10月26日(土) 新人戦・地区大会・三日目
新人戦の続き。その三日目。
先週の団体戦に引き続き、今日はダブルスということで、選抜された選手たちは思い思いにアップを行い、その後ろ姿を俺たちは見ていた。
しかし、所詮は個人戦。
学校の名前を背負うわけでもなく、目玉の選手を出しているわけでもなく、ましてや地区大会であるのにわざわざ全員で応援に来る必要があったのだろうか。
……まぁ、監督やコーチが出席しなければいけない都合上、部活は休みになるわけで、だったら集まって観戦しようという考えも分からなくはないのだが……如何せん暇すぎる。
空きコートでも生まれて、模擬戦形式のラリーでもできたらなぁ……などと頭に浮かべた、そんな折の出来事だ。
「――あの、翔真先輩」
「ちょっと、いいですか?」
背後からの掛け声に、隣に立つ翔真とほどんど同じタイミングで振り返ってみれば、そこには今日出場するはずの一年生ダブルスコンビがいた。
「ん? ……何かな?」
相手を緊張させない柔和な笑みと爽やかな声での対応。
それを前に、息の詰まっていた後輩たちは少しだけ安堵の表情を見せる。
「実は俺たち、コンビネーションの確認がしたくて……」
「だから、ラリーの相手をしてくれませんか?」
「あぁ、それは別にいいけど……」
二つ返事の了承に顔を綻ばす一年生ズではあるが、一方の翔真は少しだけ言葉を濁らせていた。
「でも、それなら監督たちとか、ウチのダブルス組に見てもらった方がアドバイスも貰えて一石二鳥じゃないか?」
確かに、翔真は俺と同じシングルス専門。
……まぁ、器用なアイツのことだから、やればできるんだろうが。
「それは……そうなんですが、それぞれが他のペアの方にかかりっきりで……」
「頼みの綱は、翔真先輩しかいないんです!」
はて、それはどういうことなのか。
見渡せば、すぐに答えは分かった。
監督たちも、ウチの団体戦を仕切るダブルスペアも、それぞれが別のペアと話していたのだ。
こんな状況では、専門外であっても何かしらの頼りになる畔上さんに泣きついても仕方のないというもの。
「なるほどな……いいよ。単なる壁にしかならないけど、それでも良ければ」
『あ、ありがとうございます……!』
故に、もう一度改まって了承すれば、彼らは勢いよく頭を下げた。
あな、げにめでたき青春かな。
「――てことで、そら。手伝ってくれ」
「……………………は?」
♦ ♦ ♦
「……何で俺が」
気が付けば、何故か俺はコートに立っていた。
いや、それは別にいい。問題なのはコレが俺の苦手とするダブルスであるということだ。
「壁役だし、別にいいじゃんか。気楽にやろうぜ」
「この野郎……」
そんな親友の発言に、久々にイラっとする。
その台詞はあくまでも俺が言うものであり、お前が言う筋合いはないだろう――と。
……こうなったら、アイツが取れそうな球は全て動かないでやる。
「じゃあ、いきます」
後輩の合図で始まったショートサーブを受けた俺は、そのまま前衛を請け負った。
ともなれば、返しで同じように前に落とすということはせず、彼らは後方の隅にドライブ気味の球を放つ。
「おっと」
そんな声と、シャトルがガットを弾む音を背中で捉え、打球に間に合ったのだと理解。
しかし、少しコースが厳しかったのか返球は甘い。
前にだけは落とされないように俺がラケットを構えれば、相手は再び後方逆サイドの隅を狙う。
渾身のスマッシュ。
しかし、流石というべきか……先ほどの甘い球は自分の体勢を整えるためにわざと浮かして打ったものらしく、翔真は難なく返した。
それどころか、ネットスレスレのライナー性のある返球であるため、驚いた相手の前衛は触るだけで精一杯。
前に落ちるだけのショットを、相手コートの空いた空間に俺が打ち返せば――って、しまった! 癖で打っちゃったよ……。
一年生の二人は慌て、同時に取りに行ったがそれは悪手だ。
何とか返球だけはしたものの、次の攻めを受けられる準備ができておらずそのまま翔真のスマッシュが床に突き刺さる。
「――って、あれ? これ、勝っても良かったんだっけ?」
「さぁ……知らね」
素で質問してくる親友に、俺は肩を竦めた。
そうして、二人して一年ズの様子を窺ってみれば、彼らはワナワナと身体を震わせている。
『……………………す』
す……?
すみませんが先輩方、練習って意味知ってます? ――の略?
『す、すごいですね翔真先輩! めちゃくちゃ上手かったです!』
「えっ……? あ、いや……そうでもないよ」
何だ、良かったー。
半ギレされたわけじゃなかったのか。
褒めちぎる後輩らと、謙遜する翔真。そして、安心する俺。
三者三よ――いや、まさに四者三様か。
「翔真先輩ってダブルスは部内戦の時以外はしないんですよね?」
「なのに、何であそこまで息の合った動きができたんですか?」
矢継ぎ早の質問に少し戸惑いながらも、親友は答えてみせた。
「やっぱり、お互いの力をきちんと把握して、信じること――かな。そらだったら、この球は取れる。これは無理だから、俺が行こう。そうやってパートナーと自分のできることを理解していたら、自然と動きは合うよ」
……いいえ、違います。
俺はただ丸投げしていただけです。何なら、翔真にばかり球がいくように立ち位置を計算していました。
つまりは、翔真が凄かっただけ。
『なるほど……!』
だから、お願い。
そんなキラキラした目で、納得しないで……。
あまりにいたたまれなくなり、視線を別の方向へと外せば、いつの間に見ていたのか監督と目が合った。
「団体戦……一年生ダブルスは外して、アイツらに組ませるか?」
それは止めてください。
いや、割とマジで。
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