう。雛菊は、桜から別の桜へと移ったり花びらが風に舞うように浮遊して散歩をすることはあっても、人間が使っている物・流行り・機械の使い方などを知らなかったのだ。
商店街にある物はある程度使えるが、交通機関など洋式のマナーなどはからしきだった。
花見の時に雛菊が初めて洋服を着た時も、スカートという名は聞いたことも見たこともあるが実際に着たことはなく初めて着用した時は靴もスカートも慣れずオドオドとしていたらしい。
(うーん……気になるなぁ。少し見に行ってみようかな)
雛菊のことが心配で様子を見に行こうと思った真司は、海達に「先に教室に向かってて」と言うと早足で雛菊がいる場所へと向かった。
上履きが汚れないようになるべく濡れていない地面を歩く真司。
真司は雛菊の様子を壁から覗き込むようにそっと顔を出す。
「いない……」
しかし、覗いて見たはいいものの、そこには雛菊の姿は無かった。
真司は桜木の下に行くと「まだ菖蒲さんのところか」と呟いた。すると、頭上から「お? 宮前か?」と真司を呼ぶ声が聞こえ、真司は顔を上げた。
そこには窓の縁で頬杖をついている稔が真司のことを見下ろしていた。
稔は真司に手を小さく振り「おはようさん」と挨拶をする。
「おはようございます」
「お前、そんなとこで何してんの?」
稔の質問に思わず動揺する真司。
雛菊のことを言えるはずもなく、かと言って用もないのにこんな場所にいた理由も浮かばない。なんて答えようかと目まぐるしく考えていると、パッとある答えが浮かんだ。
「ねっ、猫を見つけたんで追いかけてたんです」
真司の返答に稔が「ふーん」と返事を返す。
「そんなの通ったけ? まぁ、いいや。宮前、ちょっと上がって来いよ」
「は、はい」
真司はそう返事をすると下駄箱の方へとまた向かう。上履きについている簡単に砂を落とし階段を上り、稔がいる準備室へと向かう真司。
真司は、準備室に着くとドアを開け中に入った。
「先生、来ました……けど……え?」
「お〜、はよ入れ入れ」
ドアを開け中に入ったはいいが、真司は稔がジャムたっぷりの食パンを窓辺で食べているのを見て唖然となる。
「せ、先生……それ……」
「ん? パンだな」
「い、いや、それはわかるんですけど……」
(ここ学校だよ!? 先生……自由すぎますよ……)
茶菓子だけではなく学校で朝食を食べている稔に真司は半場呆れながらも苦笑すると、稔は最後の一口を食べると指先についたジャムをペロリと舐めた。
稔は机にに置いてあるティッシュを一枚取り出し手と口元を拭う。
「まぁまぁ、宮前の言いたいことはわかる。が、バレなきゃいいんだよ!」
グッと親指を立て素晴らしいというぐらい眩しい笑顔を見せる稔に真司は「はぁ……」と溜め息を吐きドアを閉める。
「先生……雛菊さんの前でもそんなことしたら嫌われますよ……」
(まぁ、あの雛菊さんのことだからそれは無いと思うけど)
ちょっぴり意地悪なことを言う真司に稔はギョッと驚く。
「え、そうなの!? それはまずいな……」
真司の言葉を真に受ける稔。
真司は稔の向かいにある椅子に腰掛けながら苦笑すると「雛菊さんのことを本当に好きなんだな」と思ったのだった。
稔は首筋に手を当て「あー、その……」と、言いよどみながら真司と目を会わす。
「宮前、ありがとうな。チケットと手紙渡してくれて」
「いえ、大丈夫です」
ニコリと笑みを浮かべながら言う真司。稔もそんな真司の表情を見てフッと笑みをこぼした。
「ほんと、お前は良い奴だなぁ」
「そうですか?」
「最初は一人で居ていつも何かに怯えるような感じがしたが、最近はお前も友達同士で笑うようになったし。いい方向に変化してるなって俺は思うぞ」
そう言われ、内心照れる真司。
真司は前髪に触れ「そ、そうですか……」と恥ずかしげに呟いた。
「中学生っつーのはな、いっぱい考えて、悩んで悩んで悩みまくるんだわ。荻原みたいな何も考えてなさそうなアホもいるけどな、ははっ」
稔はポケットからペロちゃんキャンディーを取り出し口に含み話を続ける。
「高校生になるとある程度落ち着いて来るんだが、中学生が一番思春期真っ只中でな。人間関係についても自分の人生についても、ここが分岐点の一つになるんだよ」
「分岐点、ですか?」
「おう。ここで学んだことや身についた知識、思ったこと、感性……その他諸々が自分の人生の糧になり将来に続いていく。まぁ、分岐点つっても小枝みたいに小さいかもしれんが、そこから一直線に進む奴もいれば何度も何度も引き返したり違う道を選んだりするんだよ」
そう言うと稔は口にあるキャンディーをコロリと転がした。
「自分で選ぶ道と後ろや前から押され引っ張られ、無意識に歩いている道がある。それが正しいのか正しくないのかは、その道を歩いてみないとわからないが……宮前の場合は、いい方向に歩いているようだな」
真司に向かってニカッと笑う稔。真司は稔が教師らしいことを言っていて内心驚いていたが、真司は自分がいい道を歩いているということに少し喜んでいた。
(自分ではよくわからないけど……そっか、いい方向に向かってるんだ)
何個もあるだろう人生の分岐点。真司の場合、自らその道を歩くのを止めてしまったが菖蒲達が引っ張ってくれたおかげで笑えるようになった。
自然と口角が上がる真司を見て、稔はクシャッと真司の頭を無造作に撫で笑った。
「ははっ、宮前自身も嬉しそうだな。良い事だ! ここで学び・感じたことはまだまだ序の口だが、絶対にその気持ちを忘れるんじゃねーぞ」
「はい」
真司の返事を聞いて稔はまたニカッと笑みを見せた。
そして、話を切り替えるように真司の頭から手を離すと「そ、それで……さ」と気まずそうな目で呟いた。
「雛菊さんの話に戻るんだけどな……その……あの人の好みとかってわかるか?」
「好みですか?」
「あぁ、ご飯とか……こういうお店が好きとか」
真司は床を見て「うーん……」と唸りながら考える。
「雛菊さんの好きな物、ですか……」
稔に聞かれ思ったが、真司は雛菊のことを全然知らなかった。いや、正確に言えば知ってはいるが、雛菊の趣味や好き嫌いというものが全然知らなかったのだ。それは雛菊でけではない、菖蒲も白雪達の好き嫌いも真司は全然知らなかった。
もう半年近くはいるのに、商店街にいる人達のことをわかっているようでわかっていなかった事実に真司の心が少しだけ痛くなる。
(お雪ちゃんや星君の好きな物は何となくわかるけど……それも本人達から聞いたわけじゃない……。僕は……)
「自分から全然聞こうとしなかった……」
そう。真司は話を聞くことはあっても、些細な質問をすることはあっても、相手との距離を縮めようとする話を自分からしたことは無かったのだ。
そんなことを頭の中で考えていると「宮前?」と、稔が真司のことを呼んだ。
真司はハッとなり稔と目を合わす。
「あ、すみません! えっと……先生、ごめんなさい。雛菊さんの好きな物とか嫌いな物とか、全然わかりませんでした……」
落ち込む真司を見て稔は苦笑いをこぼす。
「いや、こっちこそ聞いて悪かったな。宮前には手紙を渡してくれただけでも感謝してるのに、つい頼っちまう」
「あっ、あの! 雛菊さんの好きな物とかそういうのはわからなくても、僕にできることなら何でもしますからいつでも言ってください! 僕、雛菊さんと先生のこと応援してますから!」
「宮前……お前……」
真司の言葉に稔は心打たれ目頭をぐっと押さえる。
「ほんっと、良い奴だな……! 良い奴過ぎて、先生……寧ろ不安になる。社会って荒波のように激しいからさ……はは……」
天井を見上げから笑いを上げる稔は、ふと時計を見て「お、もうこんな時間か。そろそろ職員室に戻らないとな」と言って立ち上がる。
真司も鞄を持って椅子から立ち上がった。
「僕も教室に向かわないと」
真司達は一緒に準備室を出る。稔は準備室のドアに鍵を掛けると真司の方を向いた。
「また何かあったらさ、宮前に相談するけど……その時は宜しく頼む。宮前も何かあればいつでも頼ってくれて構わないからな」
「はい!」
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