8月14日(水) 退屈な休日・かなた視点

「――――んん…………んー、んぁ……」


 目が覚めた。

 見知らぬ天井、香りに、空気の肌触り。


 身体を起こして周囲を見渡すと、普段はベッド派であるはずの私は何故か布団で寝ており、外には家を沿うようにして積まれた石垣が見えた。


「…………あ、そっか……おばあちゃんのところに来てたんだっけ」


 そうしてようやく、一昨日からの日々を思い出す。


 二日前、来た当初。

 福岡では感じることのない日差しの強さと熱気に歓迎されながら、私たち家族は訪れた。

 この日は確か、移動がメインでレジやーの類は何もせず、お互いの世間話などをして過ごしたっけ……。


 続く昨日。

 打って変わって、ひたすら近場の観光地を巡り歩き、日が弱くなってきた頃合いからは海水浴を楽しんだ。


 そして今日は、前日に行けなかった遠くの方の観光スポットへと赴く予定である。


 というわけで、枕元に置いたスマホを手に取り、時間を確認するとまだ早朝。

 私以外の皆はすでに起きているようだけど、出発時間までにはたっぷりと時間があった。


 グッと背伸びをして立ち上がり、布団を畳むと、私は着替える。


 今日のコーデは七分丈のデニムに、白のノースリーブシャツ。そこへ日差し対策として紺のサマーカーディガンを羽織り、足元は夏らしく厚底のサンダルを履いてみた。


「おはよう、かなた――って、どうしたの? 外に出る気?」


 用意を終え、玄関の扉に手を掛ければ朝食の用意をしていたのであろうお母さんが気付いて、声を掛けてくる。


「うん、ブラっと散歩でも……」


「朝ご飯は?」


「……そんなに遠くに行くつもりはないし、帰ってから食べる」


「そう……。迷子にならないように、気を付けてね」


「はーい」


 そう返事をし、ポンと一歩外へ踏み出せば、家中から見ていただけでは想像もできないほどの日の強さを感じた。

 一応、顔や首などどうしても露出してしまう箇所には日焼け止めを塗ってきたけれど、それでもジリジリとした焼ける感覚を覚えて仕方がない。


 …………これが、沖縄か……。



 ♦ ♦ ♦



 そこから歩いて十分ほど。

 一応の目的地として設定していた場所に、私は来ていた。


 ザザーっと響く自然の声はとても涼しく、肉眼でも底が透き通って見える透明度にはいつ見ても感動する。

 福岡こっちとは比べ物にならないほどの色合いだな、と私は目の前に広がる海を眺めながら思った。


 防波堤として積まれた石垣の一つ一つ降り、スタっと砂浜へ着地をすれば、サンダル越しに立ち上る熱気を感じる。

 サクサクと足音を立てながら波打ち際まで歩を進めると、迫る波と歩調を合わせ「えい」と蹴り上げてみた。


 足の甲に感じる冷たさ。脛まで飛び跳ねた水滴。

 その間にも、何事もなかったかのように波は引き、そしてもう一度やってきて今度はサンダルを濡らす。


 厚底なために直接かかりはしなかった。


「…………退屈だなぁ……」


 家族旅行をしておいて、沖縄にまで来ておいてなんと贅沢な――とも思われるような悩みを私は呟く。


 確かに、ここは楽しい。いい所だ。

 暑さを除けば、食べ物は美味しいし、観光地は引く手数多で、海も近くてレジャーにピッタリ。


 けれど……いや、だからこそ、こういうふとした瞬間に寂寥感を覚えてしまう。


「…………多分、まだ寝てる……よね」


 スマホの画面を見つめて、そう言った。

 大体いつも休みの日は、明け方に寝て、お昼に起きていたはず。だから、今電話をしても繋がらないし、それで起こしてしまうのも忍びない。


 画面を落とし、私はスマホをポケットへと戻す。

 そのまま後ろを振り向けば、まっさらな砂浜に一本の足跡が残っている。私の歩いてきた道だ。


 そんな時、一陣の風が吹いた。

 咄嗟のことで目を瞑り、髪を抑える。


 きっと、物語の世界でなら帽子が飛んでいくようなシチュエーション。


 ゆっくりと目を開けて、再び海を見た。


「…………確か、四・五キロだったっけ……?」


 一直線に横へと伸びる水平線が視界に映る。

 あの先にはもっと世界が続いているはずなのに、私たちの目にはそれだけしか見えていないのだと、昔そらが教えてくれたことを思い出していた。


「……………………早く家に帰りたいなぁ」


 小さな呟きは、風に流されて海へと溶けていく。


 帰省は明日だ。

 それが、今は待ち遠しくて仕方ない。


 どうやら私は、実の家族がみんな集まっているにも拘わらず、ホームシックを患っているようだった。

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