第37話 お金の使い方
ザックスとの会合を終えた後、俺はディーネがお菓子を食べる様子を眺めながらニムの仕事が終わるのを待っていた。やはり男性人気が凄まじく、連れて行かれたりしないかと俺は何度も内心をヒヤヒヤさせていた。更に面倒だったのが、この店で働いてる女性店員達が嫉妬からかニムに嫌がらせをし始めた事だ。足を引っ掛けたり、普通の人では運べなさそうな量の皿を運ばせたり。まあ、その程度でヘマをしてあげるほどニムは優しくないが。
俺の内なる野生心が目覚めそうになるほどの問題はあったが、ニムは今日の業務を無事にやり遂げた。今は部屋で夕飯の黒豚のステーキを食べながら、ニムが自分で稼いだ銀貨を見て不思議そうにしている。
「うーん……変ですねぇー……」
「どうしたんだ? 貰ったお金が足りなかったか?」
「いえ、多分銀のお金の量は合ってると思うんですけど……」
パチッ、パチッと銀貨を指で弾きながら、ニムは不服そうに話した。
「“色をつけておいたよ”って言われたんですけど、銀色のままなんですよ。私、赤色のお金が欲しかったです……」
「──ッ……な、なるほど」
思わず口に含んだお茶を吹き出しそうになったが、俺は何とか堪えた。
そんな俺を横目に見たディーネが、溜息をつきながらニムに告げる。
『“色を付ける”って、そう言う意味じゃないの……』
「え、そうなんですか?」
『おまけしてあげたり……相手にあげるお金を少し増やしてあげたり……そう言う事をした時に使う言葉……。本当に色をつけるわけじゃないの……』
「へぇ、そうなんですか。初めて知りました」
ディーネの説明を聞きながら、ニムは納得いった様子で銀貨を小さめの麻袋の中にしまった。ニムが新しい知識を身につけた瞬間である。
「あ、そうだ。ニム、お金の使い方には気をつけるんだぞ。あと、あまり自分の所持金を相手に見せないようにな」
「え、どうしてですか? 確か人間ってお金が力になるんですよね?」
「力になっちゃうからこそだ。お金を前にすると、人はなりふり構わなくなるからね。人によっては盗もうとしたりもする」
「私、そんなヤワじゃないです。盗む人なんて返り討ちにしてあげます」
お金が持つ強大な力と、それによる人への影響を説明してみたが、ニムは自信満々と言った様子で拳で殴る素振りををしながら己の隙の無さを主張してきた。
「私は強いのでそう簡単には奪えませんよ?」
「そうだね。確かに力でニムに勝てる人間はいない。でも、人間は力よりこっちの方が冴えてるから」
俺は言いながら自分の頭を二回人差し指でつついた。ここには──そう、人間の知恵が詰まっている。ニムでさえ危惧した、人と言う種族の武器が詰まっているのだ。
「そうだな……例えば、ニムの一番大切にしている物が盗られたとしよう。いや、物じゃなくて良い。親だったり友達だったり。ニムにとっての大切ってなんだ?」
「え、レイさんですけど」
「……そうか。でだな、ニムが大事にしている俺が誰かに捕まったとしたら、ニムはどうする?」
「相手を十分に痛めつけた後殺して食べます。慈悲はないです。」
あまりの容赦の無さに俺の額から冷や汗が垂れた。
「ま、まあ、仮にニムがそうしようと相手に近づいたとして……もし、相手が俺を盾にしたら、ニムはどうする?」
「レイさんだけを回収して、相手をザックり──」
「相手が俺を一瞬で殺せる状況だとしても、ニムはそれが出来る?」
そう聞くと、今まで即答をし続けてきたニムが押し黙った。さすがのドラゴンでも高速移動は出来ないようだ。
「ニムは俺を助けたい。けど、相手は俺を一瞬で殺せる。そんな状況で、ニムは何が出来る?」
「……何も出来ません」
「そう。何も出来ない。そして、全く動けないニムに向かって相手はこう言うんだ──俺を返して欲しいなら、持ってるお金全部置いてけって」
「──ッ!」
ニムが、物凄い憎悪に満ちた表情で歯噛みをする。思わず気圧されしまった。
食事中にする話にしてはあまりにも不謹慎な話だったので、俺はニムに話したい事が伝わったのを確認した後、この例え話を終わらせた。
「まあ、こう言うのを身代金って言うんだ。他にも、すれ違いざまにぶつかって相手のお金を盗むスリ、相手に嘘の情報を流してそこからお金をかすめ取る詐欺とかがあるから気をつけてな」
「……なんかレイさん、やけに詳しいですね」
「昔俺が引っかかったやつだ。身代金を除いて」
「……ごめんなさい」
うふふあははと、にこやかに笑う俺にニムが謝罪を入れて来た。ニムは何も悪くない。悪いのはそう、冒険者になりたてだった俺の純情を弄んだあのクソオヤジ共。
俺はかつての失態を思い出しながら、湧き上がるイライラと内なる野生心を滾らせていた。様子を察したディーネが俺のフォローに入る。
「そう言う訳でニムも気をつけろよ。お金を取られないように──」
「はい! レイさんが拐われないように警戒しつつ、不信な人間は片っ端から私が食べます!」
「……まずはそう言う人に出会わないよう最善を尽くしてくれ。それと、人間を食べるなら街の外でな。こっちでは穏便に。それが俺達魔物のルールだ」
「分かりました!」
『……ん?』
最後にちょっとした冗談を入れてみたが、ニムは気づかなかった。真に受けたと言った方が正しいだろうか。後で訂正しなければ一大事になるなと思いつつ、俺は呑気にお茶を飲んだ。
ディーネの視線が痛い。
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