ぐれ×グレ!

王叡知舞奈須

ぐれ×グレ!


 電車から降りることで、横須賀の地に少年は足を着けた。

「横須賀か……」

 若干中性的というか、少女に見えなくもないまだ幼さが残る容姿をした彼は、物思いに耽りながら、

「……まさか、こんなところに来る日が来るなんて」

 そんなことを思っていた。

 彼は生まれも育ちも田舎で、こんな市街地に来たことがなかった。その為、彼にはこの街の至るところが新鮮に見えたのだろう。

 この街に彼は、もう一つ思い入れがあった……というか、気持ちだけならこっちが本命だったりする。

「あいつ……元気かな……?」

 昔、訳あって生き別れた幼馴染み。

 彼女と別れる直前くらいに、横須賀に引っ越す、と聞いていた。

「案外、何かの拍子ですれ違ったりして」

 などと笑いつつ、僅かにある可能性に期待しながら、彼は駅から歩いていった。




 だが、その数時間後のこと。


突然警報が鳴り出した。

「な、何だ!!」とか「何事よ!!?」などと、周囲が慌ただしくなる。

「イエローアラート……!?」

 敵襲警報イエローアラート───文字通り敵の襲撃を警告する警報だった。

「でも、敵って……?

戦争してる訳でもないのに……」

 そう思いながらも、先程音のした方を振り返った、その時。

 航空機が不規則な機動で飛んでいることに気がついた。

「あれは……」

 主翼の国籍識別紋章エンブレムを確認。

「ロシア空軍……?

何でこんなところに───」

 言いかけたところで彼はハッと息を飲んだ。

 その影から何かが落ちてくるのが確認できた、そしてその目的を察することもできた為だ。


 少し離れた所に着弾───そして、爆発。


 突然の空襲に、騒然とする人々。


 混乱し慌て逃げ惑うその中をどうにかこうにか、少年は走りながら避難施設を目指した。


 ……筈だったのだが、どういうわけか全く関係のない場所に辿り着いてしまう。






「ここは……艦載機の、格納庫……?」

 聞き覚えのない男の声が聞こえた。

「───誰!!?」

 急いで顔を拭き、少女は問いかける。泣き出していたこともあって大分上擦った声になってしまっていたが。

 目の前には、穏和そうな少年の姿があった。

 その少年が、一瞬驚愕した様な表情を見せ、何らかの様に口を動かした。

 が、すぐに封じ込める様に黙り込んだ。

 何を言いたかったのか気になったが、

「すみません。避難していたら迷ってしまいまして……」

 すぐに、少年はそう返してきた。

 すみません、と言いたかったと思うには少し無理がありそうだったが、彼女はそれ以上気にしないことにした。

 だが、それはそれとして問題が発生する。

「避難って……貴方達、民間人!?

何でこんなとこいるのよ!!?

軍関係者以外の立ち入りは禁止の筈よ!!!」

「一応乗艦許可は頂いたので」

「……貴方、国防大の附属生ね。

何故この艦に乗ったのかは良いとして、何故この区画に入ったの?」

 尋ねると「それが……」と歯切れ悪そうに少年は言った。

「艦内で迷って……」

 聞いた瞬間、呆れて「あのねぇ……」と愚痴が溢れてしまう。と、


 何かに気が付いたのか、少年は視線を彼女から逸らせた。

 それは彼女の後ろにあるもの。

「あ───こ、これは!」

 彼女が焦って両手を突き出すが、時は既に遅し。

 それは、変わった形状の軍用航空機の一機。

 小型、とはいえその小柄な機体に搭載するには大型な砲身を搭載し、機体下部には箱形のユニットが一つと、アーム状の機械の様なユニットがそれぞれ装備されていた。

 まだ塗装はされておらず、金属らしい鉄灰色をしていた。

「───戦闘機!

なんで使わないんですか!?」

 ほとんど反射的にだろう、少年がそう聞いてきた。それに対し「バレたからもういいか」と冷静さを取り戻した少女は「……欠陥機だからよ」と返した。

「シュミレーション上でだけど、フレームが飛行中に上手く安定しないのよ」

「フレームがって……」

 フレームが安定しない。それは確かに致命的な欠陥だった。

「どういう機体構造してるんですか?

見た限り『V-TOL(垂直離陸型)』に見えるのですけれど……」

 そう言いながら、機体の主翼部に変わった形状の砲身が装備されているのが気になって、そこに視線を向けた。

「貴方、分かるの?」

「まぁ、一応……」

 機械工学専攻だし、と追加する少年。

「……なら、話が早いわね。

フレームが安定しないだけでなく、可動式の電磁投射砲レールガンが───」

「レールガン、って、これレールガンなんですか!?

何でそんなもの戦闘機に……」

「……訳あって載っけたのよ」


 彼女の話を要約するとこういうことだった。

 火力を上げる為にレールガンを搭載したが重量が嵩張ったせいでバランスが悪くなった。可動式のアームに接続した為に砲身の向きを変えられる様になったが、飛行中は前に向けて撃たないと反動でバランスが崩れるという本末転倒、と。

「おかげでせっかく出来上がったのにコンペにも落ちて、パイロットも決まってないし───」

 そこまで聞いた少年は、彼女に対してふとしたことを言った。

「……乗ってみていいですか?」

 その一言に彼女は戦慄する。

「───はぁ!?あんた正気!!?」

 そう言う彼女に対して「乗ってみなきゃわからないでしょう?」と言った少年に、彼女は「馬鹿言ってんじゃないわよ!!」と罵った。

「この零はねぇ、シュミレーションでテストパイロット何人も殺してんのよ!?

仮想空間の空ですら誰一人並の航空機みたいに飛ばせたことないのよ!?

その結果のせいで、翔んだことなんて一度たりともないのよ!?

あんた死にたいわけ!!?」

 彼が知ったことではなかっただろうが、彼女は先程自分が乗ろうとした際、オペレーターが自分に言ってきたことをそっくりそのまま彼にぶつけた。自分で言ってて、言葉が自分の心に刺さり、涙が溢れてくる。

 溢れた涙が頬を伝う。

 対して彼は、

「信じてやれば良いんですよ」

 そう言って、肩に架けていたリュックを下ろしながら、機体に近づいた。

「───え……?」

「『ただ信じてやれば良い。

そうすれば、機械は応えてくれる』」

 機体の間近に立ち、そう言って機体の胴体部を撫でた。

「僕の好きな言葉です。

僕も、その通りだと思っています」

 彼女は、彼の言った言葉を知っていた。

 それに、彼女は彼に対して、何か、懐かしい何かを感じていた。

「……あんた……名前は?」

 彼女に尋ねられ、彼は振り向き名乗った。


「国立防衛大学附属高校岩瀬校舎 陸軍部工兵科二年の有本 僚です」


「───っ!!?」

 その名前に、少女は唖然としてしまった。

「あ……有本、僚…………」

 彼の名前を、無意識に復唱してしまう。多分、彼には聞こえていない。

 そして、若干俯いて少し考え、

「……わかった。

パイロットの仮登録申請、しておくわ」

 キリッとした態度でそう言い、手元の端末を操作し始めた。


「え……?」

 散々反対していたはずの少女が急に態度を変えた為、僚は一瞬戸惑う。

「……ありがとう、ございます」

「ただし、条件を二つ提示するわ……聞いてくれる?」

 彼女がそう言いながら端末を操作していると、コクピットハッチが開く───機首下部にある箱形のユニットがどうやらコクピットブロックの様だ───。

 そこがコクピットだったのかと思うのと同時に、彼女の言う「二つの条件」が気になった為、僚は「……はい」と相槌を打った。

 すると彼女は、

「コクピット右上にあるレバー、絶対に引かないで」

と言って彼女はコクピット内に指差した。確かにその位置にレバーが確認できる。

「……分かりました」

 その後「それと……」と歯切れ悪そうに何かを言いかけた。

 もう一つの条件についてだろうか。気になり、彼が「はい……?」と聞き返すと彼女は、

「絶対、無事に帰還しなさい。

欠陥機だとか言われても私の機体なんだから、壊したりなんてしたら承知しないわよ!」

 そう言った。それに対して、

「……了解です」

 応えた僚はコクピットに入り込み、シートに座る。

 そして、僚はコクピットハッチを閉じた。





「コクピット全体を装甲で被って、内壁全面にディスプレイを張ってるのか」

 欠陥機と呼ばれた機体のコクピットに乗り込んだ僚は、少女の指示通りにコクピット内部電灯を付け、操作の元で機体を起動させた。


『A6M01-X03

《零式TOKM艦上戦闘機 試作型三号機》


SISTEM ALL GREEN


TAKE OFF STANDBY』


 目の前にあるディスプレイにそう浮かび、発進準備が完了したことを告げた。

「これが零の正式名か。

えっと、零式……とくむ、艦上戦闘機……?

……まぁ、ややこしいから『試作三号機』でいいか」

 『三号』ならば最低でも一号と二号は居るんだろう等と思いながら、手渡された紙媒体式簡易マニュアルという名のメモ用紙を元に機体を作動させる。

コクピット内が、メインモニターの明かりによって明るくなった。エレベーターによって機体が信濃の後部飛行甲板上に運び出されていた為に外の様子が確認できる。

 街は結構荒れあちこちで煙が見えていたが、運良く周りに敵戦闘機は居なかった。

「試作三号機、発進準備完了」

 そう伝えると『カタパルトに機体を持ってくわよ』と返ってきた。それに対し僚は咄嗟に、

「え、でもこの機体って確か『V-TOL』じゃ───」

と返しかけたところ、

『いいから私の指示に従う!』

 耳が痛くなる程の声音で思いっきり怒鳴られた。心無しか機嫌悪そうで若干怖かった為、僚は「は、はいっ!!」と返し、彼女に従って機体をカタパルトに運ぶ。

 カタパルトに機体がセットされ、ようやく発進準備が整った。

『これで良いわ、行って!』

 先程よりは上機嫌そうな声が聞こえた。一瞬ホッとした僚は「了解しました」と返し、吼えた。

「有本 僚!

試作三号機、行きます!」

 彼の掛け声に合わせて、戦艦 信濃の後部飛行甲板上に装備されたカタパルトより射出された一機の戦闘機が飛び立った。













 紅 蓮 の 艦 隊

 - the Great Battleship of Scarlet Fleet-





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