6月26日(水) 新たな悩みの種・少年編

 熱気の篭もる体育館、キュッキュッと響くバッシュの音。

 滴る汗を服の袖で拭い、俺は壁際に腰を下ろした。


「はい、そら。お疲れ」


 そう言ってドリンクやタオルを手渡してくれるのは、幼馴染のかなた。

 雑に額を拭き、顔を上げてドリンクを一口呷ると冷たい感覚が喉元を直接刺激する。


 そんな俺の隣にストンと腰を下ろしたかなたは、普段はコートを使えない故に、ここぞとばかりに野良試合を始めた一年生の様子をポケーっと眺めていた。


 そんな現在は部活の休憩時間。

 大会メンバーやその他の二年生らはコート外に捌け、各々が自由気ままに体を休めている。


 そして、それはかなたとは逆に位置する俺の隣に腰を掛けた青年にも言えることで、親友である翔真もまた菊池さんから色々と手渡されていた。


「そら、ここ一ヶ月の練習で動きが良くなってないか?」


 その彼から、唐突な話題が振られる。


「そりゃ、一般ピーポーな二年生メニューから監督が監督するスタメン用のメニューに変えられたんだし、色々と成長するってもんだよ」


 だから、部活はマジでキツかった。

 特に最初の数週間は久々に筋肉痛なんてものを味わっていたし、アレを去年から続けている翔馬には正直頭が上がらない。


「はは……でもまぁ、体力やステップ面が向上したみたいだし良かっただろ?」


「…………まぁな」


 悔しいがその通りだ。

 結果が実感できている以上、俺からは文句を言えないのである。


「……――てか、話は全く変わる上に、部活が始まってからずっと思ってたことなんだが…………ギャラリー多くね?」


 バドミントンは風に弱いスポーツ。

 しかし換気は必要なために、体育館には足元の低い位置に窓が設置されているのだけど、そこから覗く女子ギャラリーの数が凄かった。


 いや、別にその事態そのものが凄いわけではない。翔真目当てのギャラリーなんて日常茶飯事であり、今更な風景。

 ただ、その数が異常だった。目算で平均時の五割増し……といったところか。


「……………………?」


 けれども、興味がなかったのか、かなたは首を捻るばかり。


「…………言うなよ、そら」

「あっ……や、やっぱりそうだよね」


 そして、二人は気づいていたようで同意してくれる。

 また、翔真の言い分的に彼が原因だということは共通認識でいいようだ。でもならば、分からない点が一つ。


「こんなに人数が変化するほどのこと、翔真にあったっけ?」


 原因はその男でも、きっかけが何か分からなかった。


「さぁ……悪いけど俺には心当たりはない」


「いや、本人に心当たりがあったら、それはマズイことだから……」

「…………確信犯」


 翔真の言葉に、俺とかなたの二人でツッコむ。


「…………ぶ、部活ですごい成績を出したから……とか?」


 なるほど、菊池さんの意見には一理ある。

 個人戦においても団体戦においても全国大会に出場するともなればすごい成績だ――が。


「それだと時期がおかしい。目に見えて増えだしたのは今日からだし、タイムラグがあり過ぎる」


 県大会の結果は、六月の頭にすでに出ていたしな。


 謎は深まるばかり。

 いや……まぁ、別にそこまで知りたいことでもないけど。


 と、暇つぶしも兼ねた雑談の話題として挙げただけのこの話を終わらせようとすれば、横から乱入者は現れた。


「ふっふっふ……教えてあげてもいいよ?」


 その声に、俺たち四人は一斉に顔を上げる。

 そこに立っていたのは――。


「…………美優? 知ってるの?」


 菊池さんと同じ二年生マネージャーのかのう美優みゆさん。

 Ⅱ類に所属する彼女とは部活以外で接点がなく、また翔真一筋という分かりやすい正確なために、何だったら部活においても接点がない存在。


 そんな彼女が、珍しくもこちらに現れたのだ。


「知ってるよー。あの子らはね、翔真くんじゃない――蔵敷くらしきそら、君のギャラリーなの!」


 ババーン、と効果音が流れそうなほど勢いよく指を差される。


「…………俺?」

「…………そら?」

「…………蔵敷くん?」


 その告げられた言葉が理解できず、三人は困惑の表情を見せた。

 唯一、翔真だけは面白そうに笑っている。


 ……あと、取り敢えず失礼だから人に指を向けるな。


「そう、君よ。Ⅰ類については別校舎だから知らないけど、Ⅱ、Ⅲ類では話題なんだから」


『…………何で?』


 そして、ついには台詞まで被ってしまったこの三人。

 それに対して、もう一人は事情を把握しているようで……。


「この前の喧嘩の映像じゃないか? 二対一の状況であんな鮮やかに勝てる奴はそうそう居ないだろうし、それに女の子を守っているシチュエーションだったしな」


 …………ということは、だ。


「つまり、俺が喧嘩に強く――」

「しかも、私を守っている映像だったから――」

「蔵敷くんにファンが付いた――ってこと?」


「だと、俺は思うな」


 ――はあ? 何だそりゃ……。

 「バカバカしい」と、そう切り捨てようとすれば、しかし、叶さんの拍手が巻き起こる。


「さっすがー、翔真くん。頭いいねー」


「…………マジなの?」


「マジマジ! 『あんな風に私も守られたい!』って注目の的だよー。おまけに、実は成績も良くて、九州大会に出られるくらいにはスポーツもできて、顔も悪くはない普通レベル――って感じだから…………翔真くんのスペックダウンってだけで、まぁモテるよねー」


 …………あ?

 何か、今カチーンときたわ。


「……てか、翔真。お前、最初から知ってたな?」


 何が『俺にも心当たりはない』だよ。

 思いっ切りあるじゃねーか!


「俺が原因となるような心当たりはない、って言っただけさ。……それより、とうとうお前にもファンができたわけだけど、どうするんだ? このままだと、この前の倉敷さんみたいな流れになるぞ」


「あー……告白が云々のやつか……」


 確かにそれは面倒だ。


「…………仲間」

「うるせぇ」

「…………痛い」


 何故か喜ぶ幼馴染の頭を一度叩いておき、俺は思考に専念する。

 とはいっても、とれる選択肢なんて一つしかないのだけど。


「…………はぁ、俺も『誰とも付き合う気はない』宣言でも出しておくか」


 一難去ってまた一難。

 せっかく過去を振り切ったというのに、今度はその時の行動が原因で余計な事態を拗らせる。


 どこまでいっても悩みの種というのは尽きないものだこと。


「…………仲間」

「本当だよ、全く」


 かなたのそんな言動に、今度はツッコむ気にもなれなかった。

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