第5話:ショウド国軍の誤算

「ウギャアアア! 腹が真っ二つに割れるように痛い、痛いのダワス!!」


 蒼き虎がアキヅキ=シュレインへの襲撃に失敗したと同時に、割れるように痛む腹を両手で必死に抑えて、もがき苦しむ者が居た。その者の名はサラーヌ=ワテリオン。ショウド国軍の征東セイトウ将軍であった。彼はショウド国軍の野営地の一角に設けた簡素な祭壇の前で腹を両手で抑えて、もがき苦しんでいたのであった。


 そんな苦しむサラーヌ=ワテリオンの下に駆けつけたのは、彼の股肱の臣である征北セイホク将軍:クラーゲン=ポティトゥであった。彼は痛がるサラーヌが着ている祈祷服のすそをまくり上げる。


 するとだ。サラーヌの腹には斜めに赤黒いアザがくっきりはっきりと浮き出ていたのである。そのアザを見て、クラーゲン=ポティトゥは大きく動揺してしまうことになる。


「こ、これは呪詛返しレスカ!? まさか、呪術に詳しい者があのゼーガン砦に居たのレスカ!?」


 ――呪術。魔術とは違い、『のろう』力で敵を屠るすべ。ポメラニア帝国やその周辺国では魔術がもてはやされている一方、ショウド国は禁忌の領域に足を踏み入れることが可能な呪術が研究されていた。


 呪術は極めれば、『禁呪』と呼ばれたすべに到達することが可能だ。ポメラニア帝国には『禁呪』のことごとくを封印する闇の組織が存在した。


 何故、そんな闇の組織が栄えあるポメラニア帝国に存在できたのか? 一言とで言えば、100年単位で現れる『九尾の狐』と深い関係がある。


 エイコー大陸。特にポメラニア帝国で起きる100年に1~2度くらいの頻度で起きる大きな内紛のほとんどは『九尾の狐』が暗躍していたと言われている。さらには、この大妖魔はあろうことに『禁呪』を使いこなすのである。


 ポメラニア帝国は、その九尾の狐の力を弱めるために、『禁呪』自体を封印してきたのだ。そして、闇の組織にはもうひとつ重大な任務がある。九尾の狐は現世に受肉するためには、ヒトの肉体を乗っとる他無いのだ。そして闇の組織はその九尾の狐が狙うニンゲンの保護、もしくは殺害をおこなうと言った非合法組織であった。


 しかしながら、その闇の組織もその力を発揮できるのはポメラニア帝国内のみであった。それゆえ、邪法の元素とも言える『呪術』の禁止をショウド国には強く要請できなかったのであった。


 しかも困ったことにのろいとまじないは明確に区別できないのである。例えば、『雨乞いのまじない』は同じ呪術のカテゴリーに属すのであるが、これは『良い呪術』の使い方である。


 そして、ショウド国は邪法の領域には手を出していないと主張し、ポメラニア帝国の呪術禁止の要請を突っぱねてきた歴史がある。


 さらには政治と宗教は分離するべきとの文化がポメラニア帝国は建国以来、培ってきた。それゆえ、政治的にショウド国の宗教に口を出せなくなっていくジレンマに襲われることになったのだった。


 話を戻そう。結局のところ、呪術に詳しくないポメラニア帝国相手に、ショウド国の征東セイトウ将軍であるサラーヌ=ワテリオンは、呪術道具である『召喚珠』を宝石の類だと偽って、交易品に混ぜて、ある程度の量をゼーガン砦に送りつけたのである。


 その召喚珠から生み出された4色の虎はよく働いてくれた。ゼーガン砦を4色の虎に襲わせて、砦の機能は半壊。司令官であるカゲツ=シュレインに深手を負わせることに成功したのである。


 ここまでは良かった。調子づいたサラーヌ=ワテリオンが次に狙ったのは司令官代理の椅子に座った金髪エルフの女騎士の命であった。司令官代理までもが謎の襲撃により、命を落としてくれれば、明日からおこなうゼーガン砦侵攻はかなりこちらに優勢に事が運ぶと考えていたのだ。


 しかし、サラーヌの野望はここで一旦、中断せざるをえなくなる。呪術に対して、呪詛返しが出来る者がいるならば、うかつには4色の虎を召喚できなくなってしまったのだ。この出来事は、ショウド国軍の侵攻速度全体に大きく作用していく……。


 明けて、次の日。本当なら、この日、再び混乱に陥る予定であったゼーガン砦から火の手が上がることはなかった。それを確認したサラーヌ=ワテリオンはダンジリ河の渡河地点であるキッシー砦とワーダン砦の機能回復、そして、ゼーガン砦を攻めるための野営地建設を本格化させていくのであった。


 そんな慌てふためくサラーヌ=ワテリオンをあざ笑う人物がショウド国軍内に居た。


「くっくっく。はーははっ! 所詮、戦いは力で解決するものでゴザル! 搦め手ばかりに頼るから、いざと言う時に、些細なことで全体計画が狂うのでゴザル!」


 その男の名は、マッゲ=サーン。ショウド国軍の征南セイナン将軍である。彼は武人肌の男であり、搦め手ばかりを使うサラーヌのことを嫌っていたのである。


「ちょっと~。何を高笑いしているノ~? ただでさえ、マッゲーはサラーヌ派に眼を付けられているんだヨ~。誰が見ているかわからないヨ~」


「ふっ。安心しろでゴザル、ミッフィー殿。最終的にはサラーヌを失脚させて、ミッフィー殿と2人でショウド国の独立を勝ち取るのでゴザル」


 マッゲ=サーンはそういうと、自分の布団の中で裸になっている征西セイセイ将軍であるミッフィーの額に軽くキスをする。若い2将は日も高いというのに、布製の大きなテントの中で愛を囁きあっていたのだ。


 ミッフィーはくすぐったいノ~と文句を言うが、マッゲ=サーンはチュッチュッと彼女にキスをするのをやめない。額から鼻の頭、唇、顎先、喉仏、そしてマッゲ=サーンはどんどんとミッフィーの身体の下へと顔をうずめて行く。


 ミッフィーは自分の身体を優しくついばむマッゲ=サーンを愛おしく思うのである。だが、ミッフィーは出来ることなら、マッゲ=サーンが無茶なことをしないで欲しいと願うばかりであった。




 そんなショウド国軍の事情はゼーガン砦の面々は知る由もなかった。再度のショウド国軍の侵攻に備え、着実にゼーガン砦内の改築にいそしんでいる。


 今日も砦内のあちこちで、怒号とトンカチで釘を打つ音が響き渡っているであった。


「そこ! 作業の手が止まっているぞ! 虎の出どころを排除したからと言って、安心するんじゃないわよっ!」


 石造りの本丸の前で、両刃が蒼い水晶クリスタル製の大剣クレイモアをまるで軍配でも振り回すかのようにブンブンと上下左右に振り回す紅玉ルビー色の鎧に包まれた女騎士がゼーガン砦内で汗を流す皆を鼓舞し続けるのであった。

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