第37話~ありがとうの気持ち

 楽しい時間は意識しなくとも駆け足で過ぎていくようで、気が付いた時には自由時間終了の十時半に差し掛かっており、先ほどまで菓子を食べ漁っていたチームメイトたちは「また明日な」と言って冬馬と純の部屋から出て行ってしまった。

 心から楽しいって思ったのは何時ぶりだろうか。

 だがその感傷に浸り、少し前まで賑やかだったのが、いざ二人になって見ると静かな空気が部屋の中に充満して、純と一緒にいることが楽しいはずなのに少し寂しい気持ちになる。


 「冬馬、僕楽しすぎて疲れちゃったな」

 「そっか、じゃあ明日も朝早いし横になるか」


 冬馬がそう提案する前に純はすでにベッドの中に潜り込んでいて、「そうだね」と布団の中から鈍い声で返事をした。どうやら先ほど催された宴会で騒ぎ疲れて、純の本体電源が切れかかっているらしい。

 まだ記憶に残っているが、二年生の初めの頃に行われた勉強合宿でも似たようなシチュエーションに遭ったような気がする。一つ鮮明に覚えているのが、純が寝かかっていた時に、自分が過去の話を打ち明けようとしたということだ。

 ……大したことでもないけど、この機会だから言っておくか。


 「純……実は俺、中学生の時に人殺しって呼ばれてたんだよね」

 「うん……て、えぇ!?」


 口に出したことが強烈だったのか、純は被っていた布団を投げ飛ばすと、冬馬の方を見てベッドの上に腰掛けた。


 「俺、中学生の時にも虐められてたことがあるんだけど、自分だけならまだしも妹にちょっかいだされた時に我慢が出来なくなって、俺を虐めてた人達を文字の通り半殺しにしちゃったんだ」

 「まじか冬馬……僕の事は半殺しにしないでね」

 「いやしないから。……そのこともあって皆と距離を置いていたのも理由に含まれるんだよね。ただ、やっぱり友達と話せないのは辛かったし、本気で学校行きたくないなって思ってた」

 「僕も冬馬と話せなかったから毎日泣いちゃいそうだったよ」

 

 流石にそれは嘘だろ、と敢えて口に出さずに心の中でツッコミを入れて冬馬は続けた。


 「だから俺が離れてもまた話しかけてくれて、一緒にいてくれてありがとうな、純」

 「……何だよいきなり照れるじゃんか。おやすみ冬馬」

 

 もし冬馬の学校生活に純の存在がなかったとしたら、とっくにこの高校を退学しているかもしれない。そのくらい純の存在は自分の中で大きく、いなくてはならない親友だ。

 だから今言えるうちに、どうしても「ありがとう」と感謝の言葉を伝えておきたかった。

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