第43話~冬の始まり
様々な思いを抱えることとなった修学旅行から帰ってきて何日かが経ち、雪が降ってもおかしくない気温が迫ってくるといったところで冬馬は熱を出し、学校を休んで毛布に
恐らく風邪のひきやすい季節の変わり目という事柄に、修学旅行のような度重なる環境の変化が加わって、自分の体内に最悪の化学変化が発生してしまったのだろう。
「冬馬ー、ちゃんと薬飲みなさいよー?」
リビングから母の声が聞こえる。そして返事をするように身体を起こそうとするが、自分にだけ重力が過剰に働いているような感じがして上手く身体を起こす事が出来ない。
今の母の声量だけでも頭の中に響いて、ズキンと鈍い痛みが脳内を駆け回っているようだ。
(まいったな……)
周囲の家具を利用して何とか立ち上がろうとしたが、頭が安定していないためか少し歩いただけでふらふらになって、気配からしてまともに行動できそうになかった。
(しょうがない。寝てるか……)
長旅から帰宅して三日ほど経過してしまっているが、あいにく疲れも完全に癒えたわけではない。
ふぅ、と長い息を吐いて起こした身体をもう一度ベッドに寝かせる。ふわふわとした睡魔が訪れるのを予感しながら、冬馬は身体を十分に休めるせっかくの機会としてもう一度眠りにつくことにした。
もし、久しぶりに学校に行ったら何か教室内の環境が変わっているだろうか。出来る事なら何事もなく平穏でいて欲しい。そんな期待を込めながら冬馬はゆっくりと瞼を閉じた。
駅の長椅子に腰を掛けて、先ほど自動販売機で購入した温かいカフェオレに口を付ける。最近は気温もすっかり冷え込んでしまい、特に今みたいな太陽が昇りきらない朝と帰宅途中の夕方から夜にかけては、季節が冬に変わっていることを実感させられる。
両手にじんわりと広がる温かさを感じながら、改札の真上にある電光掲示板に目を向ける。
(……もうちょっとかな)
今日が作戦実行の約束の日で、香織は修学旅行中に夜遅くまで話を聞いてもらったとある女子を待っているのだが、定刻通りに電車が到着するのであればもう五分もしない内に会えるだろう。
だが果たして作戦は上手くいくのだろうか。ごく普通の男子高校生にはいくらか効き目があるのかもしれないが、なんせ相手は水城冬馬だ。見た目からして恋愛なんて興味ないです。みたいな雰囲気を醸し出しているのと、他の生徒には感じられる下心の様な物を今までの彼からは感じたことがない。
それについては、友だちからも褒められることもあって容姿には多少自信があるのだが、水城の前では無力でしかなくて、肩を落とさずにはいられないくらいだ。
(とかそう思ってたけど……)
修学旅行に行く前まではそう思っていた。だが関西の自主研修のことは今でも鮮明に脳の奥底に焼き付いている。
通天閣の広場で水城と会った時、本人は「偶然」自分と出会ったと錯覚しているであろうが、実はあの出来事は偶然でもなんでもなく、事前に水城から聞き出した情報を元にして、偶然を装って出会う事が出来そうな場所を計算したあと、同じグループの友達に協力して貰ったという完全なる「はかりごと」なのだ。
それで計算した通り水城と合流したところまでは良かったが、ちょっと話すだけと考えていたのに水城と二人だけという状況に心が興奮の色を帯びてしまって、ついグループの友達を置いて抜け出してしまった。後々考えてみれば赤面モノだが、結果として二人で観覧車に乗るという恋人チックなことも、ずっと後悔していた食堂での一件を謝る事が出来た。
(……ところまでは良かった)
もう一度あのシーンを脳内で再生する。
--花園、俺からもごめん。
そう言って彼は泣きじゃくっている自分の肩にそっと手を回し、優しく、でも強く抱きしめた。
あの時間は本当に嬉しさで胸がいっぱいで、息が詰まりそうだった。自分の心の何処かで、加速しすぎている心拍音が水城に伝わってしまうのが不安な気持ちもあったけれど、ほとんどは「幸せ」の感情が身体全体を支配していた。
男子が苦手で身体を触られる事なんてもってのほかだというのに、水城に抱きしめられたときはドキドキが止まらなくて、ずっとこの時間が続けばいいのになと思ってしまった。
そしてこれが「好き」ってことなんだな、と思った。
「おーい香織ー」
改札をくぐってきた影が、こちらに手を振りながら歩いてくる。そして香織の目の前まで近づくと「おはよう」とはにかんだ。
「遥香、おはよう。ごめんね朝早くから付き合わせちゃって」
「いーのいーの! 頑張って成功させようね!」
「うん!」
夜遅くまで付き合ってくれた遥香のためにも、自分自身の恋のためにもこの作戦を成功させなければならない。
目当ての男子が気づいてくれるかは分からないが、「少しでも見てくれればいいな」と香織は小さく呟いた。
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