10月2日(水) 徹宵、それすなわち不毛
澄み渡る空、晴れ渡る日差し。
吹き抜ける風は涼しく、そして心地良く、とても穏やかで過ごしやすい、清々しさ溢れる気候である。
そんな今日。
俺はかなりグロッキーだった。
体は重く、頭はボーッとし、モヤが掛かったかのように思考は鈍く、意識が朦朧とする。
頭が痛い。気持ちも悪い。気を抜けば今にも倒れ伏してしまいそうだ。
「おい、そら……大丈夫か?」
お昼時。
弁当を囲むそのタイミングで親友が声を掛けてくれる。
「あぁ……まぁな……」
幸いにも食欲がないわけではない。
箸を持つ、料理を掴む・運ぶ、口を動かす――それらの動作がいちいち億劫なだけで、少しずつだが確実にお弁当を消費できている。
ただ、『意識を保つ』という意識を常に持っていなければ気付かぬうちに机に伏していそうになるため、残り少ない気力を総動員させる必要があり、余計に辛かった。
「けど、顔色が悪いぞ……」
そう指摘される通り、俺の顔色はあまり良くない。
肌の一部が青アザのような薄紫色に変色している箇所も見られるのだ。
その点、翔真は気遣ってくれることが多いが、逆に全く何もしない甲斐性なしの幼馴染がいたりもする。
全く……なんて奴だ。
「あ、あれ…………でも、その割にかなちゃんはあんまり心配してなさそうだよね……」
気が付いた菊池さんは、純粋な疑問として口に出す。
ともすれば、事情を知ってるかなたはため息を吐いてそっとタネ明かし。
「……ん、だってただの寝不足だもん」
「……………………は?」
「……………………え?」
言われたことが理解できず、意味のない音を発するだけの彼らをよそに、彼女はつらつらと真実を語り紡ぐ。
「……徹夜でゲームしてたみたい」
はい、というわけで俺は今、とても眠たいです。
それでも何とか起きてようと気張り、しかし授業中にいつの間にか眠ってしまい、また起きてを繰り返していたため、妙な頭痛はするし、眠気も回復しないしでとても気分が悪かったのだ。
『…………………………………………』
呆れて二人も絶句していた。
「…………何で徹夜したんだよ、そら」
半眼の表情で問いかけてきた翔真。
その質問に、食べ終わった弁当を片付けつつ答える。
「いや、夜中からゲームの新シーズンが始まってな。イベントスケジュールでは二時スタートだったんだけど、実際は四時でさ……じゃあもう徹夜でやるかー――みたいな」
「二時の時点で諦めろよ……。朝補習があるんだしさ」
悪いな。それでも諦められないのがゲーマーってものなんだよ、翔真。
……ゲーマーって名乗るほど上手くはないけど。
「ま、そういうわけだから今から寝る。始まる前に起こしてくれ」
「はぁー……了解」
やっと取れる睡眠時間。
およそ四十五分だが、それで少しでも身体を休めよう。
そう思い、机に頭を預けようとした矢先、そっと手で止められた。
見れば犯人はかなたであり、もう片方の手で自分の膝をポンポンと叩いて何かをアピールしている。
「…………何?」
「……枕、あった方がいいでしょ?」
その一言で何を求められているのかを察した俺であるが……コイツ、マジで言ってるのか?
「いや、いいよ。腕で事足りるし」
「……枕、あった方がいい」
遠慮するが、何故か引き下がってくれない。
「それに、恥ずかしいだろ」
「……絶対に、あった方がいい」
むしろ、圧はどんどん強くなっていく。
こうなっては、自分の要求が通るまでかなたはずっと同じことを言い続けるだけだ。
「…………分かったよ」
襲いくる眠気とも相まって、俺の方が折れる。折れてやる。
教壇の横に置かれている空き机から椅子を持ってきて並べると、簡易的なベッド代わりにして、幼馴染の太ももに頭を乗せた。
……くそ、周りの微笑ましい視線が痛い。
目を瞑り、外界の情報の一部をシャットアウトする。
合わせて、かなたは俺の耳を手で包むことで、外の音もまた遠いものとなった。
だがそれでも、周りが気になって仕方ない。
椅子の硬さ、足の置き場の狭さ、クラスメイトの様子――これではきっと眠れないだろう。
しかし、一説によれば、人は目を閉じているだけでもそれなりの休息効果を得ることができるらしい。
ならば、それでもいいと考え、無駄な思考もこれで打ち切り、そうして、俺は……俺は――…………。
♦ ♦ ♦
「……爆睡だな」
「……よく寝てるね」
「……ぐっすり」
三人は一人の寝顔を見て、同じ感想を呟く。
あれだけ文句を言っていたのに、ものの数分でこの有様だった。
「しかし、見事に抱きついてるな」
「うん……こんな蔵敷くん、初めて見る」
「……そらは寝るときに抱き枕を使うから、こうして抱きつき癖がある」
幼馴染の腰に巻かれた腕。
不自然な寝姿勢のため緩くではあるが、しかし逆にそうまでして抱きつきたいのかと、見ている者をほっこりとさせる。
「…………何、してるの?」
「無駄な心配をさせた罰、かな」
「かなちゃん、こっち見て」
困惑する彼女をよそに、二人は自分のスマホを持ち出した。
律儀にも消音設定をした彼らは、画面をタップしてその一時を一枚の画像として記録し、再びポケットにしまう。
「……それ、私にも頂戴」
「もちろん、後でかなちゃんにも送るね」
果てさて……起きたとき、この事実を知った彼は一体どんなリアクションを見せてくれるのか。
気になるところではあるが、それはまた別の話。
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