12月7日(土) 残業・イン・マイハウス
「今日もまた、随分と仕事を持って帰って来たみたいだね……」
夕食も済まし、比較的穏やかに過ごすことのできるこの時間。
リビングの机にドサリとブリントの山を置く私の姿を見て、ゆうくんは声を掛けてきました。
「うん、三者面談の段取りと試験が被っちゃって……まだ採点が終わってないの」
私の受け持っているクラス数はⅠ類全体にあたる四クラス。
総勢百三十二名の答案用紙に対して、予め用意していた模範解答と照らし合わせてその正誤を判断し、朱入れして、計算し、成績にまとめるというのは存外に大変な作業です。
いつもならばまだもう少し時間的猶予があるのですが、今回は後ろに三者面談が控えており、そのタイミングで成績を返してしまわないといけないため、より一層の急務だったり……。
「そっか……指導教諭は大変だね。でもさ、僕は養護教諭だから詳しく知らないんだけど、仕事の持ち帰りって学校的に大丈夫なのかい? ただのテスト用紙とはいえ、生徒たちの個人情報には変わりないけど……」
「あ、それは大丈夫。ちゃんと断りは入れているから」
興味本位から尋ねてくるゆうくん。
彼の場合は、私たちと違ってもっと大事で扱いの繊細な個人情報ばかりを含む書類の処理をしているために気になったのだと思います。
その質問に対し、許可を得たことを話せば納得したように頷きました。
…………本当は、持ち帰ることなく仕事を終えられるのが一番なんですけどね。――と、私は苦笑い。
「なるほど。まぁ、何にしても部外者が見るべき内容ではないだろうから、僕は退散させてもらうよ」
そう肩を竦めたら、机から少し離れたソファへとゆうくんは腰掛け、どこから取り出したのか読み差しの本を栞ごと開きます。
ふふ……テレビを付けないのは、私に対する気遣いでしょうか?
その言外なるお言葉に甘えてペンを持った私は、山の上から一枚、用紙を手元に引き寄せました。
――マル、バツ、マル、マル、バツ、マル、マル。
ペン先が紙と擦れる心地良い音とリズム。
一組から順に出席番号で並べられているため、見知った中でも特に馴染み深い氏名を目にしながら、一心不乱に手を動かします。
その手が、ある一枚で止まりました。
「ゆうくん、ゆうくん。かなたさんの点数、今回は良い感じです」
「……ゆうちゃん、それ見せていいの?」
まるで我が子でも褒めるかのように、私が一枚のプリントを彼の目の前に掲げたら、苦笑とともにそんな返事が返ってきます。
「そんな今更なこと……それより、ほら。そらくんの点数も高いから見て」
「……本当だね。この前ゆうちゃんが言っていた、『生徒たちの自主勉強会』の影響かな? 確か、彼も先生をしてたよね」
「多分、そうかも。……畔上くんには感謝しなきゃ」
文系・理系の成績がそれぞれ良いにもかかわらず、よりにもよって私の担当する英語だけが何とも言えない点数だった二人。
それを、ここまで上げるきっかけを生み出した畔上くんにはお礼を言いたい気持ちでいっぱいです。
「でも、良かった。二人が、たとえどんな道を選んだとしても、進学する以上は英語が必要になってくるからね。今回の結果は、純粋に嬉しく思うよ」
そう、うっすらと笑みを浮かべるゆうくんは本当に嬉しそうで、見てるこっちも余計に笑顔が零れました。
「うん、私も。そして何より、自分の手でそんな教科を二人に教えることができて嬉しい」
だってそれは、二人の中に私という存在が残るということだから。何かを残せるということだから。
見守ってきた者として、それ以上の喜びはないです。
「さて……それじゃ、もう少し頑張りましょう」
目の前の仕事も、これからのことも。
まずは一つずつコツコツと――。
続く、打って変わったマルばかりの解答用紙を見ながら、私はそう思いました。
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