12月18日(水) クリスマスの予定
「――そういや、来週はクリスマスだな」
ふと、何気なく呟かれた蔵敷くんの言葉がクラスの空気を張り詰めたものへと変えました。
私も含め、かなちゃん以外の女子全員が飢えた獣の如く緊張感の宿る視線を向ける中、話者の三人は全くそれに気が付きません。
「当然、翔真は多くの女性陣から誘いを受けてるんだろうが……行く予定はあるのか?」
からかうような、そんな声音で尋ねる蔵敷くん。
「ないよ、妹がうるさいからね。……けど、その質問さ――本当に予定がなくとも、逆にあったとしても、結局は同じことを答えるから意味ないんじゃないか?」
「……全くもってその通りだな」
それに対して、一方の翔真くんが苦笑を浮かべて答えれば、まるでその回答を予期していたかのように蔵敷くんは肩を竦めるだけです。
同時に、安堵とも落胆とも言えるため息が教室中に蔓延しました。
彼にクリスマスを過ごす特別な相手がいないという事実は大変に喜ばしく、されども、自分がその相手ではないという悲しみでいっぱいです。
「そういうそらたちはどうなんだ? ――とは言っても、予想はつくけど……」
「う、うん……そうだね」
話題の対象は移り変わり、今度は蔵敷くんが同様の質問を受けました。
……が、こちらについては語るまでもありません。
私も翔真くんも、浮かんでいる答えは一つであり、互いに示し合わせたように頷きます。
――どうせ、かなちゃんと一緒なんだろうなぁ……と。
「うっせー……。……いや、間違っちゃいないんだが」
「正解ー」
そっぽを向く蔵敷くんと、パチパチと手を鳴らすかなちゃん。
対照的な態度を見せる二人をほっこりと眺めていると、言い訳がましく言葉を付け足す人がいました。
「……ていうか、別に二人が思っているようなことは何もないぞ。単に慣習というか、習わしというか……家族ぐるみで一緒に集まってチキンとケーキを食べるくらいだっつーの」
それだけでも充分と言いますか、結構なことなのですが……きっと彼にとっては当然のことで、あまり実感がないのかもしれません。
「じゃあ、プレゼント交換とかもしないのか?」
「するよー」
蔵敷くんの言葉を受けて、続けて翔真くんが質問をすれば、答えたのはかなちゃんでした。
言ってることと違うのでは――などという視線を私たちが向けると、バツの悪そうに目を逸らし、渋々と語ります。
「…………いや、それも行事というか……毎年それぞれが親から貰ったクリスマスプレゼントのお金を使って、互いに品を買い合って、渡してるだけだ」
――
などと思ったのは、きっと私だけではないはず。
思ったよりも恋人らしいことをしていた事実に、からかいを超えて何も反応することが出来ませんでした。
「…………そ、そういえば……詩音さんはどうなの? 何か予定はあるの?」
「えっ、私!? ――は、えーっと……何もない、かな」
そんな空気を変えようとしたのでしょう。
翔真くんが同じ問いを私にも投げてくれたのですが、一瞬だけ『もしかして――?』などと期待してしまい、出だしの声が裏返ってしまいます。
もちろん、すぐに話の流れで振ってきてくれたのだと理解し、平静を取り戻してはみましたが……バレてないでしょうか?
……少し恥ずかしいです。
「……ふぅーん、そっか」
幸いにも、返された言葉はそんな一言だけでした。
浮かぶ安堵と、ほんの少しだけ含んだ落胆をため息に乗せて吐き出せば、蔵敷くんたちは――。
「何だよ……じゃあ、ここの連中は皆、家族で過ごすだけなんだな」
「……寂しい者の集まり」
――こんなことを言い放ちます。
「……いや、そらたちは違うだろ」
「かなちゃんたちは違うと思うよ……」
きっと、この学校のどの恋人よりも恋人らしい二人である――と、私たちは改めてそう思いました。
♦ ♦ ♦
その日の放課後。
部活も終わり、寒空の下を帰宅する時分。
いつものように翔真くんと歩いていると、カラカラと廻る車輪の音に合わせて声が届きました。
「ねえ、詩音さん……二十四日とか空いてる?」
「……………………えっ?」
……………………えっ?
現実と胸中で同じ台詞を言い放ち、困惑する私。
果たして、私の聞き間違いでしょうか?
「……もし空いてるならさ、博多駅に付き合ってくれないかな?」
どうやら、聞き間違いなどではない様子……。
しかし――。
「か、家族と過ごすんじゃ……?」
――確か、数時間ほど前に教室でそんなことを言っていたはずです。
彼の妹――陽向ちゃんがせがむから、と。
「あー……それは二十五日の話だから大丈夫。それにほら、二十七日は今年最後の部活で大掃除をするからさ。その前に色々と道具だったり、消耗品を補給しなきゃいけないかなって思って……どう?」
こちらの反応を窺うように向けられる顔。
しかし、街灯もなく、影に隠れてその表情は私からは見えません。
「う、うん……私も、大丈夫。別に何もない、から」
それに対して、緊張からか思うように動いてくれない口を何とか動かし、返事を返しました。
「そっか……! じゃあ、詳しい話は帰ったらメッセージに送るよ」
「えっ……あ、うん」
ともすれば、気が付けばいつもの別れ道だったようで、それだけを言い残した翔真くんは唐突に自転車に跨って、行ってしまいます。
その背中は瞬く間に遠くなり、感情が追いつく頃には、姿はもうどこにもありません。
見上げれば、代わりなのか数えることが億劫な程に白銀色の輝きが。
……けれど、暗くて良かった。
何故ならそれは、私の表情も見えなかったということで……この真っ赤に染まった顔を見られずに済んだのだと、そう思いました。
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