第3話

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 今日は始業式なので、授業は無く今後の説明とクラス内の挨拶や委員会等を決め配布物を配れば終了だ。

 いつもなら、そのままあかしや橋を渡り妖怪の街である"あやかし商店街"へと向かうつもりだったのが。


(なんか、こうなっちゃったんだよね……)


 そう思いつつ、真司は目の前に置かれている湯呑みを見ていた。更に前隣には、欠伸をする担任がいる。


「ふぁ〜ぁ。今日は暖かいなぁ〜」

「そ、そうですね」

「おう。遠慮せず飲めよ?」

「は、はい。有難うございます」


 湯気が立っている湯呑みに口をつける真司。自分にはお茶の温度が少し熱かったのか「あちっ」と、思わず言ってしまった。


「大丈夫か?」

「あ、はい。大丈夫です」


 少し冷ましてからズズズーとお茶を飲む真司。

 新車は担任である稔をチラッ見て、何故こうなったのか再び考える。というよりも思い出していた。


 ――事は数分前になる。


 鞄を持ち、海と遥と帰ろうとした真司は、突然、担任の稔に呼び止められた。


「あー、宮前」

「はい?」

「ちょっと話があるから、着いて来てくれるか?と、その前にやる事あるから、ちょい待ってや」

「へ? あ、はい……」


 首を傾げながら返事をする真司に、海が耳元でコソッと真司に聞く。


「なんや、真司。悪い事でもやってもうたんか?」

「え? 何もしてないけど……」


 そう言いつつも確信を持てない真司。

 何せ、自分は妖怪や神様を見える目を持っているので、外を歩いている小さい妖怪を見るとつい目で追ってしまってり、突然現れる妖怪には驚いたりもしてしまうからだ。

 しかし、真司以外の人間には彼等の姿は見えていないので、きっと周りからは変な奴と思われているに違いない。


(はたから見たら変な行動してるもんね……あぁ、どうしよう……)


「なんだか不安になってきた」


 真司がぼそりと言うと、その呟きが遥に聞こえたのか遥は海の襟を掴み引き寄せた。


「お前が変なこと言うから、宮前が不安がってるやんか」

「えぇっ!? 俺!?」

「何か頼み事かもしれねーだろ。阿呆」

「まぁ、そうやけど……」


 バツの悪そうな顔で言う海に、遥は真司を見て「宮前、俺らは先に帰るから。コイツ居ると煩いしな」と、言った。


「うん、わかった」

「ちょっ!? 真司も頷かんといてや! お前らひで……」


 もちろん、真司にとっては海のことを煩いと思ってはいない。ただ遥が先に帰るからということなので返事をしただけだ。


「じゃ、また明日な」

「うん」

「真司〜、明日な~」


 海の襟を掴みズルズルと引きずるように教室から去る二人を見て、真司はクスッと笑う。


(あの二人、本当に仲が良いなぁ)


 二人が去るとタイミング良く稔が真司の肩をポンッと叩いた。


「お待たせ。んじゃ、行くかぁ」

「はい」


 そう言って連れて来られたのが、この準備室である。

 話とは何なのか。本当に頼み事なのだろうか?

 真司には全く予想がつかなかった。


(も、もしかして、無意識の内に本当に何か悪いことをした……とか?)


 しかし、そんな覚えは自分には無い。

 わからない。何故、自分はここに呼ばれたのか。

 そして、もう一つ思うことがある。この準備室だ。

 図書室の隣にひっそりと建っている準備室の中はシンと静かだった。

 それは良しとしよう。静かなことは良いことなのだから。

 しかし、この準備室には似ても似つかない物がただただ置いてあるのだ。

 小さなコンロに電気ストーブ、珈琲メーカーに小さな食器棚、どう見ても個人用にしか見えない本棚。そして、食器棚からチラッと見えるお菓子の山があった。

 勿論、お菓子はテーブルの上にも置いてある。


(えーと……ここって、準備室だよね?)


 全てが謎に包まれていた。

 それを察したのか、稔は気だるそうに頭を掻きながら苦笑いをする。


「あー……お前の言いたい事はわかるぞ。うん。ここは……まぁ、あれだ。準備室という名の休憩室やな」

「…………」

「あ、はい。すみません。無断で勝手に私用にしている教室です。だから、そんな目で俺を見ないで下さい……。生徒からそんな目で見られると胸がチクチクと痛んで泣きそうや」


 手で顔を覆いシクシクと嘘泣きする稔。


「はぁ……」


 クラスの生徒が、自分達がしっかりしなければいけないと言った理由が多少わかった気がした。

 それ以前にも、思うところは勿論あったからだ。


「それで、僕に何の用でしょうか?」


 真司は湯呑みをテーブルに置く。稔はヘラっとした表情で笑っていた。


「そう緊張すんなって。ほら、同じ同郷仲間としてさ」

「え?」

「ん? あれ? もしかして、気づいてなかったとか?」

「ま、まぁ……はい」


 真司がぎこちなく頷いていると、稔が「俺、元は東京出身。たまに標準語でも喋るんやぞ?」と真司に言った。


「あぁ〜。言われてみれば」


 今まで全然気づかなかった真司に、稔はガックリと肩を落とす。


「うわー……なんか、ショックやわぁ。標準語で喋っても生徒からはキモイ言われるし」

「す、すみません……」

「いや、いいよ。気にすんな。でだ、最近どうよ?」

「へ?」


 突然の質問に真司はキョトンとした表情になる。


「そう言われましても……普通ですかね?」

「ふーん」

「あのぉ……急にどうしてそんなことを?」


 真司が稔に尋ねると、稔は伸びたあご髭に触り「ん〜……」と小さく呟く。


「宮前は転校してきた頃はクラスに打ち解けてなかったからなぁ。教師としても普通は心配ぐらいするさ」


 真司は、何故か気恥しくなり頬を掻く。こうやって教師に心配されるのは初めてだったからだ。


「えっと、あ、ありがとうございます……」


 照れている真司を見て、稔は徐ろに真司の頭をワシワシと撫でる。無造作に撫でられたせいで真司の髪は稔みたいにボサボサになった。


「ちょっ、先生!?」

「一丁前に照れやがって。はははっ」

「っ!!」

「まぁ、今のお前からは確かに大丈夫って感じがするからな。神代もワンコな荻原もいるしな!」


 少し嬉しそうな顔をした真司は、黙ったままコクリと頷く。どうやら、真司自身も海や遥と同じクラスで嬉しくて安心しているみたいだ。

 稔は真司の頭から手を放すと、今度は食器棚の上段から可愛らしい入れ物に入ったチョコレートを取り出した。


「ほれ、お前も食え」


 ポイッと真司に投げるように渡す稔。真司は慌ててそれをキャッチし、自身の掌にある四角いチョコレートを見た。


(いちご味?)


 チョコレートが入っているアクリルの丸い入れ物といい、チョコレートといい、ちょっと乙女っぽい一面もこの先生にはあるようだ。


「ん? チョコレート嫌いか? なんなら、マシュマロもあるぞ? あ、飴とクッキーもあるぞ」

「だ、大丈夫です。ありがとうございます」

「おう。しかし、そろそろ暖かくなってきたから、チョコレートも冷蔵庫入りだな~。夏用に何かお菓子を用意しとかねーとなぁ。葛餅とか美味そうだな……うん。小さい冷蔵庫もそろそろ置いてみるか?」


 なにやら真剣に悩み、独り言を言い続ける稔。真司が傍にいるせいなのか、いつの間にか話し方も標準語に戻っていた。

 稔は、ふと何か思いついたのか真司に「宮前は、和菓子で美味しい店とか知らんか?」と、聞いた。


「和菓子ですか? 和菓子……和菓子……あ」


 "和菓子"という単語に真司はピンとくる。だが、よくよく考えればアレは別物だった。

 なにせ、真司の知る和菓子屋とは妖怪が作ったお菓子なのだったから。

 が、時は既に遅し。


「お、何か心当たりがあるか!!」


 何と言い訳しようそう考えていたが、稔は食いつくように真司の肩を掴みグイッと顔を近づけさせた。


「何処だ!? やっぱり、梅田辺りか!? それとも、京都か!? あ、もしかして、東京か!?」

「ちょっ、先生、落ち着いて下さい!」

「はっ!! お、おう……すまん、すまん。つい興奮してしまったな」


 パッと手を離し、恥ずかしそうに一咳する稔。


「えっと、その……知り合いが和菓子を作っているんです。それしか思い付かなくて……」

「知り合いが!? すげーな!! 和菓子作る知り合いかぁ……いいなぁ~……試作菓子とか貰えるんやろなぁ〜」

「まぁ、たまにですけど」

「マジか!? 是非とも、その試作を自分にも下さい」


 いつもの稔からは想像がつかない真顔っぷりに真司は思わず唖然となる。この担任はどうやら乙女ちっく成らぬ極度の甘党でもあるらしい。

 見た目とは裏腹な性格を知り、思わず真司はクスッと笑ってしまった。


(この先生って、こんな人なんだ)


「ははっ」

「あ、笑ったな!? 悪かったな、甘党で……昔は、普通だったんだぞ? 禁煙強化中で甘党に目覚めた。不可抗力だな。いやぁ~、禁煙すると食べ物が美味くなるって言うけど、あれはマジだった。おっと、これは秘密な。後、ここの場所もな」

「はい」


 不思議とこの先生となら一年間を無事にやって行けるような気がし、他の生徒が彼のことを気に入る理由もわかるような気がしたのだった。

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