8月30日(金) テレビ撮影

 明けない夜はないように、止まない雨もない。


 というわけで、晴れた今日。

 まだまだ雲は多く、快晴とまではいえないけれど無事に太陽は顔を見せ、世界は明るかった。


 となれば、全校生徒はグラウンドに集まり、各々のブロックへと分かれて体育祭の練習は始まる。


 グラウンド北西に建てられた、鉄パイプのような何かで組まれている応援スタンドが四つ。

 その内の一つ――我らが赤ブロックのスタンド席へと向かい、予め決められた席に座ると、その高さ故に全体が一望できた。


 横に五十人、縦に十列の合計五百人スタンドだ。

 また、少し離れた隅っこには、建材の運搬や完成したブロックパネルを取り付けるための大型重機も配備されており、その規模の大きさを痛感させられる。


 ……さすがは私立と言わざるを得ない。

 もっと他のところでお金を使えばいいのに……。


 さて、そんな本日の練習内容が何かといえば、体育祭には必ず付き物と言ってもいい催し――応援合戦。

 その際に、このスタンド席から一人一人が何色もの色紙で構成された手持ちパネルを捲り、全体で一つの文字・形を作り出す、いわゆる『応援パネル』の通し練習だ。


 応援団による演舞の出し物に合わせて、曲調やテンポが目まぐるしく変わりながら性格無比にパネルを捲っていく様子は、他所の学校よりも完成度が高いと聞く。


 此度のテレビ取材のそれが目的らしく、昨日とは打って変わって、多くのカメラがスタンバっていた。


「……さすがにちょっと、緊張するな」


 右隣に座る、親友の畔上翔真。

 彼は三脚にセッティングされた撮影カメラを見ながら、そうはにかむように笑う。


「意外だな。そういうのには慣れてそうに見えるが……」


「何でだよ。俺はタレントでも何でもない、ただの高校生だぞ?」


「まぁ、そうなんだけどさ……何かありそうじゃん、翔真なら。…………街角スナップとか」


「ないよ、そんなの」


 今度は呆れたように笑った。

 どうやら嘘ではないようだ。


 何だ……つまらん。


「それよりも、よくそらは落ち着いていられるな。そっちの方が意外…………意外、でもないか」


「おい、それはどういう意味だ」


 含みのある言い方に、思わず指摘する。


「いやだって、そらってそういう周りの目は気にしないタイプだろ? マイペースというか、我が道を行くというか……」


「否定はせん」


 さすが、一年間一緒に過ごしてきただけのことはある。

 だけど残念ながら、慣れている理由はそれだけじゃない。


「――が、今回は違う」


「じゃあ、何でだよ?」


 真相を問われる俺。

 言おうかどうか迷っていると、話を聞いていたのであろう左隣のお嬢さんが、間髪入れずに答えてしまった。


「…………そら、過去に二回だけテレビに出たことあるから」


「えっ、本当なの……かなちゃん?」


「本当。……ちなみに、私も一回出たことある」


 ともすれば、新たに会話の乱入者は増え、ついでに情報まで追加される。

 これには、さすがの翔真も菊池さんも驚いたようで、唖然としていた。


「それ、なんの番組だ?」

「それ、なんの番組なの?」


 左右からハモる二人の姿はとても仲睦まじい。そして鬱陶しい。


「別に、ローカル局のニュース番組だよ。一つは、ウチの中学校で『自立式』なんていう全国初の試みがなされたから、その取材が来ただけだ」


 多くのクラスメイトが将来の夢を語る催し物。

 そんな中、たった独りだけ「夢はない。だから、それを見つけるために高校へと行く」なんて賢しく語ったのがディレクター様にはウケたようで、インタビューをされたのである。


「で、もう一つが……七年前だっけか?」


「……ん、そう。四年生の頃。私たちの小学校を借りて『ニュースポーツで遊ぶ』っていう地域の行事をテレビが取材しに来てた」


 当時、まだ若く純粋だった俺は、かなたを連れてカメラの後ろに映り込もうと野次馬をしたのだ。

 そうしたら、リポーターの人が声を掛けてくれて、一緒にコーナーのタイトルコールをする事態になったという……。


 あの時の女性リポーターさん、本当にありがとうございました。悪ガキで申し訳なかったです。


 心の中で平謝りをし、回想終了。

 我に返れば、話を聞いていた二人は感心したように声を漏らしていた。


「へぇー、そんなことが……」

「じゃ、じゃあ……もしかしたら、知らないうちに二人の姿をテレビで見ていたのかもしれないね」


「それは……どうだろうな。本当に小さな番組のワンコーナーに過ぎなかったし」

「…………ん、一分にも満たない」


 はしゃぎながら放送を確認していた当時が懐かしい。

 それもこれも、過去になったからこそ『良い思い出』として締めることができるのだろうけど。


「はーい! それじゃあ、通しで一回やりまーす!」


 準備が済んだようで、応援団員の声が響いた。


 ――だから、きっと今回のことも『良い思い出』になるはずだ。

 緊張のし過ぎで、目も当てられないほど失敗の嵐となり、テレビスタッフが苦笑いを浮かべる事態となった今日のこの練習さえも。

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