第20話 出たな変態!
今背筋に冷たいものが・・・。
私は恐る恐る振り返ったが、そこには変わらず滝が流れ落ちる光景があるだけだった。
そうよね、考えすぎよ。
いくらリリムと言えどもあの状況から逃げ出せるはずないわ。
それに、もしもの事を考えて人の寄り付きにくい秘湯を選んだ。
場所が場所なだけに、訪れる人も思ったより少ない。
ここならそう簡単に見つかることはないだろう。
まだ浸かりたいし、一回湯冷まししてからもう一度浸かろっと。
ここは道中が困難な場所ではあるが、そんな疲れを癒せる空間が色々と整っていた。
売店あり、休憩室あり。
なんとマッサージまである。
「もう最高〜。」
一通り楽しんだら、リリムを解放してやろう。
楽しみにしてるって言ってたし。
流石に私一人で満喫するのは気がひける。
あの子がもう少しまともだったら、一緒に回っても良かったんだけどなぁ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「はぁ・・・はぁ・・・・・・。」
既に10件の湯屋を周ったけど、セツナ様の姿が見当たらない。
一体どこに行ってしまわれたのだろうか。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・。」
温泉街を走り続けて、大量の汗が噴き出している。
しかし、セツナ様と一緒に温泉へ浸かる事を思うとなんて事はない。
一刻も早く見つけ出さなくては・・・。
11件目・・・。
「こんにちは!女将さん、ちょっと人探ししてるの。
脱衣所覗かせてもらえないかしら?
もちろん女湯よ!」
「はいはい、どうぞ。」
女将さんに了承を得て中へ入ったが、やっぱり見当たらない。
「お邪魔しました。探してる人は居ませんでした。
一体どこに行かれたのか・・・。」
「あら、大変ねえ。
見つけにくいところなら、西の外れに秘湯があるけど行ってみた?」
「秘湯!?女将さん、その話詳しく!」
女将さんは丁寧にその秘湯がある場所を教えてくれた。
私は急いでそこへ向かう。
セツナ様、そこにおられるのですか!?
おられるんですね!!?
セツナ様ならもしもの事を考えて、見つかりにくい場所を選ぶだろう。
実際私も女将さんに聞くまでそんな場所は知らなかった。
何故かわからないが、今までになく確証を持てる。
そこにセツナ様はおられるはずだ!
もう随分と走り回って体力もすり減ってはいるが、そんな事は関係ない。
私はセツナ様と温泉に入るんだ!!!
誰にも理解できない程の執念を持って、リリムは走り続けた。
そしてようやく秘湯があるとされる山の入り口までやってきたのだ。
ここか・・・。
イジメかってくらい険しいわね・・・。
流石は秘湯。いや、流石はセツナ様と言ったところでしょうか。
これは私に対する試練!
この試練を超えられない者など一緒に温泉に入る事資格はないというメッセージ!!
私は行きますよ!!
待ってて下さいセツナ様!!!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
牛乳うまっ!
いや、牛だけど・・・
ぷぷっ。
リリムがいないだけで、こうも下らないダジャレですら笑えるのね。
火照った身体に染み渡るわぁ〜。
私めっちゃ満喫してる。
もうここで暮らしたいくらいよ。
それに登って来たは良いけど降りるの怠いのよね。
道は険しいし。
崖あるし。
下手したら本当に死ぬもの。
もうちょっと楽にこれるように階段とか付かないのかしら?
そしたら秘湯じゃなくなるのかな?
まぁいいや。
とりあえずもう一っ風呂浴びてこよー。
私は売店で冷えた牛乳を買って、タオル姿でそれを一気に飲み干した。
ついでにデザートも欲しくなって来たけど、それは後からのお楽しみ。
もう一度露天風呂へと戻っていく。
ふと考えたが、温泉の女将さんをテイムしてしまえばタダ風呂できるんじゃね?
いやいや、そんな事は私の両親がゆるしても良心は許しませんよね。
あとでこっそりやってみよー。
さてさて、お風呂お風呂。
セツナはあまり悪知恵が働かなかった。
彼女の持ったスキルの可能性に、全く気付いていない。
人を使役できるという事は、使い方次第では世界すら掌握できるという事に。
よく言えば素朴にして単純な、悪く言えば思慮が浅かった。
彼女は今日もまた自分の幸せを求めて能天気に生きている。
彼女のスキルが本当に猛威を振るい始めるのはまだ先のお話し。
私が改めて露天風呂に使っていると、勢いよく浴室の扉が開かれた。
バンッという扉の音に驚いてそちらを見た私は、そこにある光景に開いた口が塞がらなかった。
「な・・・・・・!?」
そこにいたのは私が宿に縛り付けて、置いてきた筈のアイツだった。
「はぁ・・・はぁ・・・やっと・・・。
見つけましたよ・・・!!」
リリム!!?
「セツナ様ぁぁぁぁあああ!!!」
リリムは器用に走りながら服を脱ぎ捨て此方へ向かって走り出して来た。
「出たなH・E・N・T・A・I!!!!」
私はその場に立ち上がったが、いきなり出てきた変態に半ば狼狽えた。
まさか本当にやって来るとは!
まずい、こんな状況でどうしろと!?
最悪なのは出口は一つしかないこと、あそこを死守されてしまえば成す術がない。
「ちっ!」
こんな所でまで私の平穏を邪魔するのか変態め!!
「セツナ様!お背中流します!!!」
「いや!結構です!!」
リリムの提案を拒絶する。
「あんたがもう少しまともな奴だったら考えてたかも知れないけどね!
いらん事しかしないでしょうが!!」
「絶対に、変な事は致しません!」
リリムがやけに真剣な表情で訴えて来る。
が、そんな事はあり得ない。
今までの行動を考えると間違いなく私を狙っている。
「信じられるわけないでしょうがぁ!!」
リリムはハッとなったような顔をして下を向いた。
少しは今までの事を反省すれば良い。
流石に私もアンタに疲れたわよ。
「今は、前のような友達関係じゃないかもしれないけど、私は・・・。
セツナの事を親友だと思ってる・・・。
そんな、ただ一人の親友に突き放されたら・・・私はどうすればいいの?」
今まで執拗なまでに私を追いかけ回していたリリムが、急に口調を戻して涙を浮かべ始めた。
「私は、セツナ確かにセツナの事が好きだった。
貴方にテイムされたことで、それを切っ掛けに自分を曝け出すことにしたの。
でも、やり過ぎちゃったみたいね・・・。
ごめんなさい。」
目に浮かべていた涙はボロボロと溢れ出し、頬を伝って落ちていく。
リリムはその場に泣き崩れてしまった。
私も、ちょっとやり過ぎちゃったかしら。
反省してくれて、前のように接してくれるのならば背中くらい流させてやってもいいかな?
「まぁ、反省してるなら背中くらい。
流させてあげてもいいわよ・・・。」
私はリリムに歩み寄って、肩を叩いた。
「本当に?」
「えぇ、ただし変な事しないでよ?」
「はい!」
リリムは涙を拭って笑顔を作った。
まぁ、こんな奴でも私も親友と思っていた。
少しはリリムの扱い方も見直してやろうか・・・。
「どうですか?」
リリムが私の背中をタオルでゴシゴシと洗っている。
「いいわぁ〜。」
人に背中を流されるのは思ったより気持ちがいい。
こんな事なら今度からまたリリムに頼もうかしら?
「じゃあ、そろそろ流しますね。」
リリムが風呂桶を取りに行って、お湯を汲んで戻ってくる。
「きゃっ!」
「いっ!?」
足を躓いたリリムが私めがけて倒れこんできた。
「いったぁ〜い、何してんのよ。
大丈夫?」
私の上に倒れこんだリリムを見る。
「セ、セツナ様の・・・お、お、お・・・
おっぱ・・・・・」
リリムの発言にハッとなり、上に乗っていた彼女へ顔を向けた。
よく見ると、私の胸を見つめながらニヤニヤと嫌らしそうに笑っているではないか。
「結局それかぁぁぁあ!!!!」
やっぱり、リリムに自制の心は備わっていないようだ・・・・。
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