名を刻む

みふね

第1話 名を刻む


「明日映画館に行きたいな」

「チケットはとってあるわ」

 彼女はいつも用意周到だ。いや、用意周到過ぎる。


「わっ、唐揚げ落としちゃった」

「大丈夫よ。唐揚げ入れてないから」

「なんだ、よかったー」


「晩御飯はまだ?」

「もう食べたでしょ」

「え、そうだっけ?」


「僕たち、結婚しようよ」

「婚姻届は出してあるわ」

「君は本当に用意がいいなあ」


「そろそろ子どもをつくってもいいんじゃないか?」

「何言ってるの。もういるじゃない」

「え、いつの間に……」





「君は……さなえ……」

「まだ、覚えてくれているのね」

「さなえ……」



 東京の某所で認知症の男が息を引き取った。その手のひらにはの3文字が彫られていた。

 それを見て女は呟く。


「ホントに用意周到なんだから……」

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