9月20日(金) プール in スクール

「――そういえば、この学校ってプールの授業がないよな」


 もしゃもしゃと、みんなで昼食を囲みながらの時間帯。

 そんな折に、ふと思い付いた話題を俺は口に出す。


「そうだな」

「う、うん……」

「……もぐもぐ」


 しかし、一年以上もこの学校に過ごしていれば……いや、たとえ過ごしていないとしても知っている人の方が多いであろう事柄に、一同の反応は冷たい。


 だが、これはただの前振り。

 本題はここからだ。


「けどさ、プール自体はこの実習棟の屋上にあるんだぜ」


「あぁ、知ってる」

「というより、その……校舎の外からも見える、よ?」

「……ココアうまうま」


 あれ……冬って、まだだよね?

 なんか異様に空気が冷たいのですが……。


 しらーっと向けられる視線は存外に居心地が悪く、ついつい身動ぎをしてしまう。


 きっとアレだな。

 秋にプールなんていう季節外れの話題を振ったから、余計に寒く感じるんだ。


 というわけで、こうなったら最後までやりきるつもりで更に季節外れなネタをぶっ込んでみよう。

 ……ちゃんとプールに関係あるしな。


「じゃあ、そのプールが使われなくなった原因は知ってるか? 何でも、屋上から生徒が飛び降りて死んだ事件が過去にあったらしく、それ以降は溺死する事故が増えたから――らしいぞ」


 それは怪談。いわゆる、怖い話。

 体の芯まで凍りつかせ、夏の暑さを吹き飛ばす定番の風物詩である。


「あれ……? 俺の知ってる話と違うけど……」

「わ、私も……」

「……このチョコ、うま。そらも食べてみて」


 のなへの、んしひはなのだけど、不思議かな

 のほっていたはんのうのは思っていた反応とは…………ごくん、全く違っていた。


「俺は、プールを作ったはいいけど予算不足で耐久性が足りなかったせいで、水を貯めたら天井が抜けて崩壊するから――って聞いたんだけどな」


 何それ、ある意味怖い。

 というか、今も尚その予算カツカツの校舎に居座っている事実が怖い。


 …………ジャンプしたら、床が抜けそう。


「私は……その…………附設大学の校舎から盗撮する人が多くて、しかも、それを人に売ってたから――って……」


 これもこれで、別の意味で恐怖の対象だな。特に女生徒は。

 でもまぁ、確かに屋上という場所は人に見られている感覚が少ないし、まさかそれより上から撮られてるなんて中々思うまい。


 正直にいえば、よく犯人に気付き捕まえたものだと感心する。


「うぁ……手にチョコが付いた……。……舐めよ」


 しかし、こうも噂があるとは……どれが本当か分かったもんじゃないな。

 一様に悪い側面から使用禁止になっていることだけは分かるが、はてさて……。


「――それ、どれも嘘ですよ」


 その時、耳元に甘く囁かれ、身体がビクリと反応する。

 周りにいた友人らも、突然の登場人物に目を剥いていた。


『せ、先生……』


「はい、先生です」


 立っていたのは、我らが担任の三枝さえぐさはるか教諭。

 お茶目に口元に指を当て、年甲斐もなくはしゃいだ様子で現れる。


 ……まだ昼休みはあるし、次は英語の授業でもないのに、何でここにいるんですか。


「それで、そのプールの話ですけど、皆さんの話した噂はどれも荒唐無稽。出任せです。狂言です。真実なんてどこにもない、ただの作り話ですよ」


 どこから聞いていたのか。

 なぜ聞いていたのか。


 事態をさっぱり飲み込めないけど、先生は全てを理解した様子で会話に入ってきた。


「じゃあ、本当の理由を何ですか?」


「はい。実は、プールって結構お金がかかるんですよ。水道代だったり、維持費だったりで。なのに、利用は夏だけですし、屋上に水を貯めるって大変ですし、単純に費用対効果が悪かったのです。だから、利用を止めたわけです」


 うわ、世知辛っ!

 思わぬ真相に、一同は何も反応できない。


 やはり真実とは、暴いても虚しいだけの悲しきパンドラの箱なのかもしれないな。

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