第68話 わたしが、がんばるよ

「アシュラドが、来てくれたから」

 パニーには、アシュラドの反応をまるで予想できなかった。

 それでも、今すぐに伝えたい、伝えないといけないと思った。

 あっけに取られるアシュラドの両目は、パニーを食い入るように見ている。

「死んだひとたちにはもう会えないし、過去に戻ることもできない。

 わたしはそのことに身動きがとれなくなってた。

 だけどあのとき、アシュラドがやりなおせるって言って、わたしを連れだして……止まってたわたしの時間が、もういちど動きだした」

 アシュラドは声を出さずに、目だけで感情を示す。

 だが、それは……結果的に嘘になったんだろ?

 そう言いたげだった。

「もちろん、すべてを割り切れたわけじゃない。悲しくて苦しくて、自分の無力にどうにかなっちゃいそうで……これからもわたしは、きっとたくさん崩れそうになる」

 なら、どうして?

 アシュラドの疑問にパニーはさらに笑みを深める。

「わたしね」鼻水をすすった。「みんなが、好きなんだ」

 両手で握るアシュラドの右手を、胸に抱く。

「マロナはほんとになんでもできて、あこがれる。なのにわたしがろくに家事をこなせなくても怒らないで、根気よく教えてくれて……無意味に甘やかすこともなくて、ほんとに優しい。わたしはもっと、マロナにいろんなことを教えてほしい。

 サイは大人なのにほとんどの発言がテキトーで、たまにまじめな顔をしたと思ったらだいたいはあきれさせるための伏線で。いつも笑わせようとしてくるけど、いちどもおもしろいと思ったことがなくて……けど、だめな大人だなあって思わせながら、わたしの話をいちばん聞いてくれてた。それをなかなか気付かせないくらいさりげなく、受け止めてくれてた。

 キリタは変態で暑苦しいしうざいし、ちょっとほめるだけで調子に乗るしうざいし、できればあんまり近づきたくないんだけど……わかってるんだ。わたしがこうして生きていられるのは、キリタのおかげだって。うざいけど。

 あと、アシュラド」

 呼ばれてアシュラドの頬が微かに動く。まるで怯えるような視線に、パニーは目を細める。『人間』換算年齢はアシュラドのほうがずっと上なのに、まるで年下のように思えた。

「君は顔がこわくて、初めて会ったときの態度も悪者で、わたしのからだを無理やり動かして、強引に連れだして、そのあともずっと、口を開けばえらそうで。

 だけど、やりなおすっていう目的にまっすぐ向かってく……そんな君は、かっこよかった。

 わたしと同じように……ううん、わたし以上に過酷な状況で仲間を失ったはずなのに、迷いなく突き進む君はわたしのだったよ」

「……そんな、ことは」

 謙遜ではなく、心底やめてくれというようにアシュラドは目尻を歪める。

 しかしパニーは怯まない。

「君は、もしかしたら無理をしてたのかもしれない。けど、それでもいいんだ。

 たとえ精一杯強がってたんだとしても、わたしはその姿に救われた。

 おかげでわたし……やりなおしてた。いつの間にか、やりなおしてたんだよ」

「パナ……ラーニ……」

「わたしはもっとみんなと一緒にいたい。おとうさんもおかあさんもにいちゃんもねえちゃんもみんな、みんないなくなったこの『今』でも」

 そう言うとパニーはアシュラドの手をゆっくり離す。

 代わりにしゃがみ込むアシュラドにもっと近付いて、頭を抱きかかえた。

「……生きていたいんだ」

 されるがままになるアシュラドは、声が出ない。

 まるで金縛りに遭ったかのように、触れる肌の感触を、温もりを、囁くような声を、甘く優しい匂いを、そして目の前で起きていることの意味を……せめて取りこぼしてしまわないように、あるいはじっと耐えるように、目を見開き、歯を食いしばっていた。

「だからここからは……わたしが、がんばるよ」

 パニーの声色から感傷が唐突に失せ、がらりと変わる。

 え?

 とアシュラドがかすれた声で呟く前に、パニーは身体を離した。

 そして涙を拭いて立ち上がり様、叫ぶ。

「ガ、ダ、ナ、バァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 大声量が戦場の放心を解くように、響く。

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