8月12日(月) 北海道からのお便り

 その日の夜。

 いつもの日課として独り寂しくゲームをしていると、ディスプレイの左上にテロップが現れた。


 それはボイスチャットのパーティ申請。

 もちろんそこには、誘った本人のプレイヤーネームを記されているため、誰が相手かは一発で丸分かりだ。


 早速とばかりに俺は加入ボタンを押すと、ヘッドセットに収納されたマイクを口元まで伸ばし、スイッチを入れ、声を発する。


「――久しぶりだな」


「――うん、久しぶり! そらくん!」


 機械越しから響く快活な声。

 最後に会って以来、かれこれ一週間ちょっと経つだろうか。相も変わらず元気そうで安心した。


「けど、ボイチャなんてどんな心境の変化だ? 今までずっとテキストチャットだったろ?」


 俺だけがボイスチャットを繋ぎ、七海さんは聞き専で返事はテキスト。

 それが俺たちのこれまでのスタイルであり、だからこそ全国大会の時に初めて彼女に出会って驚いたわけなのだが……それが一体どういうわけなのか。


「あー……うん。だってもう僕たち、互いに顔を知っている仲だし、隠す必要もないかな――って。それに、テキスト通知って、ゲームする時に結構邪魔でしょ?」


「それは…………まぁ、確かにな」


 二重の意味で同意する。

 オフ会まで果たしたのに今更テキストチャットというのも変だし、また、通知は邪魔だ。


 アレのせいで――と言い訳するつもりはないが、画面的にも視線的にも時間を奪われてしまうため、かなりのハンディキャップを背負うことになるからな。


「うん。そういうことだから、今後はコレでいくことにしたんだ」


「なるほど、了解。じゃあ、何かゲームでもするか」


「おー!」



 ♦ ♦ ♦



 そんな俺たちがやるゲームといえば、毎度おなじみの三人で一パーティを組むシューティング系のバトロワだ。


 とはいえ、戦闘時でもない限りはアイテムを集めたり、監視したり、移動したりと無意識下でもできることであり、報告も微々たるもの。

 であれば、必然的に会話の内容は個人的な雑談へと変化をしていく。


「……そういえば、七海さんは確か北海道住みだったよな?」


「うん、そうだよ! よく知ってたね――って、ちょっと調べれば出る情報だよね……」


 全くもって、その通り。

 『橋本七海』で検索をかければ、バドミントンのオリンピック候補選手であるという事実とともに出身校などの内容まで一緒に出てきた。


 有名人って大変なんだな、とつくづく思うよな。


「それで思ったことなんだが、北海道って夏休みの期間が短いらしいけど、実際に終わりはいつなわけ?」


「えっと……お盆明けすぐだったかな」


 ということは、土日を挟んで十九日か。


「…………案外、こっちと変わらないんだな」


 教えてくれた七海さんには悪いけど、思ったほどつまらない答えにガッカリとしてしまう。

 こっちとは夏休みと冬休みの規模が正反対――くらいの話を聞いていたので何だか残念な気分だ。


「へぇー、そらくんのところはいつ?」


「その一週間後。二十六日から学校は始まるな」


「そっか……でも、一週間って意外と大きいよ? それだけあれば、残ってる宿題を大分終わられるし」


 …………む、確かに。

 けど、悲しいかな。その発想に至ってしまう時点で俺も七海さんも不真面目という名の同じ穴の狢だった。


「……宿題、終わってないんだな?」


「だ、大丈夫……! ちゃんと、終わる計画だから!」


「おい……それ、絶対に終わらないヤツだぞ」


 不安しかない発言に、思わずため息が零れる。

 ちなみに、ソースは俺。去年もそれで三日くらい徹夜したのは記憶に新しい。


「そ、そんなことないよ! ……それに、ちゃんと終わらせないと九月の遠征に行けないし」


「…………遠征?」


 聞き慣れない単語に、疑問符を浮かべた。

 その言葉そのものではなく、時期を鑑みて聞き慣れなかった――という意味で。


 何故なら、遠征とは普通、外泊を前提としており一般的には今の夏休みのような学業休暇中に行われるものであるからだ。

 少なくとも、夏休み明けすぐの九月に行われる催しではないはず。


 故に問うと、簡単に教えてくれた。


「そう、遠征。強化選手の合宿の招待を受けたから、参加するんだ」


「マジか……すげぇな」


 あっけらかんと言い放つ彼女であるが、その内容は衝撃的なものである。

 凄すぎる……というか、次元が違いすぎてそんな言葉しか送れないのがその証拠だ。


 ……ぶっちゃけ、何て言ったらいいか分からん。


「あはは、ありがとう」


 そう、照れたように笑う七海さん。

 伝わるのは声だけなのだけど、不思議とその持ち前のポニーテールの先端を指でクルクルと弄りながらはにかむ姿が見えたような気がした。


「だからさ、宿題は終わらせなきゃいけないんだ」


「なるほどな、話は分かった」


 それは何としても行きたいことだろう。

 プロへの興味がない俺でさえ、たかが宿題ごときに手放していい話でないことくらいは分かる。


「――けど、徹夜だけは止めといた方がいいぞ」


「…………な、何でかな……?」


 やる気満々だったのだろう。

 「ギクッ」と効果音が聞こえそうな程に吃り、図星をつかれたような反応をするので、苦笑を浮かべてしまう。


 なに、いわゆる先人の知恵。経験者は語る、というやつだ。

 やってみればすぐに分かるが、あれほど効率の悪い作業の仕方というのは存在しない。あらゆる面でマイナスに働き、良いことなんて一つもないからな。


 …………まぁ、それに。


「……せっかくの美人なんだ。女の子なんだし、自分の身体は大事にしておいた方がいいと思う」


 お肌の天敵、なんて言うくらいだ。

 気を使うに越したことはない。


 そういう意味での発言だったのに――。


「…………………………………………」

「…………………………………………」


 黙る両者。

 言わなきゃ良かった、とかなり後悔する。


 どうしよう……男が人の美容に口出しするとか、セクハラか? セクハラ案件なのか?


「……………………そらくんってさ、勉強できる?」


 困り果て、ゲーム画面を見つめることしかできないでいると、向こうから話しかけてくれた。


 けれどそれは、なんの脈絡もない質問。


「…………えっ? あ、あぁ……理系なら人並みだとは思うけど……」


「……………………そっか」


 答えると、納得したような呟きが返り、またしばしの沈黙。

 そして、力強く頷かれる。


「うん、分かった!」


「…………何が?」


「そらくんの言う通り、徹夜はもうしない」


 そうか、それは良かった。

 これでまた、自分のような犠牲者を出さずに済んだよ。


 などと思っていたら、話にはまだ続きがあったようで――。


「――だから、私が困った時はそらくんが勉強を教えてね?」


 きっと、得意げに告げているのだろう。

 だが、それならば何も問題はない。


「おう、任せてくれ」


 俺もまた、自信満々にそう答えるのであった。

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