第1話

 ——季節は冬。


 掛け軸の一件から数日が経ち、秋の匂いもいつしか冬の匂いに変わっていた。

 そんな中、菖蒲と真司は人間の世界で買い物をし、買い物袋を抱えて歩いていた。


「もう、冬の匂いだなぁ」

「おや? お前さんも、匂いには敏感なのかえ?」


 真司の隣を歩いている菖蒲が言った。

 菖蒲は、萌黄色もえぎいろの生地に黒のダイヤ柄が縦に入り、所々に薔薇色の小さなテディベアが刺繍されている着物を着ている。帯は黒の生地に、銀色の音符が散らばっていた。

 中襦袢なかじゅばんの襟元は赤の生地にくるみ割り人形の柄が入り、全体的にもちょっぴり現代風で可愛らしい着物だ。

 そんな菖蒲の言葉に、真司は澄み切った青空を見上げ考える。


「匂いにはそんな敏感ではないですけど……なんていうかぁ……うーん。冷たさとか、澄んでいる空気っていうのでしょうか? そういうのが冬だなぁって……」

「ふふふっ」


 真司の言葉に菖蒲が静かに笑う。真司は自分の説明の下手さに申し訳なくなり菖蒲に謝った。


「うぅ、言葉足らずですみません……」

「別に謝らんでもええよ。お前さんの言いたいことはわかる。私も同じやからの。……にしても、ちと重いの~」


 菖蒲は荷物を持ち直す。バラエティーパックのお菓子や野菜などが袋から顔を出していた。

 真司も重い袋を持ち直すと疑問に思ったことを菖蒲に聞いた。


「あのぉ、どうして商店街で買い物をしないんですか? そっちの方が早いのに。いっぱい食べるお雪ちゃんがいるにしても、ちょっとこの量は多いような気もするんですが……」

「そろそろ、白雪しらゆきが帰って来る頃やからねぇ」

「白雪さん、ですか? えっと……それって、誰ですか?」


 聞いたことの無い名前に真司が首を傾げる。


「うむ。白雪は雪女で、お雪の名付け親もしくは姉みたいな存在じゃ」

「へぇ。お雪ちゃんのお姉さんかぁ……」


(どんな人なんだろう?)


 真司は『白雪』という雪女について想像する。お雪の姉みたいということは、お雪が大人になったような姿をしているのだろうと真司は思った。

 そんなことを考えていると、菖蒲が突然、袖口からある物を勢いよく取り出した。


「そして、ここに買い物に来たのは、これが貰えるからじゃ!」


 菖蒲が着物の袖から出した物――それは【抽選券】と、書かれた手のひらサイズの小さな紙だった。


「抽選券? あぁ。そういえば、駅前に回す台がありましたね」

「うむ! 2等賞は、あの自動掃除機らしいからの!」


 真司は2等賞の商品を思い出す。


「確か……えっと、ルンバでしたっけ? ……って、え? あれが欲しいんですか?」

「うむ! 小さいくせにゴミを見つけたら拾ってくれる……何とも健気で可愛らしいじゃないかえ……はぅ……」


 うっとりとした瞳で菖蒲は空を見上げる。菖蒲の目には、ちょこちょこと動きながら掃除をしているルンバが見えているようだ。

 その様子を見て真司は苦笑した。


「あはは……」


(菖蒲さんの好みが、いまいちよくわからないなぁ……)


 心の中でそう思うと、二人はあかしや橋を渡った。

 すると『あかしや橋』と書かれた鉄のプレートの文字がユラリと揺れ〝あかし橋〟へと名前を変えた。

 辺りは濃い霧に包まれ、スーッと目の前に朱色の大きな鳥居が現れる。二人が鳥居の中を歩くと、一瞬にして霧が霧散し、人気のない静かだった橋から賑やかな商店街へと変わった。


 ——二人が辿りついた場所は妖怪の町〝あやかし商店街〟である。


「相変わらず、ここは賑やかですよね」

「まぁな。妖怪は賑やかなのが好きやからの。でも、そこがここの良いところぞ?」

「はい」


 真司はニコリと微笑みながら返事をしたのだった。

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