第50話 幸せにならずにはいられない町
アシュラドとマロナが宿に戻ってきたのは、ちょうどサイの話が終わったころだ。
「あ……みんな正気に戻ってる」
ひと目見て解ったらしく、マロナが言う。宿に残っていた三人は、ふたりがいち早く我に返って出かけていたのだとすぐに察する。しかし反応できたのはサイだけだ。
「悪いな。夢でも見てたみたいな感覚だ」
「まあ、俺たちもそうだったんだ。仕方ねえ」アシュラドが自虐的に笑ってみせ、それからキリタとパニーに顔を向ける。「お前らも、もう大丈夫か?」
「えっ!」
パニーは驚いたように顔を上げ、頬を赤らめ、気まずそうに逸らす。
「パ……パニーッ……!?」キリタがその反応に狼狽する。
「どうした? お前ら」
当然アシュラドは怪訝な顔をする。
「キリタ! ばか! この!」パニーは唇を歪めつつ、キリタの頭や肩を叩く。
「パニー! 痛い! 痛いけど、いい! もっと構って!」
「きもちわるい!」
「相変わらず仲いいな……」
アシュラドが気味悪そうに身体を引く。パニーは否定したいが否定できなかった。
「で、どういうことだったんだ? なんとなく解ったんだろ?」
パニーに助け船を出すように、サイが訊く。マロナが頷いた。
「まだ推測込みだけど、別にあたしたちは騙されてたわけじゃない。
体験したことは幻でもなければ、裏に悪意があるわけでもない。
ここは、こういう町なんだ」
「どういうことだ?」
「質の高いサービスを提供する店が当然のように建ち並び、町人たちも旅人もそれを享受するうちに、幸せにならずにはいられない町、だ」アシュラドもサイに向き直る。
いち早く自分たちの目的を思い出し、正気に戻ったアシュラドとマロナは、警戒しながら町に出て聞き込みを行った。
その結果、この町の住人たちは、皆親切だということが解った。
なにかを訊けば真摯に答えようとするし、訊いてなくてもこちらが腑に落ちない様子だと、先回りして『あなたの困りごとを解消したい』という態度で接してくる。
それも、ひとりやふたりではない。話した者の全てがそうだった。そこに不自然さや下心は欠片も感じられない。あまり無条件に他人を信用しない、というか基本疑ってかかるマロナやアシュラドがそう感じるのである。もしこれらが町ぐるみの演技なら、騙されたって仕方ないと思えるレベルだった。
「それで、実は……あっさり教えてくれたのよ」
拍子抜けした、という感じでマロナが言った。
「なにを?」パニーが見上げる。
「『時の賢者』がいる場所」
「えっ」驚いて、すぐ怪訝そうに眉をひそめる。「その割に、嬉しそうではないね?」
「……なんか、誰も嘘をついてないとは思うんだけど、こんな上手くいくのに慣れてなくて」
「んで? どこにいるんだ?」
サイの質問に、マロナはひと差し指で天井を指差した。
「ん?」
「あの、塔の一番上だって」
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