第8話 ステータスカード

「ステータスカードって何ですか?」

「ああ、ステータスカードって言うのは個人証明書みたいな物で、そのカードにニム自身の情報が全部表示されるんだ」

「…レイさんも持ってるんですか?」

「うん。と言うか多分、この国の人なら皆持ってる。どうせなら俺の見てみるか?」


 俺が聞くと、ニムは元気良く「はい!」と答えた。

 ステータスカードと言うくらいだから持ち主の個人情報は全部載っている。なので本来はおいそれと見せてはいけない物なのだが、ニムはそう言った事がまだ分からないので見せても問題ないだろう。

 上着の内ポケットからカードを取り出し、俺はニムに渡した。


「ほへぇ…これがステータスカードですか…。薄っぺらいですね」

「カードだからね」

「私も作れるんでしょうか?」

「ニムちゃんでも大丈夫よ。少し待っててちょうだい」


 そう言いながら、カンナは近くの引き出しから白い水晶玉と真っ黒なカードを取り出す。ニムはその二つの道具に首を傾げていた。


「これは…?」

「これは測定器の魔道具で、こっちのカードはブランクカードって言って、何にも情報が入ってない白紙のカードなの」


 カンナがそれぞれを指さしながら説明する。


「この二つだけで作れるんですか?」

「そうよ。取り敢えずニムちゃん、水晶に手をかざしてみてくれる?」

「は、はい…」


 ニムは言われた通り水晶に手をかざす。すると、水晶が虹色に輝き出した。


「え…嘘…」


 輝く水晶を見ながら、カンナは酷く驚いた顔をしていた。


「カンナ、何か問題が起こったのか?」

「い、いや…そうじゃないんだけどね。この光り方、S+ランクの人のそれと同じなのよ」

「つまり、ニムは最初から最高職種になれるって事?」

「そう言う事ね」


 この世に纏わる書物には、人が生まれ持つ能力は予め神によって決められてると記されている。つまり、性別も身体能力もスキルも適正職もすべて神が決めているのだ。そして、各職業にはそれぞれランクが振り分けられており、FからS+まである。

 最初は皆Fランクからだが、偶に少し進んだランクから始められる人がいるらしく、ニムがそれだったらしい。

 ちなみに俺がステータスカードを作った時は、水晶が黒色に光り、冒険者の印を押された。

 上のランクへは行けてないけど別段生活には困ってないし、本当に天職なのだろう。


「ニムは最初から最高か…。どんな職業が出るかな?」

「私はレイさんと同じ冒険者が良いです!」

「そうなったら、間違いなく王都に連れていかれるでしょうね」

「そうなんですか!?」


 ニムは涙目で俺を見てきた。真偽を尋ねているのだろう。


「残念だけどそうだね。最高ランク冒険者になったら、勇者か騎士団まっしぐらだと思うよ」

「勇者とか嫌ですよ。昔一回襲われましたもん…『今日からドラゴンスレイヤーだヒャッホーイ!!』って。騎士団だって私を見つけたら『民を護るため!』とか言って遅い掛かって来ますし…」

「ふふっ。ニムちゃんは面白い冗談を言うわね」


 魔王と勇者の話なんて何千年も前の話だが、一応『魔王復活』なんて言う噂も聞く。なので王様は、代々騎士団だけではなく勇者と呼ばれる人も育てているのだ。

 一部では魔王崇拝者の宗教もあるらしい。来るべき時が来たら自分達の魂を魔王復活に捧げるとの事だ。なんて物騒で変態チックな話だろうか。性癖が特殊過ぎる。

 正直おとぎ話の存在だと思っていたが、ニムが言うなら実在したのだろう。


「別に冗談ではないのですが……って、何してるんですかカンナ様?」


 水晶にかざした手の更に上から、カンナがブランクカードをかざす。すると、カードにニムの情報が浮かび上がって来た。

 そして、カードの職業欄の所には『冒険者』の文字が。ニムはそっとカードを手の中に隠し…


「…誰にも見せなければ」

「残念だけど、作ったカードの情報は国へ郵送しなきゃ行けないのよね…」

「そんな殺生な!私、騎士団も勇者も嫌です!」


 断固として行く気を見せないニム。


「で、でもニムちゃん?騎士団になれば生活には困らないわよ?家も立派な所に住めるだろうし…」

「…そこに行けばレイさんのお嫁さんになれますか?」

「……無理、かな。ごめんなさいニムちゃん…」

「そんな!?」


 普通の人なら尻尾を振って飛びついて行くであろう案件を、ニムは最悪の状況だとでも言うように拒んでいた。まあ、恩返しに嫁入りしたいニムにとっては本当に最悪の状況だろう。

 騎士ともなれば貴族と同じような生活が出来るが、身分が上がってしまう。身分が上がってしまえば一般市民…ましてや最低ランク冒険者の俺なんかとの結婚は難しいだろう。


「何とかならないんですか…?」

「「…」」


 俺とカンナは押し黙る。ニムは頭を抱えた。


「うぅ…どうすれば…」

「…一応、誤魔化す方法はあるよ。ニム」

「本当ですか!?」

「ちょっ…レイ」


 言わないで、とでも言った顔でカンナは俺の事を見る。対して、ニムは全身から期待に満ちたオーラを出しながらこっちを見ていた。


「どうすれば良いんですかレイさん!?」

「……カンナのスキルを使えば」

「カンナ様の…スキル?」

「レイ…あんた」


 頭を抱えたカンナは、ニムの期待の眼差しを受けながら気まずそうにする。


「カンナ様…」

「うっ…」


 キラキラとしたニムの純粋な瞳に、カンナは心を痛めていた。

 カンナは負けじと抵抗しようとしたが─…


「…わかったわよ」


 秒で折れた。


「けどニムちゃん、これから私がやる事はぜっっったい誰にも言わないでね?」

「わ、わかりました!」


 カンナの念を押した絶対の約束に、ニムは圧倒されながら答えた。


「一応だけどレイもよ?」

「分かってる」


 俺も一応カンナの力を借りた身だ。強力な自白の魔法でも受けない限り、自分から口を開く事はないだろう。


「ニム、ステータスカードをカンナの前に置いて」

「?…分かりました。カンナ様、お願いします」

「了解しました…。ちょっと待っててね」


 そう言ったあと、自分の前に置かれたニムのステータスカードに手をかざす。


「改竄─」


 カンナがポソりと呟くと、カードの文字が浮かび上がって来た。

 これがカンナのスキル『改竄』である。表記された数値や図表を弄って変えてしまう事ができるのだ。

 インクペンで誤字脱字をしてしまっても修正が出来る便利なスキルである。


「ニムちゃん、何処の情報を変えたい?ランク?それとも役職?」

「じゃ、じゃあレイさんと同じランクの冒険者になりたいです!」

「F級か…。ニムちゃんはほんとにレイが好きなのね」

「はい!」


 チラリと、カンナが俺を見た。その顔には『お熱いわね』と書いてある。

 照れ臭くなったのでニムのカードだけを見る事にした。


「ここをこうして…」

「おぉ…文字が変わって行きます!」


 カンナがカード右下に書かれているS+の文字を撫でると、その場所がFと言う文字に変わる。そして最後に浮き出した文字をカードに押し込み、カンナは疲労の息を吐く。


「ふぅ…。これで終わりよ。取り敢えずニムちゃん、冒険者デビューおめでとう」

「ありがとうございます!」

「どういたしまして。それとニムちゃん、最後に言っておくけど、本当にこの事は秘密だからね?ステータスカードの情報改竄なんて、国にバレたらここにいる全員首チョンパよ?」

「わ、わかりました!」


 カンナの念押しに、ニムは唾をゴクリと飲み込んだ。

 確かに国にバレたら重刑は間逃れない。しかし、いざとなったら俺が全ての元凶として罪を背負うつもりなので、二人はきっと大丈夫だろう。ただ、ニムは騎士団か勇者。カンナは国の監視付き生活を余儀なくされると思う。

 取り敢えず、バレなければ全部丸く収まる。


「レイさん見てください!一緒のランクに一緒の職業です!愛の共同作業です!」

「あはは…まあ、そうだね。嬉しい?」

「はい!」


 ニムの嬉しそうな笑顔を見てると、重罪とか責任とかがどうでも良くなって来るから不思議だ。

 ニムの笑顔あれば、世界から争いが無くなったりして…。

 なんてバカな事を考えながら、俺はパンを齧る…


 ─ガタッ。


 突如、冒険者三人組がいる医務室の方向から、何かが倒れる音がした。

 俺たちがそちらに振り向くと、


「あっ…」


 こちらを除く、冒険者三人組の魔法担当─…ブロウの姿があった。

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