September

9月1日(日) 秋

「涼しいなー……」


「涼しいねー……」


 九月――それは秋の始まり。

 陽暦でいうところの十一月までがそうであり、日中でなければ窓を開けておくだけで一日を過ごすことができるくらいには風の涼しくなった時分である。


「秋っぽくなってきたなー……」


「なってきたねー……」


 別に紅葉が見えるわけでもない。

 ドングリやクリなど、木の実が落ちているわけでもない。


 それでも、微かな風と徐々に姿を見せ始める赤とんぼの様子を感じれば、そう思うのも当然の結果であった。


「……こんな日は、何もせずにボーッとしたくなる」


「……同感。動きなくない」


 そんな中、俺たちが何をしているのかといえば……特になにもしていない。

 ウチを訪ねてきたかなたと一緒に、風の吹き抜けるリビングの床に寝転がっているだけ。


「はぁー……フローリングが冷たい」


「…………気持ちいい」


 テレビも付けず、音楽もかけず、自然の声に身を預けていると、不思議と何もしたくなくなってくる。そして、それで満足できてしまう。


「……何で、秋ってこんなに人をダメにするんだろうなぁー」


 自覚はしていた。でも、止められない。

 やらなきゃいけないことを頭で整理しても身体は動かず、どうでもいいことで無為な時間を過ごすのみ。


「……過ごしやすい気候だからじゃない」


「…………確かに」


 かなたのポツリとした返事に納得。

 しかしそれは、そんな在り来りな解答に納得してしまうほど頭が回っていないという証左であり、つまりはノリだけの会話ということだ。


「あー……梨食べたい」


「……食欲の秋、だね」


 ついでにいえば、葡萄も栗もサツマイモも秋刀魚も食べたかった。


「夜になったら、一人静かに本でも読むかなー……」


「……読書の秋、だね」


 回る扇風機と、響く虫の声、時折めくれる本の音。

 想像するだけで楽しそうだ。


「…………私は、宿題しなきゃな……」


「そっちは勉学の秋、か」


「勉強は夏だけで充分だけどね」


 全くもって同感だな。


「あとは、明日の体育祭の練習も面倒くさい。…………ダンス、嫌だー」


「運動の秋、な。それが終われば、俺たち部活動生は新人戦もあるわ」


 確か、七海さんの方もオリンピック候補生の強化合宿があるって言ってたし……本当にスポーツの目白押しである。


「そう考えると、結構色々な秋があるもんだな」


「だねー。他には……実りの秋、とか?」


「……実り、かー」


 一番に思いつくものといえば食べ物の収穫。

 あとは、夏の努力が勉強やスポーツの結果を実らせることだってあるだろうし……何なら、甘酸っぱい恋という名の果実も――。


 我ながらこれっぽっちも似合わないセリフであり、かつ、薄ら寒い発言であったが、そう思ってしまったのは身内にその恋を実らせようと頑張っている人がいるからかもしれない。


「詩音、頑張れ……!」


 同じことを考えていたのだろう。

 幼馴染の鼓舞する声が、小さくも確かに届く。


「――二人して寝転がって、一体どうしたの?」


 ともすれば、夕飯を作りに来たのであろう我が母が寝室からリビングへと舞い戻ってきた。

 その瞳には呆れの色が含まれており、俺たちの姿を見てそっとため息を漏らす。


「……食欲の秋、読書の秋、勉学の秋、スポーツの秋って沢山あるけど、あなた達はどうやら『怠惰の秋』みたいね」


『…………………………………………』


 余計なお世話だ、こんちくしょうめ。

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